第23話-6:召喚師と召喚されし者
第七大陸地人族王城から南西、大陸の端に召喚師の館があった。
第七大陸地人族王に頼み、作らせた私邸だそうだ。
コンセルさんに掴まり、風を受けながら流れ行く景色に目を向けると、奥には海が広がっている。
海岸沿いにある小さな森を背に、焦げ茶色の横長な屋根が見えた。
その建物の前にある庭園には、二階の玄関へと繋がる踊り場の付いた外階段が円形を描いて左右に伸ばされており、建物の白い壁には金色の飾りが過剰なまでに取り付けられている。
上部がアーチ状になった窓枠にも様々な装飾が施され、館というよりは、既に宮殿の域だ。
「……ブラフェティ邸といい、この館といい……第7大陸地人族王は権力を笠に着過ぎじゃな」
「確かに……第七大陸地人族は、他大陸より貧富の差が激しいのが悩みですね。魔王様も頭を痛めておられます」
各大陸上層部への過干渉は反感を買いやすく、口出ししづらい問題らしい。
かといって放置すると好き勝手をし始め人間の絶滅を招く為、可否のボーダーラインが定めにくいようだ。
館を警備していた兵士達がこちらに気付き、長い槍を突き出し何かを喚いている。
プレジアとコンセルさんは急降下し、兵士達を魔法と蹴りで倒しながら玄関前へと降り立った。
「奴がいる場所はこっちです!! 皆さん、自分に続いてください!!」
コンセルさんが群がる兵士達を蹴散らし、館へと侵入していく。
コンセルさんの言葉に頷き、プレジアは魔法を展開させながら空に手を差し入れ、拳と蹴りで敵を薙ぎ倒す私に両手剣を差し出した。
「うぬ……!! シホ!! この剣を使うのじゃ!!」
「……有難う。確かに持ってた方がいいよね」
今は肉弾戦で敵を一掃出来る自信があるが、この先どんな敵が現れるか分からない。
玲子が剣の柄や手刀で次々に兵士達の意識を奪い、中へと進んでいく。
私は迫り来る兵士達の中央に剣の切っ先を刺し、剣を支えに周囲を蹴り払う。
リアレスカさんも両手に魔力を集中させ、攻撃を受ける前に瞬時に魔術を放ち、敵を圧倒して皆の後に続く。
私は逸る気持ちを抑えながら後衛に回り、背後から攻めてくる敵に備えた。
華美な調度品が立ち並ぶ廊下を只管に突き進む。
時折コンセルさんが連絡珠とやらを取り出し、偵察部隊と連絡を取り合っているような仕草を見せている。
恐らく召喚師達のいる場所を聞き出しているのだろう。
皆がコンセルさんに続き足を進めていると、不意に玲子がこちらに視線を向け、歩を緩めて私の横に並ぶ。
暫し黙した後、意を決しつつも躊躇いがちに言葉を放った。
「……史帆、お前にとって……その、魔王とやらは何なのだ?」
言っている意味が分からず、私は黙したまま玲子に視線を向ける。
すると玲子は立てた人差し指を動かしながら四方に顔を向け、言葉を選ぶように言い直す。
「……つまり、そこまで思いつめるほど、大事な人なのか、と聞きたい」
「……私が? 思い詰めてる?」
「それほどまで形相を変えておきながら、気付いていなかったのか?!」
玲子の思い掛けない言葉に私は目を見開き、玲子の顔を食い入る様に見つめる。
玲子もまた、私の返答に驚倒し、大口を開けて私を見返す。
山羊男にも言われたが、今の私はそんなに変な顔をしているのだろうか。
言われてみれば、他の皆も時折私に視線を向け、目が合うと引き攣った笑みを浮かべており、どうにも態度が変だった。
……成る程。平静を装っていたつもりだったが、私もまだまだ、という事か。
私は天井に視線を上げ、大きな溜息を吐いて玲子に視線を戻した。
「……そうだ。私にとって決して失いたくない、誰よりも大事な人だ。……家族よりも」
「……そう、か。お前にも、そんな奴が……実は私も、私より強い奴に会えてな。プロポーズ中だったのだ。その為にも、早く日本に戻りたい」
「れ、玲子がッッッ?!!」
玲子が未だにこの世界を外国の何処かと思っている事よりも、玲子がプロポーズするほどの恋愛をしている、という事に驚きだ。
