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第二話:識字力の発酵乳製品

「……シホちゃんさま? 生クリームの回収と、素材が出来たんで、確認いいすか?」


 材料加工のために魔王様が新しく雇った、キッチンメイドのアドゥルだ。

 耳までおおう帽子を外し、お辞儀をする際に垣間見える芥子からし色に白いメッシュのあるベリーショートヘア。

 マスク風の布で隠された口元以外から分かる健康的な小麦色の肌に、やや鋭い目付きの虹彩はアースアイといわれる薄茶が混ざったような青色の瞳。

 中性的な格好良さがあり、料理人の服に似たパンツスタイルがよく似合う女性である。


 私が今日、早朝から作業をしていたのはこのためだ。

 アドゥルはどうやら本職もあるようなので、取り敢えず毎週この時間に作業をしてもらうことになった。

 彼女も丁度本職の時間前で助かる、といってくれたので有り難い。

 ……本職は何だろうか? 異世界の職は分からないものも多そうなので、聞きづらいな。


「あ! 有り難うー! これ、少ないけど」

「うわあ! あざっす! 先週のもメチャクチャ美味かったっす!」


 私は彼女が作った品々を確認し、お礼にと菓子の入った小袋を手渡すと、鋭さのある目付きが喜色満面の笑みに変わり、彼女は何度も頭を下げて作業室奥の扉から城を後にした。


 ……甘いものが好きで助かった。計画が進めやすいぜ、フッフッフ。


 計画とは、彼女……アドゥルも、ファムルという大変愛らしい獣人メイドちゃんである親友と同じく『菓子をあげて早く仲良くなってもらおう!』というものであり、現在順調に事が進んでいるようで安心した。

 やはり菓子のない世界での菓子の力は、効果抜群だ。


 ファムルも、菓子職人補佐も兼ねたメイドとして出世したといっているが、使用人の使用人というそれがファムルにとって良いかは分からないので、その辺はファムルの意思を尊重しようと思っている。


 ……おや? 先程考えていたことと真逆に、楽をしていないだろうか……?


 まあ、時間にやや余裕の出来た魔王様が先回りをし、私に楽をさせようとしてくれているため、有り難い……いや、助かる……もとい、しょうがない。


 などと考えながら乳酸菌を、常温に戻した牛乳や、夏の気温程度に温めた生クリームに入れて掻き混ぜ、牛乳は常温で一日から二日ほど放置。生クリームは少し固まったら出来上がる。出来たら冷蔵保存しておくのだが、冷やすにはまだ早い。

 取り敢えず牛乳は、常温設定した棚に仕舞い、生クリームが程良く固まるまでの間、ファムルを呼び出して別の作業をすることにした。


 ファムルは私の萌え死でも狙っているのだろうか。厨房のドアに手を添え、天使の笑顔を浮かべてドアから覗き込むように現れた。


「はあい! ご主人様、ご用ですか?」

「ファムル、ご主人様違うし」

「えへへ。一回、言ってみたかったんだ」


 ああ! 可愛すぎるぞ、ファムルッッ!!

 今のファムルはアドゥルと同じような格好をしているため、折角の耳が作業用の帽子で隠されており、大変勿体ない。

 一応菓子職人という立場上、毛が抜けて菓子に入るのは避けたいのだが、今度、透明のケモミミカバーを魔王様に研究してもらおう。


 などと考えながら、私は真空冷凍させた牛乳を粉状に乾燥させるため、ファムルへ指示を出す。これは全粉乳という、牛乳を粉にしたものだ。

 これを使い、チョクラ大使である魔王様を驚かせようと画策しているのだ。

 そしてアドゥルが擂り下ろしてくれたジャガイモもどきを水にさらして絞り、澱粉を取り出してファムルに乾燥してもらい、片栗粉にして容器に詰めていく。


「有り難う、お疲れー。これ、食べて」

「わあい! 疲れたけど、シホちゃんの菓子、大好きだから嬉しい!」


 ファムルに手伝ってもらう作業を終え、小袋に入れておいた菓子をファムルにも手渡す。満面の笑みで袋に頬擦りして去っていくファムルは劇的に可愛く、思わず鼻血を噴きそうだ。

