第一話:悩める脳の乳酸菌
第二部第一話ですが、第二部は一話完結ではないので、ご了承ください。
よろしくお願いします。
恋愛とは、恋人とは、一体、どういうものなのだろうか?
他人、顔見知り、知人、友人、親友、先輩、教師、同僚、上司、同居人、片思い、両片思い、両思い、恋人、彼氏彼女、婚約者、夫婦……
実に多くの対人関係が、枚挙に暇がない。と思うのは、恋愛経験の無さ故だろうか。
……いや、恋愛とは関係のない対人関係も、入ってはいるが。
私! 九石史帆は! 魔王様から直々に! 『恋人』と仰っていただける関係となったのだ!
だがしかし。
異世界人大量召喚時ほどではないが、やはりそれなりに忙しそうな魔王様は、殆どの時間を執務室で過ごし、今尚、仕事に励んでおり、私と二人きりになる状況もなく、恋人発言以前と変わらぬ日々を過ごしている。
恋愛初心者としては、ホッとした面も、正直、あるにはある。のだが、それにしても、この変わらなさすぎる状態は一体、どうしたものなのだろうか、とも思うわけで……。
魔王様の側で生きると心に決めた私は、己の体を全て魔力に変化させ、精霊に似た、意志を持つ魔力の塊となる。
その魔力で、元世界の知識を得るために、私とは別の『私』という人間を作り、元の世界である我が家に戻した。
魔王様に『恋人』といってもらえた関係性である私も、魔王様と同じ状態でいるために、DNAを含む細胞核から、時間……主に老化に関わる情報を改竄し、それぞれの能力が最高潮な状態になった時、その状態を保つように設定して作った、老化や寿命はないが、今は、成長期の人間である。……いや、マジで。
というわけで二体一心となった私は、異世界では魔王様の菓子職人であり、元世界では女子高生である、各世界で立場を両立させた存在なのだが、やはり、そんな状態が不気味だと思われているのだろうか? などと、不安に駆られる今日この頃であった。
幸か不幸か、異世界での現在地と日本の実家では、ほぼ時差がない。
だが、行方不明直前まで、時間を遡らせて『私』を元の世界へ戻したため、私が異世界転移した瞬間と、異世界で過ごしてきた日時は、約七ヶ月と十数時間の差が出来てしまった。
折角、時差がないのだからと、時差を減らすべく、隙を見ては少しずつ『私』を早送りし、私と『私』が、同じ時間帯を共有出来るように調節した。
だが、約七ヶ月の日数までは、流石に合わせられない。
お陰で、異世界が八月、残暑という名ばかりな猛暑の時期であると、日本では一月、ずっと炬燵に横たわっていたい真冬の最中になるのだ。
そんな状態で、私は『私』を使い、地球の文明の利器で数多の意見が集結しているネット情報を模索し、色々と探ってみる。
だが魔王様の菓子職人という仕事上、探る時間が少ないせいか、今のところ、有益な情報は得られていない。
その上──……
「寒っ!!」
「暑っ!!」
親元に帰した『私』を往き来すると、激しい気温差が毎度襲い掛かり、慣れる気がしない。
「……うーん……。中途半端だけど、まあ、わざわざ往き来するよりはマシ、か?」
結局、私は『私』へ、使えそうな情報を見付けた時や探したい時に、視界共有、もしくは、体の往き来をすることにした。
小忠実に往き来することを前提としていたため、異世界にいる私で『私』を細かく操作したり、私と『私』の視界共有する機能がなかったのだ。
私は『私』と視界を共有させ、上手く作動するか試してみる。
恐らく今『私』が読み返しているのだろう。私の目の前には『私』が読んでいる、菓子職人の歴史に関する文章が、恰も私が本を読んでいるかのように表示された。
「おお! 思ったより便利だな!」
私は、既に何度も読み込んだ本を、懐かしく感じ、思わず読み耽ってしまう。
改めて感嘆した私は、深い溜息を吐き、空を仰いだ。
冷蔵庫のない時代から作られてきた、菓子作りを試行錯誤する、当時の職人達の情熱には、何度読んでも、感服させられる。
