第23話-5:ブラフェティ邸と人質開放
侵入した館の中は、艶のある白い石で壁と天井、そして床を構築した、廊下のような狭い通路が様々な方角に伸びている。
窓は内部からは見当たらず、金色の金属で作られた燭台に火を灯した蝋燭が、一定区画毎に配置されている。
その程度の照明だというのに内部が妙に明るいのは、この白い輝石がうっすらと光を放っているのだろうか。
床の中央に敷かれた細長い絨毯も真っ白で、目が痛くなる配色だ。
中に入った私達は、いきなり現れた分かれ道を前に立ち往生していた。
「……ここを、どう行ったらいいんですか?」
「多分、この角度じゃと右奥の方に最終地点である部屋がある筈じゃが……こういった入り方はした事がない故、どっちに進むか分からんのう……」
大まかな方角は分かっても、方角のみを頼りに進めば行き止まりに当たる確率が高いらしい。
館の中は何処も同じような景色らしく、どの辺りにいるのか大まかにしか分からないようだ。
「そ、そうですか……」
コンセルさんが複雑な表情で入ってきた穴とプレジアを交互に見つめる。
それなら素直に入り口から入った方が良かったのでは、と言いたいのではないだろうか。
しかし、困惑し周囲を見回すプレジアの態度に罪悪感を感じたのか、顔を背けて口ごもる。
そこへ玲子がプレジアの傍らに歩み寄り、壁に手を当てながら再び得意満面な笑みを浮かべた。
「またもや私の出番のようだな。方角はこっちでいいのか?」
「おお! 頼もしいのう、レイコさん!! そうじゃ、こっちじゃ!!」
期待に満ちた笑顔のプレジアへ、玲子は歯を輝かせた男前な笑みを浮かべると、壁を睨み付けて拳を振るう。
睨み付けられた壁は瞬く間に魔力を失い、玲子の拳に力なく崩れ去っていく。
「……成る程。方向音痴の理由が分かった気がするな」
道がなければ作ればいい。それが出来れば道を覚える必要は皆無だ。
力任せに押し進む玲子の姿にコンセルさんは顎に手を当て、合点がいったと言わんばかりに頷いた。
玲子の力に頼り、侵入後も真っ直ぐに壁を打ち抜き進んでいくと、視界が開け、複雑な模様が編み込まれた茶系の絨毯に、輝きを放つ白い石で組まれたマントルピース、複雑な形状の彫り物が施された木目調の家具など、高級そうな調度品が並べられた、応接室のような空間が眼に飛び込んでくる。
「なっっ!! 何処から来るなの!! 失礼なの!! って、レイコッッ!! お前まで、何の真似?!」
「無論、麻衣子を返してもらう為だ……!」
恐らくは、徐々に近付いてくる破壊音に恐怖していたのだろう。少女は毛足の長い黒の毛皮が掛けられた、茶色い皮革で出来た長ソファーの背後にしゃがみ込み、こちらを窺っている。
玲子は足を部屋の奥へ進ませ、剣を構えて少女を睨み付けた。
「魔王様に掛けた魔法の解除法を教えてもらおうか」
「か、返さないし、言う訳もないなの!! え、衛兵!! 早く戻るなのッッ!!」
「……来る様子はないわね。迷ってんじゃない?」
破壊音に気づいた少女はその侵入者を排除しようと館の兵士に命じ、迷宮内へ向かわせたのだろう。
安全圏にいる事で慢心したのか、兵士全員を向かわせてしまったようで、少女は多勢に無勢の状態に陥っている。
必死に叫びを上げるが、誰かが近付く気配はない。
リアレスカさんの呟きに少女は舌打ちをし、こちらの魔力を奪おうとソファーの影から珠を伸ばす。
が、玲子はその力を睨み付け、霧散させる。
「ず! 狡いなの!!」
「狡いのはどちらだッっ?! 麻衣子を返せッッ!!」