コンセルさんと拮抗している玲子より強い、といえば恐らく魔王様も入るのだろうが、そこはぜひ内緒にしておきたい。
「それでは……お前は日本に帰る手立てが出来ても、ここに残るつもりか?」
「ああ。元世界に帰れるとしても、私はここに残り、魔王様の為に菓子を作る。それが私の生き方だ」
玲子の言葉に、微妙に訂正を入れつつ、私は己の決意を語る。
正直、元世界に未練がない訳ではない。
まだ母から様々な調理法を教わりたい気もするし、色々なレシピを勉強したい。
しかしその目的は、いつの間にか魔王様に喜んでもらう為の過程に過ぎなくなっている。
私の根幹にあるのは、最早『魔王様の為』になっていたのだ。
私の決意を秘めた視線に玲子は瞑目し、軽く息を吐く。
「……同じ道を歩んでいた者が、それぞれ相手を選び、違う道を歩んでいくというのは、寂しい気もするな」
「いや、同じ道を歩んでいた事はないぞ?!」
まさかと思うが、玲子の尻拭いを私は趣味でやっていたとでも思っているのだろうか。
本当に嫌なら全力で逃げてはいるが、喜んで喧嘩をしていたと思われるのは心外だ。
玲子の甚だしい誤解に、私は声を荒らげて否定する。
すると、先頭にいたコンセルさんが壁に手を当て後ろを振り返り、玲子に声を掛けてきた。
「……この奥です!! レイコさん、壁を……!!」
「うむ! 任せろ!!」
玲子はコンセルさんの元へ歩み寄り、壁を睨み付けて拳を振るう。
壁は玲子の視線に容易く魔力を失い、豆腐のように手応えなく倒壊する。
あまりの呆気なさに思わず壁を叩いてその強度を確かめてみるが、鈍い音と拳に当たる感触から、かなりの強度を誇っていると思われる。
脆く崩れ去る壁を前に、プレジアが勇んで拳を突き上げる。
「うぬ!! 皆の者!! 準備は良いかの?!」
「はい! 早く魔王様の回復をしなければ!!」
「聞くまでもない! ゆくぞ!!」
「……さっさと終わらせましょ」
早く終わらせて回復しないと、魔王様の状態が心配だ。
プレジアの掛け声に、皆も奮起し、穴から中へと入っていく。
私も剣を握り直し、皆の後に続いた。
「……オフゲイル!! 第八大陸魔王様に対する所業……大人しく処分を受けろ!!」
「……やはり貴様らか……! 悉く我の手を煩わせおって……!!」
見た事のある、彫刻された柱が壁に沿って等間隔に並んでいる白い壁に、大理石のような模様のある石が敷き詰められた床には魔方陣が描かれている、何もない部屋。
その中央には金の刺繍の入った、やけに派手な白いローブを着た人物がフードを目深に被り杖を構えて佇んでいた。
召喚師と思わしき者の横には、地味な茶色いローブを身に纏い、ゴリラに似た風体の、焦げ茶色の毛を顔面に至るまで生やしている、毛むくじゃらの男が立っている。
これが恐らく召喚されし者だと思われるが、異世界は異世界でも、私達とは別の惑星からでも来たのだろう。
それはともかく、私は召喚師の姿に違和感を感じ、瞬きを繰り返して注視する。
病気でもしているのか、あの男とも女とも似つかない中性的な声はすっかり嗄れており、ローブから見え隠れする手も多数の皺を帯び、骨の節が際立ち、以前の雰囲気とは別人だ。
召喚師との接触を盛んに行っていたと思われる玲子を始め、みんなが白いローブの者をオフゲイルと見做し、眉を吊り上げて臨戦態勢を取っていなければ、違う人物だと思った所だ。
疑問はさておき、私も召喚師を睨み付け、剣を構えた。
「魔王様を……!! 魔王様を戻す方法を言え!!」
「言えと言われて言う馬鹿がおるか!!」
コンセルさんが召喚師に向かって剣を振り上げる。
しかし毛むくじゃらの男がその剣を腕で受け止め、コンセルさんを押し返す。
毛むくじゃらの男の腕には傷一つ付いていない。
コンセルさんは驚きに汗を浮き上がらせつつも剣で円を描き、再び召喚師へと力を込めた一撃を振るう。
