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第21話-4:シロップおじさんの料理と隠し味噌

「妖精族かぁ。すっごく食べる人と、殆ど食べない人と、極端な種族らしいよ。体型も、食べる人は小柄だけど体格が良くて力が強くて、食べない人は色白で細くて魔力が高い人が多いって……」


 メイドさんの集まる支度部屋付近を彷徨いていると、洗濯物を抱えたファムルと遭遇し、その場で話をし始める。

 ファムルの説明によると、どうやら妖精族にはエルフ系とドワーフ系が混ざっているようだ。

 ちなみに獣人族と妖精族は仲が悪いそうだが、獣人族で虐げられていたファムルはその辺のわだかまりをあまり耳にしなかったため、こだわっていないそうだ。


 ……獣人族、いつかシメる……ッッ!!


 ってそれはともかく。リアレスカさんの体型はスレンダーだし、エルフ系だとは思う。

 しかし地人族の血を引いてるし、ドワーフの血が入っていないとも限らないが……どうなんだろう。


 私がリアレスカさんの正体を図りかねていると、ファムルは部屋の奥から粉の入った小さな茶色い瓶を手に持ち、戻ってくる。


「どっちにしても、あって困ることはないし。はい、消化薬」

「おお! 流石マイディア!!」


 まだ話は『妖精族は大食漢なのかどうか聞いてもいいかな?』ということだけしか話していない。

 しかし行間から何かを察したファムルは、消化薬を私に手渡す。

 出来た嫁とは、こういうコをいうのだろう、いや嫁ではないが。


 ……こういう察しのいい可愛いコを嫁に出来たら幸せだろうな。相手の男は全力で潰しに掛からせてもらうが。


 感極まった私はファムルを抱き締め、瓶を受け取って厨房へと向かった。


 厨房では既に夕食の準備が始まっており、料理人達が忙しなく動き回っている。


 ……シロップおじさんも忙しいか……いやでも、客人の夕飯に関わることだしな。


 私は料理人達に指示を出すシロップおじさんへ、躊躇いがちに声を掛け、事の次第を話し始めた。

 シロップおじさんは私の話に口元へ手を当て、俯いて沈思している。


「……確かに、よく食べる派と少食派が極端な種族ですが……見極めが難しいですね」

「そうですね……少食系にしてはお代わりするくらいよく食べるし、けど基本的に動物性を使った物が嫌いみたいですし……」

「コンセル様からは、アレルギーがないとお聞きしたんですが……嫌いな物は多そうですね」


 確かに動物性の食べ物も食べられたし、嫌いなだけで、アレルギーはなさそうだ。

 しかし運ばれた物に対して、動物性は嫌い、砂糖も駄目、ネギも嫌い、などとダメ出しをしていた所を考えるに、自分でも把握しきれないくらい、好き嫌いがあるんじゃないだろうか。

 シロップおじさんの言葉に私も黙考していると、シロップおじさんは苦笑いを零し、私へ向き直す。


「なるべく植物性の物で、シガルとオニョンは使わないでみます。栄養価の高いスープを中心に。あとは、ご本人に除けていただいたり、残していただきましょう。シホさん、情報を有り難うございます」

「……いえ、折角の夕食前に、お腹一杯にしちゃってたら、すみません」


 自分が心を込めて作った料理を、除けたり残したりされるのは、さぞ辛いだろう。

 美味しく食べてもらうには、可能な限り好き嫌いを把握し工夫を凝らしたい、空腹でいてもらいたいに違いない。


 ……夕飯前に菓子を食べる習慣を作っちゃって、何か申し訳ないよな……


 菓子と食事という立場の違いはあれども、美味しく食べてもらいたい、という思いは一緒だろう。

 私は肩を落とし、足取り重く執務室へ入っていった。


「……シホ、お代わりは?」

「もうすぐ夕飯なので、もう駄目です! それより、お腹は大丈夫ですか?」

「……お腹? 食い溜めする時に比べたら十分の一も食べてないわ」

「……あれで……十分の一……?!」


 執務室に入るなり、リアレスカさんが私に向かい、要求した物の在処を尋ねる。

 菓子を気に入ってくれたのは大変有り難いが、もうすぐ夕飯の時間だ。

 私は心を鬼にして拒絶し、腹具合を尋ねると、リアレスカさんは不思議な現象を自白する。

 驚きを禁じ得ないコンセルさんと私はお互いに目を合わせ、軽い溜息を吐いた。

 

 ……草食べて過ごしたり、食い溜めしたりって、人間の能力超えてないか? まあ、特殊な力を持っている人だ、人間を超えていてもおかしくはない、のだろうか……?