玲子はソファーを蹴り飛ばし、少女の姿を露わにする。
吹き飛んだソファーが勢い良く壁に打ち当たり砕け散り、周囲に白い綿を撒き散らす。
少女は目を見開き、ソファーの残骸へと視線を向ける。
その隙にコンセルさんが少女へと駆け寄り、その首元へ剣を突き付けた。
「……これでも言う気はない、と?」
「……ふん。殺されても言う訳ないなの……っ!」
自分を殺せば麻衣ちゃんを取り戻す事も魔王様を回復させる術もない、とでも言いたいのだろう。
少女は眉尻を上げ、勝ち気な笑みをコンセルさんに浮かべる。
コンセルさんも次の手が見つからず、額に汗を浮き上がらせ、黙り込んだまま少女を睨み付けていた。
そんな中、勝手に部屋を散策していたプレジアが、部屋の隅にある扉に近付き、こちらに声を上げる。
「おーい! 奥の間に誰ぞおるのじゃ!! レイコさん、この人がマイコさんかの?!」
「ああっっ!! 魔術で封じてたなのにッッ……!! か、勝手に入らないでなの!!」
少女渾身の魔術だったのか、何事もないかのように取っ手に手を掛け、中へと入るプレジアに少女が訴え掛ける。
コンセルさんの後ろから少女と向い合っていた玲子もプレジアの声に顔を上げ、踵を返して奥の間へと駆け込んでいく。
「ま、麻衣子ッッ!!」
「れ、玲子ぉぉッッ!! もう、何なのよッッ!! ここって一体何なのよぉぉっっ!!」
どうやら玲子が麻衣ちゃんと感激の再開を果たしているようだ。
咽び泣き、叫びを上げる麻衣ちゃんの声は力強い。
玲子はかなり貴重な能力者なのだろう。その玲子に対する切り札だからか、蔑ろにされていた訳ではない状況が推測出来る。
「で、でも、魔王に掛けたあの魔法はとある方の特別製なの……!! お前達には誰にも解けないなの……!」
コンセルさんの鬼気迫る表情にも臆せず、少女は頬を膨らませ、コンセルさんから顔を背ける。
私はゆっくりと少女の元へ歩み寄り、襟首を掴んで体を引き起こした。
「……それならそれで……言いたくなるまで、どうにでもするが?」
コンセルさんの時と異なり、少女は私の微笑に顔色を失い、額から大量の汗を噴き出させる。
正直、こうして焦らされるだけでも首を絞めてしまいそうな自分がいる。
何とか己の衝動を抑え、黙したまま少女を凝視する。
「……し……知らないなの……っ! ……これもっ……プピー様から、貰った珠で……っ……ここも……プピー様の隠れ家なの……っ! 今は……頼まれているだけなのっ!」
「プピー? 誰だそれは?」
「……しっ召喚師様に……召喚されたっ……なの……っ!」
少女は私の表情に耐え切れなかったのか、涙を流し、嗚咽を漏らしながら質問に答える。
少女が使用していた珠に込められている魔法は、『他人の魔力を奪い特定の魔法に変換して他人に付与する力』という物らしい。
珠自体に、集めた魔力を魔法に変換して放出する力が付与されていたようだ。
本来彼女は間接魔法を得意とし情報収集に回っているが、今回だけ玲子のサポート要員として、魔法が込められた珠を幾つか託されたという。
「……それで、プピーとやらは何処におるんじゃ……?」
「……た、多分……っ……オフゲイル様の所にっ……」
どうやら本懐を遂げるには、召喚師に会わねばならないようだ。
私は少女の懐から珠を全て奪い取り、魔力で少女の体を拘束する。
「……オフゲイルの所、か……折角魔王様が色々骨を折ったのに、踏み込むのは心苦しいな……」
「……言ってる場合? サジェス魔王が戻らなければ、それこそ水の泡よ」
