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第四話:ペクチンのピュイ・ダムール

 昼食後、私は厨房の調理台で、鼻歌を歌いながら作業に入る。

 スアンピが怪訝けげんな顔で私を一瞥いちべつするが、気にしない。


 レモンもどきを、外皮と、白い箇所の内皮、果肉を包む薄皮と、果肉、そして種に分解し、その五パーツをそれぞれ、たっぷりのお湯で、苦みが取れるまで茹でこぼす。

 そして苦みを取ったらまとめて鍋に入れ、水と果汁を加えて全体が溶けるくらいまで煮詰めていく。それをせば、ペクチンの出来上がりだ。

 これを果汁と砂糖に加えて煮詰めてから、常温で固めて砂糖を塗せば、パート・ド・フリュイというゼリーになる。

 食感は、粉末のオブラートをまぶしたゼリー、といえば分かるだろうか……?


 ゼラチン代用とまではいかないが、第一弾の片栗粉も似たようなものであるため、一応、第二弾としておく。

 それは扨措さておき、これだけで満足する魔王様ではないのは周知の事実だ。

 取り敢えず今日は、別の菓子を作るために使おう。


 私は半量のラズベリーもどきに砂糖をまぶし、暫く置いて果汁が溢れ出てきたら砂糖とレモン汁を加え、潰しながら煮ていく。それをしてピューレ状にし、そこにペクチンを加え、ダマにならないようによく掻き混ぜながら煮詰める。

 火を止めて粗熱が取れたら残りのラズベリーもどきを加え、軽く混ぜ合わせてラズベリージュレを作る。

 小さい型にパイ生地をそれぞれ敷き詰めて空焼きをしたものに、半分程の高さまでジュレを入れ、冷やし固める。


 発酵クリームを冷蔵庫から取り出し、ボウルでよく泡立て、冷やしておいたイタリアンメレンゲを加えて泡立てる。冷えて固まっているカスタードを軽くほぐし、クリームとメレンゲが混ざったものを加えて混ぜ合わせ、固まったラズベリージュレの上に絞り出す。

 再度、冷蔵庫で冷やしてから、表面に砂糖を振り掛け、バーナーで砂糖を焦がしてキャラメリゼしてからまた冷やせば、ピュイ・ダムールの完成だ。

 器となる生地は、今まで使って余ったパイ生地を重ね合わせて軽く纏めると、膨らみすぎずに綺麗な型が出来るらしい。


「結構、素材作りから頑張ってしまったな」


 私はピュイ・ダムールを一つ、つまむ。

 キャラメリゼが、舌にほろ苦い甘さを感じさせながら、カリッとした歯応えを受けると直ぐに柔らかで濃厚なクリームの、深いコクがあるにも拘わらず、軽い口当たりの甘さが舌にとろけていき、そこにジュレのツルンとした舌触りと甘酸っぱさが合わさり、爽やかさがクリームの旨味を引き立て、絡み合いながら口いっぱいに広がっていく。

 そこへサクサクとしたパイ生地の歯応えの妙と塩味が加わり、酸味と甘味を引き立たせながら口の中でほどけていく。

 クレーム・ピュイ・ダムールという、カスタードとメレンゲに発酵クリームのホイップを混ぜるという、独特のクリームが深みのある味わいで、思わずもう一個、食べたくなってしまう。