 

 コンセルさんも私も取り敢えず考えるのは止め、別の話題を模索する。

 そういえば、魔王様は何の用事で出掛けたのだろうか。第三がどうとかいっていたが、まさかラジオ体操ではあるまい。

 コンセルさんに尋ねてみたいが、流石に客人の前でも話して良い話題なら話しているだろうし、私にも内緒にしておきたい話題かもしれない。

 私が悶々と考えを巡らせていると、コンセルさんが話題を発見したのか、私の顔を覗き込み尋ねてきた。


「そういえばシホちゃんは、何でこの世界に甘い菓子がないか、知ってるか?」

「え? いや、全然! 何で?」


 この世界にある甘い菓子といえば、ドライフルーツや焼き栗程度と、あとは魔力回復用のジャムもあったが、これは表ルートには存在しておらず、チョコレート同様、菓子のカテゴリーには入っていない。

 一方、甘くないものは、ポテトチップスからフランス料理のフルコースのような物まで、かなり発達した料理が作られている。

 ずっと不思議に思っていたことが今、明らかになると心を踊らせ言葉を待つと、リアレスカさんが口を開いた。


「……昔、シガルを中心とした甘い物は大体、上級魔術師以上にのみ使用を許された、回復アイテムだったわ。その味わいから、回復能力を持たない甘い物でも、庶民が口にするのは抵抗があって、法が改正された今でも、それは続いてるの……魔術師がそんなことも知らなかったの?」

「……すいませんね、一介の菓子職人なんで」

「っていうか、この大陸には元からその法令が適応されてませんし。知りようがないですよ」


 この話を聞くと、菓子職人こそが知っていなきゃいけない事柄のような気もするが、咄嗟に言い訳を放つと、コンセルさんが助け舟を出してくれる。

 詳しく話を聞いてみると、その甘い物によって口に出来る階級が異なり、違反した場合、良くて牢屋入り、悪いと死刑という、実に厳しいものであった。

 栽培技術が発展し価値が下がったためか、今ではその法は改正され、庶民でも口にして良くなったそうだが、その歴史はまだ浅く、未だに庶民には受け入れられていないそうだ。

 元々、蜂蜜など庶民が口に出来る甘い物もあるが、それらを加工して、などというのはどうも烏滸おこがましいと思われていたようで、加工技術は未だに手を付けられていないらしい。


「という訳で、シホちゃんが第一人者なわけだ」

「おお、それは何か凄いな!」


 凄いといわれ、思わず相槌を打ってみるが、よく考えてみれば私が凄い訳ではない。

 私は元々いた世界で作られていた物を作ってるだけで、本当の第一人者とはいえない。

 凄いといえば、やっぱりシロップおじさんだろう。

 毎日、料理の研究に余念がないし、色々と新しい技術を開発し、試作を重ねている。

 細長い米は野菜のカテゴリーなのか、サラダに使われたりしていたが、その粘り気に注目したシロップおじさんは、米を潰し、薄いせんべい状の物をメインの端に添えたりもしている。

 炊いた米も私の話を聞き、より美味しく出来るよう研究してくれているようだ。

 米自体の改良も入れなければで、若干時間が掛かりそうだが、元いた世界の食文化を興味深く聞いてくれるシロップおじさんなら、可能な気がする。


 ……きっと味噌や醤油も作ってくれることだろう。楽しみだな!


 私が故郷の味に思いを馳せていると、執務室の扉が叩かれ、扉の隙間からスアンピが顔を出してくる。


「……あの……お、お食事の支度が……整いました……」


 緊張した様子のスアンピに吹き出しそうになる口元を抑え、私はコンセルさんへ視線を動かす。

 コンセルさんもスアンピに緊張されている自覚があるのか、態とらしく悲しそうな顔を作り、肩を竦めた。


「リアレスカさん、シロ……シェフの料理はすっごく美味しいですよ!」

「……そう、それは楽しみね」


 感情の揺るがないリアレスカさんは私に淡々と言葉を返し、ソファから腰を上げる。


 ……フッ。冷静に答えていられるのも今のうちだ……!


