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第三話:金色夜叉の豆腐の味噌漬け

 ……先生! そんなに私と会いたいのね!! 私もよ、先生!!


 と、冗談(?)はともかく。

 菓子作りの試行錯誤に使える時間が増えるのは、喜ばしい限りだ。

 授業が終わり、直ぐにでも厨房で作業を進めたくなるが、授業後と昼食の支度までの時間は短い。

 厨房には私専用の区域が作られているため、作業をしたい時は気にせず、作業をしてくださいと、料理長であるシロップおじさんが言ってくれている。だがやはり同じ厨房を使う人達とは円滑な関係を築いていきたい。

 材料を取りに彷徨うろついたり、菓子の匂いをぷんぷんさせては、気が散って作業の妨げになるのではないだろうか。


 そのため、授業後と昼食までの空き時間は、昼食準備の邪魔をしないため、なるべく厨房には行かないよう、私なりに気を遣っているつもりだ。

 大事な料理に何か為出しでかしてしまったら、私が私を許せない。それに、どんな料理かは食べる直前まで楽しみにしていたい、という理由が大きいが。

 そんなわけで昼食までの時間は、『私』で現在の菓子状況をネットで流し見したりと時間を潰し、部屋から食堂までの時間を計算に入れて丁度に着くよう時間を計り、決まった時間に食堂へと向かった。


 相変わらず、いや、益々ますますシロップおじさんは、限界という天井知らずで腕を上げていく。

 それが明確な事実であることは、サラダを口にした瞬間、驚嘆と共に実感する。


 ……ッッ!! こ、これは……もしやッッ?!


「……ほう、このドレッシングは良い。野菜の短所を上手く隠している」

「有り難うございます。実は、シホさんに教わりました、味噌と豆腐というものを使いました」

「やっぱり! これは、豆腐の味噌漬けが入ってますよね?!」

「流石シホさん。その通りです。味噌へ少々調味料を加えたものを豆腐に塗り、暫く置いてみました。やはり異世界でも作られているんですね。凄いですね、シホさんの世界は」

「うむ。シホの世界の味、か」


 シロップおじさんは、私の元世界に憧憬しょうけいの念を抱き、私のいた世界で修行したいと熱望しているようだ。

 野菜全般が嫌いな魔王様も、私のいた世界の凄さに感服しているが、正直、シロップおじさんが凄すぎる。

 確かに私はシロップおじさんへ、味噌と豆腐のレシピを伝えたが、まさか自力で豆腐の味噌漬けにまで辿り着くとは、流石『菌の錬金術師』と呼びたい、シロップおじさんだ。

 豆腐の味噌漬けの、チーズのようなコクを上手く活かし、しかもそれを調味料としてわずかに使い、魔王様が慣れ親しんでいる好みの味を活かし、輪を掛けて奥深さを出し、更に魔王様の口に合うように仕上げている。

 試しに出来た味噌漬けを食べさせてもらうが、そのまろやかでコクのある味わいが癖になる上に、何ともいえない塩味の絶妙さで、飯が何杯でもいけそうだ。お茶漬けにもしてみたい。絶対美味いに決まっている。

 シロップおじさんが元世界に来たら、天下一美食会で優勝するんじゃないか?! ……あれば、の話だが。


 ……てか、こんな腕してたら、菓子作りも完璧で、私、いらなくね?


 恐らくシロップおじさんに菓子のレシピを教えたら、あっという間に私を超える物を作るであろうことは間違いない、と震撼する。

 いや、側で作っているのを見ているのだ。実は作れるが私に遠慮をし、作っていないだけではないだろうか。

 シロップおじさんは、そういう細かい気配りが出来る御方だ。きっと、そうに違いない。


「実は、シホさんの菓子作りを拝見し、真似をしてみたのですが、あの繊細で奥深い味は、どうしても出せませんでした。やはりシホさんは凄いですね」

「そうであろう。料理長も、この世界では私が認める腕前だが、シホの作る菓子は至高だ。他の者では、流石に不可能であるのは致し方ない。シホの世界を覗いてみたくなるな」

「本当に。可能であれば是非、勉強をしに行きたいものです」


 魔王様とシロップおじさんが、何やら楽しげに話をしているが、それどころではない。

 私はシロップおじさんの料理に舌鼓を打ちつつお代わりを請い、己の立場の危うさを痛感していた。


 ……このままだと、きっと魔王様の心はシロップおじさんへと移り、私はお払い箱になってしまう……!!