 だが、興奮している暇はない。


 私はイタリアンメレンゲとカスタードクリームを作り、発酵クリームと共に冷蔵庫へ入れる。

 それから明日の菓子のため、テリーヌ型に絞り出し袋の内側のような表面加工された紙を敷いておく。

 チョコとバターを湯煎にかけ、溶けてきたら湯煎から外してよく掻き混ぜ、少しずつ砂糖を加えて混ぜていく。

 別のボウルで卵を混ぜて湯煎で温めてから、チョコレート液を少しずつ加え、擂り混ぜる。そこへ小麦粉を篩い入れ、粉っぽさがなくなるまで混ぜたら、テリーヌ型に流し入れて蓋をし、天板にお湯を入れて蒸し焼きにする。その後、その型ごと冷まして冷蔵庫に入れておく。

 一日冷やせば、ショコラ・テリーヌの完成だ。


「……明日の反応が楽しみだな!」


 すると朝食の準備をしに、料理人達が集まってくる。

 私は挨拶を交わし、厨房を後にした。



「愛する魔王様へ。私はシホです。魔王様に対する、大好きが止まら……」

「ちょ、ちょっと先生! ストップ、ストップ!! そんな文、書きません!! てか、普通によく使う内容にしてください!!」

「え? ですが、ラブレターくらい送った方がいいんじゃ? 魔王様もきっとお喜びになりますよ」

「ラッ?! なっ無い無い無いっ!! 絶対! 明らかに! 間違いなく! 書きませんって!!」


 先生が読み上げた文章を書き起こすという授業中、先生は含み笑いを浮かべ、私を揶揄からかいながら見つめている。

 私は文を書くべく、机に向かって構えていたペンを握り締め、熱を帯びているであろう顔で、先生を見上げながら軽く睨みつけた。

 つい力が入りすぎたのか、ペンが音を立てて砕けていく。


「す、すみません、ちょっと脱線してしまいましたね……。では、ちゃんとした文を考えます……」


 砕けたペンに先生は目をみはり、引き攣った笑みで弁明すると、本を広げて真面まともな文を読み上げ始めた。


 今は午前の授業中。

 結構な単語を覚え、上手い下手は扨措さておき、大分読み書きが出来るようになった私は文章表記の最終確認……所謂いわゆる、テストを受けているところだ。


 異世界ここへ来た時に、会話は出来るが識字力がないという状態であったため、魔王様が私に家庭教師を就けてくれたのだが、よく考えれば使用人にここまでしてくれる雇用主は珍しいのではないだろうか。

 どうやら菓子職人は魔王様の直轄らしいのだが、対応は賓客並の好待遇であり、菓子さえ作ればかなり好きなようにやらせてもらっている状態だ。


 ……使用人にしては魔王様にも態度がデカいが。そこは注意されないので良しとしよう。そうでなければ、正しい礼儀作法も覚えさせただろうし大丈夫だろう。うん、いいんだ、これで。あまり堅苦しいのは勘弁してもらいたい。


 私が色々と思いを馳せている間に、先生は私が書いた文を読み、満足げに頷いた。


「……はい、合格です。ここまで、よく頑張りましたね」


 これで明日から午前の授業時間が無くなり、午後はそのまま質疑応答を中心とした、この世界の歴史と人種の詳細や関係性など、社会を中心とした授業を受けることになった。


 ……それって、私が覚える必要、あるのか?


 魔王様の仕事は『精霊王補佐』という、主に人間が精霊の作る魔術を必要とし、平穏に暮らせるよう、取り計らうことである。

 そしてその『精霊王補佐』のためだけに作られたこの大陸には、大陸全域を覆う結界が施され、結界が空間を歪ませて外部から視認出来ず、周囲の潮の流れも操作されているために辿り着くことも不可能な、俗世から隔離された場所であった。


 そこで菓子を作る私が、他の大陸についてとか、人種毎の歴史や状況を知っても意味がない気もするが、もしかしたら何か菓子の材料に関する情報が得られるかもしれない。

 それだけを頼りに、勉強を続けることにしたのだ。

 もっとも一番の理由は、菓子依存症気味の先生が城に来る理由をなくし、菓子の時間に参加出来なくなることだけは避けたいと、魔王様へ必死に説得……というよりも懇願していたところを発見したからだ。

 その姿は、今思い出しても菓子職人冥利に尽き、顔がニヤけてしまうほどだった。

読んでくださり有り難うございます。

感想や評価など、頂けますと嬉しいです。

誤字脱字などのご報告もお待ちしております。


次話は09月10日(火)更新予定です。

よろしくお願いします。

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