 私は心を踊らせながら、コンセルさんと共にリアレスカさんを食堂へと案内した。




「……あれ? 私も一緒?」

「魔王様という客を接待するホストの代役、という事で、ゲストを楽しませてくれよ」


 案内した食堂に、私の席にも料理が並べられているのを見つけ、私は目を見張り、コンセルさんを振り返る。


 ……てか、一介の菓子職人が魔王様の代役って何なんだ? そこはコンセルさんがやる所じゃないのか?


 様々な疑念が湧きつつも、促されるままに席に着く。


「何も出来んよ?」

「そのままで大丈夫だって。シホちゃん、気に入られてるみたいだしさ。リアレスカさん、もっと喋らなくて大変だったんだぜ?」


 席に着いてコンセルさんに念を押すと、コンセルさんが耳元でリアレスカさんに視線を動かしながら、励ましの言葉をくれる。


 ……そうか、気に入ってくれてたのか。それならなるべく応えねばならないな。


 私は姿勢を正し、リアレスカさんに歯を光らせ、紳士的な笑みを見せる。


「……何それ? 気持ち悪い……」

「ほ、本当に気に入ってんのか?!」

「本当だって! 普通に、シホちゃん、普通に!!」


 私がリアレスカさんを指差しながらコンセルさんに抗議すると、コンセルさんは冷汗を流しながら私の背中を叩き、必死で平静を取り戻させようとする。

 コンセルさんと私のやり取りを気にする風もなく、リアレスカさんは目の前の料理に目を向けた。


「……いらないわ」

「……え?」


 料理を一目見、席を立とうとするリアレスカさんを、私はマジマジと見つめる。


 ……まだ、何にも手を付けてないけど?


 緊張の面持ちで様子を窺っていた周囲からも、ざわめきが起こり始める。

 私も奇異な物を見る目でリアレスカさんに視線を向けていると、リアレスカさんは眉間の皺を深く刻み、私を見返す。


「……この料理は食べたくない。シホ、さっきの菓子を作って」

「……い、いやいや、せめて一口……」

「……匂いで分かるって言ったでしょう? 食べたくないものは食べたくないのよ。シホ、早く作って持ってきて」


 恐らく、リアレスカさんは執務室へ戻る気なのだろう。既に席を立ち、扉へと向かっている。

 視線の端に映るシロップおじさんの顔色は真っ青で、額に汗を多量に吹き出させている。

 シロップおじさんの部下や弟子達が、心配そうにシロップおじさんへと視線を向けていた。


「……嫌だね」

「……え?!」


 私の拒絶を予想していなかったのだろう、リアレスカさんが驚倒し、足を止めてこちらを振り向く。

 私の様子に慌てたコンセルさんとシロップおじさんが、私の側に駆け寄ってくる。


「……アタシは客よね? もう一度言うわ、シホ。菓子を作って」

「断る」

「シ、シホさん……!! 私のことは構わず、菓子を作ってください……!!」


 リアレスカさんが強い口調で念を押すが、私は腹から出した声で、それを撥ね付ける。

 シロップおじさんが、私を宥めるように私の腕に手を載せ、顔を覗き込む。

 その顔には、無理に笑顔を作ろうとしているのか、頬や眉間に不自然な皺が入っている。

 口にすらしてもらえず、拒絶されるのはままある事だが、だからといって慣れるものじゃない。

 それが目の前で、自分の尊敬する料理人にされているという事実が、私には堪らない。


 ……魔王様の代わりなんて、出来るか……!!


 私は拳を強く握り締めて立ち上がり、リアレスカさんを睨み付けた。


「人が心を込めて作った物を、何だと思ってるんだ!! 食わないにしても、もっと誠意を見せろ!! そんな態度をする奴に菓子が作れるか!!」


 騒然とした食堂が、私の一声で静まり返る。

 私の叱責にリアレスカさんが不愉快の色を濃くし、体を震わせながら私を上目遣いで見つめている。


「……そんな事を言っていいの?」

「人の作ってくれた物を蔑ろにするような人には、死んでも作りたくない」


 恐らく、この咎めで死刑にされると言われても、私は菓子を作る気にはなれないだろう。

 恩ある魔王様とコンセルさんの顔に泥を塗った事は、申し訳ない気持ちで一杯だが、尊敬する料理人を辱められ、黙ってはいられない。

 己の決意を胸に、リアレスカさんへきっぱりと言い放った私は席に座り直し、己の食事をし始める。

 サラダは風味豊かでありながらも癖のない物が使われ、豆類も用いる事で、淡白過ぎないよう工夫されており、ドレッシングにも、ネギ類の香味野菜が使われていないにも関わらず豊かな味わいで、野菜の旨味を存分に引き出している。