 金色夜叉……話の内容とは理由が違うが、元世界の銅像で見たお宮のように蹴り飛ばされ、シロップおじさんとイチャつく寛一……もとい、魔王様の姿が浮かび、私は目から汗が溢れ出そうなのを必死でこらえ、再度お代わりを要求する。


 ……このままでは駄目だ!! 今の内に、強請ねだれるだけ、強請ねだらねばッッ!!


 今ならまだ、魔王様は私の願うものを作ってくれる。それを利用しない手はない。

 昼食を終えた私は魔王様へ嘆願しながら、共に執務室へと歩を進ませた。


「……部屋にも簡易厨房を、か? 厨房で何かあったか?」

「いえ、何も。菓子作りはいつも通り厨房メインでやりますが、出来れば! 全完備でなくてもいいんで! 湿度と気温設定が可能な棚と冷凍庫と冷蔵庫とオーブンは欲しいですが、最低でも調理台とコンロと水道と収納があれば! ああ! やっぱり冷蔵庫は欲しいかも?!」

「……やはり厨房に不満があるのではないか。欲しい機能なら増やすが、何が欲しいのだ?」

「だから! そうじゃないんですってば!」


 会話が迷宮入りしているのだろうか。何故か魔王様に、私が何をどうしてほしいのかが伝わらない。

 いつもなら言う前に過剰なほどのものを作ってくれたが、何で作ってくれようとしないのだろうか。

 もう心はシロップおじさんにいってしまったのかもしれない。


 不安と絶望にさいなまれつつ、執務室でも机を挟み、侃々諤々かんかんがくがくと話をしていると、その会話にコンセルさんは瞑目し、口角を引きらせながら、名探偵よろしく、内容を簡潔にまとめてくれた。


「えーっと、つまりシホちゃんは、何か思い付いた時に気兼ねなく使える自分専用の調理場が欲しいけど、そんなものを作ったら、シホちゃんが寝ずに菓子作りに没頭して体調不良を起こす懸念と、シホちゃんが部屋に篭もって会う機会が減りそうなのが不満で、魔王様はどうしても欲しい理由を聞きたい、といったところですか?」

「おー! そうだったんだ! コンセルさん、凄っ!」

「……ふ、不満とまでは……。……ま、まあ、おおむね、そのようなところだが……」


 魔王様は頬を赤らめ、語尾をすぼめながら咳払いをする。

 良かった、まだ愛されていた。だが、それに甘んじてはいけない。

 私は思索し、効果的な言葉を選別して魔王様にささやいた。


「寝ずに体調不良になったら本末転倒なんで、そんなに篭もるほどはしませんよ。今までも一人の時間だった時くらいです。それに……魔王様、もっと美味しい菓子を食べたくないですか? 正直、私の腕はまだまだで、練習が出来れば、もっと……」

「直ぐに作らせよう! コンセル! シホの部屋の隣に作らせるよう手配しろ! 扉はシホの部屋からだけで良いか?」

「はい! 有り難うございます!!」

「では、直ぐに手配します」


 コンセルさんは呆れ顔で魔王様にお辞儀をし、私に手を振って執務室を後にする。

 私も満面の笑みを浮かべて手を振ってコンセルさんを見送ると、魔王様は憮然とした表情へ一変させ、私に問い掛けた。


「……コンセルには、随分と気を許しているようだが……?」

「友達ですんで。思考が掻き乱されるのは魔王様くらいですよ、本当に……」


 ……大好きすぎて、感情が揺さ振られてしまい、正直困るくらいだ。


「確かに、この感情は操作出来ず、難はあるな。しかし……」


『……あまり他の男に、いい顔をするな。……良いな?』


 思わず心の中で呟いたつもりが声に出ており、魔王様に聞かれてしまったらしい。

 魔王様は耳を赤く染めて外方そっぽを向き、私の脳に直接語り掛けてくる。

 その言葉に私は顔が熱くなるのを感じ、両手でおおい隠しながら、大きく何度も頷いた。

読んでくださり有り難うございます。

感想や評価など、頂けますと嬉しいです。

誤字脱字などのご報告もお待ちしております。


次話は09月17日(火)更新予定です。

よろしくお願いします。

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