細菌が繁殖し、直ぐに悪くなってしまうクリームを、如何に保たせるかと、加熱して作るカスタード……クレーム・パティシエールに、熱したシロップを入れながら作るメレンゲ……ムラング・イタリエンヌを入れ、ゼラチンで固めるというクリームを考案したり、様々な逆境を乗り越え、更に美味さをも突き詰めている。
私はといえば、美味いといわれているとはいえ、素人の趣味である、菓子作りだ。
異世界であるここへ来た今は、魔王様のために菓子を作るという、いわば、プロに片足を突っ込んでいる状態ではないだろうか。……多分。
だがここは、菓子という概念のない世界であるため、知っているレシピを再現するだけで、大歓喜される状態だ。
おまけに材料の違いは、料理長であるシロップおじさんを頼り、道具の不自由さは、魔王様にお願いをして作ってもらったりと、おんぶに抱っこ状態でぬるま湯に浸かり、楽をし過ぎてはいないだろうか。
私も自分で、『ギュー』という、元の世界でいう象と同じくらい大きく、少々(?)気の荒い牛の乳を搾ったり、『コッケー』という、姿は鶏に似た攻撃的な鳥と、タイマン勝負に勝って友情の証に卵を貰うという、異世界ならではの苦労を味わうべきではないだろうか。
しかし、そこまですると、情が移って調理に使えなくなりそうなので、どうせなら違う方向で苦労することにしよう。決して、面倒そうだな、と思ったわけではない。
……嘘吐きました、すいません。そんな腕弛いこと、やりたくないに決まっている。
まだ、料理人が来ていない早朝の厨房。
一人、色々と思考を巡らせつつも、私は湿度と気温設定が可能な棚から、生温い液体の入った容器を取り出した。
これは、濃いめに作った米のとぎ汁に塩を溶かしたもので、やや暖かめに常温設定をした棚へ入れておき、二日経ってから黒糖をよく混ぜ、再び同じ温度で保温し、一週間近く毎日掻き混ぜておいたものだ。
その蓋を取ると空気が勢いよく漏れ出し、甘酸っぱい香りを漂わせる。いわゆる乳酸菌液だ。
これでパンを作ると酸味が強く少々固めなパン……元世界で食べたルヴァン種が出来る。
他にも、キムチや糠漬け、塩辛など、色々と出来るものが増えるが、菓子の材料を作るために培養したのだ。本懐を忘れてはならない。
これを使えば、牛乳はヨーグルトに、生クリームは発酵クリームに、発酵クリームを更に置くとサワークリームになり、発酵クリームを攪拌して分離させれば、発酵バターが出来上がるのだ。
元々バターは発酵バターの方が先に作られたそうなのだが、この世界ではよく分からなかったため、結局自作してしまった。
城の料理長であるシロップおじさんに聞けば、自作しなくとも存在する可能性が高い。
だが、毎日三食、美味しい料理を作ってもらっているのだ。自分で出来るなら、あまり手を煩わせない方がいいだろう。
と、不意に、視界を白い光が通り過ぎていくように感じ、私は思わず二度見する。
「……何だ? 魔力の粒なら、消えずに残ってるだろうし……?」
私には空気中に浮遊する魔力の粒が見えなくなったはずだが、記憶の中にある、見えていた時の情報が錯覚を見せているのだろうか。それとも体内から漏れ出したのか。
まだ魔力の粒が見えていた時、魔力の粒を見つめながら頭の中で命じる通りに動くのが楽しくて、踊らせたりしていた記憶が蘇り、私は女々しい己に活を入れるため、両手で両頬を叩いた。
……この世界の人でも、魔力の粒が見えないのは当たり前なんだ! 見えていた時期があるだけ、有り難いと思え!
「あたた……。強く叩きすぎた……」
思わず両頬を押さえて蹲る。お陰で女々しさは吹っ飛んだが、思い切り叩いた頬が痛い。
そこへ厨房の奥にある加工室から、躊躇いがちに声が掛かった。
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次話は09月07日(土)更新予定です。
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