しかし召喚師はその暇に魔力で強固な盾を作り上げ、コンセルさんの剣を受け止める。
まずはこの二人を引き離さないと、不利かもしれない。
緊迫する雰囲気の中、プレジアが何かを思い出したように眉と目の間を広げ、毛むくじゃらの男を指差した。
「こいつじゃ!! この毛むくじゃらがブラフェティ邸におったのじゃ!! 話掛けても要領を得んので、無視して引き返したのじゃ」
「あ……あの時のゴォ……!! し……失礼だゴォ……!!」
プレジアの言葉に毛むくじゃらの男が歯を剥き出して威嚇し、両手を翳す。
少女が使った珠と同じく陽炎を伴った魔力が周囲を歪んで見せるが、その歪みは比較にならないほど激しく、波のように押し寄せてくる。
「……くっ!! こ、これは……!! 押し返しきれんっっ!!」
真っ向から力を受けたプレジアが己の魔力で抵抗を見せるが、少女の時ほど上手くいかず、結構な魔力量を奪われてしまう。
プレジアは魔力を喪失した倦怠感に、体を揺り動かして膝を付く。
毛むくじゃらの男はその魔力を掌で操り火花を散らす巨大な赤い玉へと変化させ、召喚師に手渡した。
「……成る程。これが精霊界随一と謳われた者の魔力か……!!」
惚れ惚れとしたような、憎々しげな、複雑な心境を表す顔付きで召喚師が受け取った玉を見入る。
その大きさは人一人軽く覆える程度には大きい。
召喚師はフードの下から勝ち誇った笑みを浮かべ、その魔法をコンセルさんに投げ付けた。
「……そうはいかんぞ!」
玲子がコンセルさんの前に立ちはだかる。
魔法を睨み付け霧散させようと試みるが、魔力の量が多すぎるのか、なかなかうまく消しきれない。
「……ならばっ!」
玲子は構えていた剣を振り下ろし、魔法を分断して小さく分かれた魔法を次々と消していく。
召喚士は玲子の所業に舌打ちをし、小さな珠を空に掲げる。
するとその場には、どこかで見た事のある、茶色いローブと軽鎧を身に纏った体格の良い男が2人、現れた。
「……お呼びですか、オフゲイル様」
「……おかっぱ以外いらん。レイコも構わん、皆殺せ」
「……畏まりました」
『おかっぱ』とは私の事だろうか。
随分昔、祖父母に言われて以来な気がする。
一人の男は表情を強張らせ、無造作に伸ばされた焦げ茶色の髪を振り乱し、背負っていた剣を引き抜きながら玲子に向かって斬り掛かる。
もう一人の、長い黒髪に爬虫類を思わせる目付きをした男は、腰に携えていた、矢尻を繋ぎ合わせたかのような奇妙な形状の剣を手に、舌舐めずりしながら私に向かって身構えた。
「……傷付けるな、とは言わねえですよねぇ……じわじわと甚振る時の、あの恐怖に染まった顔が、堪らねえよなぁ……特に女を甚振るのは堪らんよ!」
「……奇遇だな。私もお前の爪の間に針を刺し、薄皮一枚ずつひん剥いて、懇願に泣き喚かせたい気分で一杯だが、生憎時間がなくてな」
「……か、可愛い顔していうねぇ……」
どうやらSっ気では私が一枚上手のようだ。
思わぬ返しに黒髪男の頬が引き攣るが、構っている時間はない。
私は剣を斜め上段に構え、黒髪男に向かって駆け出した。
男が私の剣を受け止めようと剣を構える。しかし私は男の目の前の床に剣を突き刺し、その剣を軸に回し蹴りを入れる。
右頬に蹴りを食らった男はその勢いに体を仰け反らせるが、手に持っていた剣を私に向かって突き出してくる。
長剣ではあるが、仰け反った男の体から突き出された剣の射程はさほど長くない。
私が一歩下がりその射程外へ身を動かすと、男の顔が愉悦に歪む。
「……掛かったな、小娘が!」
男の剣の矢尻と矢尻の間に細かい鎖が現れ、鞭のように撓りながら私の体に巻き付く。
男は唇を舐め、勝利に満ちた瞳で剣を手繰り寄せ、私に近付いてきた。
「気は強くとも所詮小娘だな……! 大人しくオフゲイル様の元に従けば、勘弁してやらなくもないが……これで終わりじゃつまらんよな?」
蛇腹剣に体を縛り付けられた私に、黒髪男は悦に入った笑みで唇を舐め回していた。