オフゲイルを処罰する為に、魔王様は方方へ手を回し、後は仕上げを残すのみ、という段階まで来ているそうだ。
しかし今オフゲイルの元へ向かい真っ向から敵対すると、今まで打ってきた布石が水泡に帰すらしい。
コンセルさんの悩みも分からなくはないが、私もリアレスカさんの意見に賛成だ。
魔王様が回復出来なければ、私にとっても全ての意味がなくなる。
じっとコンセルさんを見つめるリアレスカさんと私の視線に、コンセルさんが俯いていた頭を上げ、瞳に力を込める。
「はい、言ってる場合じゃないですよね。とすると……どうしようか?」
「……アタシが戻ってもいいけど」
コンセルさんが腕を腰に当て、私に視線を投げ掛ける。
この少女と麻衣ちゃんをどうするか、という意味だろう。
麻衣ちゃんの戦闘能力は低く、『他人の魔力を奪い特定の魔法に変換して他人に付与する力』という能力者と召喚師のタッグ相手に守りきれるか分からない。
少女もどんな魔術を使うか分からない以上、相手と引き合わせるのは危険だ。
リアレスカさんが挙手し、二人を連れ戻す役目を引き受けようとする。
しかしコンセルさんはそれに異を唱えるように眉を顰めた。
「戦力は多いほうがいいですからね。こう……オフゲイル達には手も足も出ないが、この少女よりは強い魔力のある、そんな都合のいい味方がいればいいけどな……」
「……そんな都合のいい人間、何処にいるのよ……」
三人で顔を見合わせ考え倦ねていると、奥の間から戻ってきたプレジアが胸を張って得意満面の笑みを浮かべる。
「そういう時の為に!! 転移魔法アイテムじゃ!!」
「……転移魔法アイテム?」
プレジアが空間に手を伸ばし取り出したのは、少女も持っていた、水晶に似た掌大の球だ。
転移の魔術及び魔法は魔法陣という紋章を使う事により、同じく魔法陣があり、互いに感知し合っている場所に限り、ほぼ百パーセントの確率で行き来する事が出来るのだそうだ。
それを己の身一つで行使しようとすると、質のいい魔力を膨大に、そして恐ろしく面倒な作業と長ったらしい呪文を要する、かなり高難易度な力らしい。
しかし、それを珠に閉じ込める事で、特定の場所へ己を転移させたり、特定の人物を呼びつけたりする事が可能になるアイテムとなるのだそうだ。
……成る程。それで少女は浜辺からいなくなった訳か。しかし、プレジアはその魔法をどうしようというのか。二人を城に転移しようとでも言うのだろうか?
私が疑問に思いプレジアに尋ねると、プレジアは不敵な笑みを浮かべ、頭上高く珠を翳す。
「いや、そこまで面倒なアイテムは作ってないのじゃ。これは、下僕を呼び出すアイテムじゃよ!」
「……でえ、ウサたんがクマたんのお耳にチュウをしましたあ……ってえ……げええええッッッ??!!」
光と共に現れたのは、フリルとレースがふんだんに使われた白いブラウスに、やはり裾がフリルになっている、タイトな八分丈の黒いパンツを纏った、脛毛の濃い山羊男であった。
右手にはウサギのぬいぐるみ、左手に熊のぬいぐるみを持ち、人形遊びにでも興じているのだろうか、その身を重ねあわせている。
一瞬にして気配が変わった事に多少の違和感を感じたのだろう山羊男は、芝居を続けながらこちらに視線を向け、野太い声で悲鳴を上げる。
突如現れた深刻な空気を破壊する物体に、コンセルさんやリアレスカさんも言葉を失い、大口を開けて只々見入っていた。
「……よ、呼ぶ前に一言くらい、お声をおっっ!!」
「下僕が何を言いおるか!! いつでも主の為に身を備えておくもんじゃろ!!」
「……っ!!」