 私はピュイ・ダムールを重ね載せた大皿をトレイに載せ、クローシュという銀の丸い蓋をして、食堂へと向かった。


 食堂では、いつものメンバーである魔王様、コンセルさん、先生の他に、ダブル精霊王となったプレジアとマリンジさんが既に席を陣取り、今か今かと待ち侘びていた。

 時刻は十五時二十七分。

 菓子の時間には数分早い。というのに、集まっている面々の表情は、難題を抱えた会議中かの如く徒ならぬ空気を漂わせており、扉を開けた私へ、一斉に視線を向けてくる。


「間っ違えましたー。すいませーん」

「「「「「間違えてないーっっっ!!!」」」」」


 あまりの圧に菓子を持ったまま去ろうとすると、全員が声を合わせてツッコミを入れてくる。


 ……お預け食らうのが嫌なら、ファムルのように愛らしい仕草で迎えればいいだろうが。


「故に! 満面の笑みで迎えるべきと言うたのじゃ!」

「だが、僅かな時間も惜しい域で菓子を所望している状態を、的確に伝達するには……」

「ですから、普通に待ちましょうって言ったじゃないですか……」

「それじゃあ芸がないっていうか、何か、待ってたアピールはしたいよね」

「シホちゃんには、直接言わないと通じませんって」


 プレジアが眉を吊り上げ、立ち上がりながら出迎え方の間違いに文句を付ける。

 それに対し、魔王様が両手を組んだ指の上に顎を乗せて呟く。

 先生が真っ当な意見を告げるが、マリンジさんは菓子の時間を何だと思っているのかというような発言をし、コンセルさんは呆れた様子で溜息を吐いた。

 議題はともかく、本当に会議をしていたようだ。


「プレジアに一票」


 私は一言呟き、蓋を取ってピュイ・ダムールが重ね載った大皿をテーブルへ置き、各自の皿に取り分けようとする。

 が、残像が見えるほど物凄いスピードで手が無数に伸びてくる。ピュイ・ダムールの山が低くなっていく寸前、私は再び蓋を閉じ、奪い合いを阻止した。


「ストップ! 早い者勝ちはずるいです!」


 こんなチート連中に囲まれている先生だけが、取る隙が見えずに両手を震わせ、狼狽うろたえている。


「し、シホさん……!」


 先生は瞳を潤ませ、両手の指を組んで拝むように私を見つめる。思わぬ所で好感度アップが出来たようだ。

 私は周囲を睨み付け、ピュイ・ダムールを奪っていった数だけ減らして等分に分けて皿に載せ、それぞれの前に置いていく。


「うわっ! 細かっ! ここまでする?」

「嫌なら食べなくて結構ですが?」

「……ッ!」


 私に文句を言うマリンジさんへ、食器を並べながら淡々と告げる。

 マリンジさんは視線で、魔王様に文句を言っているようだが、魔王様は目を伏せ、私の行動に賛同してくれているようだ。

 目端で見ていた状況に嬉しくなり、自分の分であるピュイ・ダムールを幾つか、魔王様の皿に載せる。

 平静を装うとするが微妙に口角が歪み、瞳を輝かせる魔王様が可愛い。


「あ! ず……」


 狡いと言おうとしたプレジアへ視線を向け、私は言葉の続きを制止させる。

 そもそも私は魔王様の菓子職人であり、みんなは魔王様の好意で分けてもらっている、ということを忘れては困る。

 準備を整えた私は、笑顔で皆を見渡して声を発した。


「それじゃ、いただきます」

「「「「「いただきます」」」」」


 ようやく、いつもの賑やかな時間が訪れる。


「うわっ! このクリーム、物凄いコクなのに軽いんだね!!」

「うむ! シホは一体、美味いクリームをどれほど熟知しているのか、不思議で堪らぬな!」

「ふぉふぉふぁひふぉふぉふふぇふぁふぁふぁふぁ!!」

「このサクサクした生地に、上のカリッとした甘い膜とか、歯応えまで美味いな!」

「フランリイ味のプルンとした中にツブツブとしたフランリイの甘酸っぱさとコクのあるクリームのハーモニーが堪りませんね!」


 マリンジさんがクレーム・ピュイ・ダムールに喫驚し、魔王様は、今まで食べたことのないクリームに感嘆している。

 プレジアはいつものように分からないが、コンセルさんは歯応えの妙に驚嘆し、先生はラズベリーもどきのジュレに感動して恍惚こうこつとしている。


 皆、高評価なようで安心し、ホッと息を吐いて紅茶をすする。

 それにしても、全員があっという間に平らげてしまい、むしろ足らないかのように空の皿をじっと眺めている。何となく多めに作ってしまったので助かったが、それでも足らない分の苦情は、突然参加したプレジアとマリンジさんに言ってほしい。


 ……それにしても、一人当たりの分量も増えている気がするのだが、気のせいだろうか……?


 増えていく量に恐怖を抱きつつも菓子の時間が終わり、プレジアとマリンジさんは仕事なのか、即座に去っていく。

 私と先生は授業のために自室へ戻ろうと廊下に出ると、魔王様が不意に声を掛けてきた。

読んでくださり有り難うございます。

感想や評価など、頂けますと嬉しいです。

誤字脱字などのご報告もお待ちしております。


次話は09月20日(金)更新予定です。

よろしくお願いします。

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