プレジアの高圧的な物言いに、山羊男は頬を染めて黙り込む。
どうやら召喚術のように無理矢理呼ばれた訳ではなく、プレジアがこのアイテムを作る際に快諾の契約を行っていたらしい。
そうでないと呪文などの難易度が矢鱈に上がり、とても作る気にはなれないほどなのだそうだ。
そんな貴重な物を、たかが山羊男を呼ぶ為に作るとは、と思わなくもないが、プレジアは楽しむ事に労力を惜しまない。
こちらとしても助かるし、山羊男も扱き使われて喜んでいるようなので、Win-Win-Winの関係だろう。
「何かで使えると思った故、契約しておいてよかったのう! シェーヴ! この二人を第8大陸魔王城の兵士の元へ届けるのじゃ!」
「ははっ! 喜んでえ!!」
山羊男は胸元に手を当てプレジアに深々と頭を下げると、屈んだまま私の顔に視線を向ける。
「……しかし……今日のシホ様は鬼のような形相で、一段とお美しいですなあ! ゾクゾクしますぞお……!」
「……は?」
「い、いいからとっとと行くのじゃ!!」
顔を紅潮させ、鼻息荒く言葉を紡ぐ山羊男に、私は少々苛立ちを覚えながら聞き返す。
確かに魔王様を早く回復させたいという焦燥感はあるし、少女を脅す際には殺気を込めた笑みを作ってはいたが、現状、頬に掛かる筋肉の感覚などから普段と変わりない表情をしている筈だ。
まあ、強いて鬼のような形相になっているというなら、人形二体を抱えた、この不気味な物体のせいだと思うのだが。
私の疑問に答える間もなく、山羊男はプレジアに尻を蹴られ、嬉しそうに口角を上げている。
すると、感動の再開を終えた玲子と麻衣ちゃんが奥の間からこちらに向かって歩を進めてきた。
「……あ、れ? 史帆ちゃん……だよね?」
「うん。麻衣ちゃん、久しぶり」
麻衣ちゃんも玲子と同じ時間帯から来たのだろう。
私と同じような長さのワンレンだった髪は肩より長く伸び、泣いた事で今は真っ赤に染まっているやや細めの瞳は穏やかさを兼ね備え、大人びた雰囲気を伴っていた。
「行方不明だった史帆ちゃんまでこんな世界にいるって……何なの、この世界?!」
麻衣ちゃんは不思議そうに私の顔を眺めながら世界に対する憤懣をぶつける。
私が高校生の姿のままである事に関しては一切尋ねない。
何か聞いてはまずい事があったかと気を使っているのだと思われるが、その辺も含め、後日説明をせねばならないのかもしれない。
「取り敢えず、私がお世話になってる人の城にいれば安心だから。さっさと片付けて戻るよ」
「う、うん……何か大変そうだけど、頑張ってね!」
こんな腑に落ちない状況で、しかも知り合いのいない場所にいるというのは不安だろうが、麻衣ちゃんは色々察し、今は私の頼みを聞いて何も聞かずに頷いてくれる。
少々不安はあるが、山羊男に麻衣ちゃんを託し、三人を見送る。
「……獣仮面の男、くれぐれも麻衣子を頼むぞ」
「その言い方に何か引っ掛かりを覚えんだがあ……プレジア様とシホ様の頼みだあ、ちゃんと届けてやんぜえ!」
山羊男は釈然としない表情で鼻に皺を寄せながら玲子を睨み付け、麻衣ちゃんと少女を抱えて玲子が作った穴から出て行く。
その姿が小さくなっていくのを見届け、周囲に視線を戻すと、懐から取り出した珠と何やら囁き合っていたコンセルさんが珠から顔を上げ、こちらに視線を向けながら声を発した。
「偵察部隊から確認しました。召喚師はこの大陸端にある私邸にいるそうです」
「うぬ……! 早くサジェスを治さねばの!! ゆくぞ!!」
私達はブラフェティ邸を後にし、召喚師の元へと飛び立った。