 トマトをベースに、様々な野菜で作られたスープは複雑に絡み合い、淡白でありながらも濃厚な風味を醸し、口に入れるほどに、その奥深さを感じられる。


「おおう、マーベラス!!」

「……有り難う、ございます」


 私の頭はすっかり食事モードに切り替えられ、目の前の料理を堪能している。

 そんな私の様子を、コンセルさんは呆気に取られて見つめている。

 シロップおじさんは、己のエプロンで顔を拭きながら、私に深々とお辞儀をした。

 次は魚料理だ。

 白身魚のムニエルは、程よく乗った脂により口の中で解れ、魚に付けられた小麦粉が香ばしさをアピールしている。

 今回はバターではなく植物油でさっぱりと、しかししっかりと付けられた下味とレモンが味のアクセントになっており、旨味を深めている。

 しかし、何か懐かしさを感じるその風味に、私はムニエルを凝視しながらシロップおじさんに尋ねた。


「この味……醤油か味噌に似た風味が……」

「分かりますか? シホさんからお聞きした話で、魚で似たような作り方をする調味料が、遠くの大陸で作られていた事を思い出しまして。その菌をシホさんの言う豆で育ててみまして。ほんの少しですが、この料理にも加えてみました」


 この世界にも魚醤はあったのか。それともアンチョビだろうか。

 確かシロップおじさんは『物質に特定の菌のみを繁殖させる魔術』を持っているそうだが、なるほど、うってつけの能力だ。

 味噌や醤油は独特の風味が強いが、私を含め、その風味が癖になる者もきっと多いだろう。

 肉や魚の臭みを消す為、臭みが苦手な人にも恐らく受けるのではないだろうか。


 ……それにしても、もう味噌に出会えるとは思わなかったぞ……! この調子なら醤油も近いうちにできそうだ!


 私が感激し、シロップおじさんの顔を凝視していると、シロップおじさんは照れくさそうに額を掻く。


「この調味料は奥が深いですね! 色々な料理に合いそうですし。まだまだシホさんのいた世界の物には及ばないとは思いますが、色々改良を加え、ご納得いただける物にしてみますよ」

「いや、もう、凄すぎて吃驚ですよ!!」


 いつか、と思っていた事が、今日口に出来てしまい、驚きを隠せない。

 シロップおじさんと調味料の話に花を咲かせていると、立ち尽くしこちらを見ていたリアレスカさんが徐ろに歩み寄り、席に座って料理を口に入れ始めた。


「……確かに……匂いで感じたより美味しいわ。……食べないと分からない物もあるのね」

「そりゃ、料理は五感で楽しむ物ですからね。匂いや味も大事だけど、見た目や食感、音やその場の雰囲気も、味に影響しますよ」

「……そうね……その……悪かったわ……アタシ、あまり人付き合いしてないから……客って立場に甘えてたみたいね……」


 リアレスカさんはバツが悪そうにシロップおじさんと私に頭を下げる。

 リアレスカさんは、普段殆ど人と会わないせいか、人とどう接すればいいのかいまいち分からないそうだ。

 私があまりに美味そうに食べるので、料理に興味が湧いたらしい。


 ……悪いと思ったら素直に謝るんだ。随分根は素直なんだな。


 悪いと分かってもつい意地を張ってしまう私とはど偉い違いだ、見習わねば。

 私は満面の笑みを浮かべ、リアレスカさんに頷いた。


「人が食べてるのを見ると、食べたくなりますよね! 料理長の料理は私が率先して食べてますけど」

「……アタシはシホの菓子の方が好きだわ」

「実は私もです。シホさんの菓子を目標に頑張ってますよ」

「うえっっ?!!」


 リアレスカさんの言葉に、シロップおじさんが満面の笑みで大きく頷く。

 突然訪れた二人からの賛辞に私は仰天し、椅子から転げ落ちそうになりながら奇声を上げる。


 ……シロップおじさんが私を目標とか、恐れ多すぎるだろ……?! ってか逆だよ、逆!!


 転がり落ちそうになる姿があまりに滑稽だったのかリアレスカさんが吹き出し始め、それに伴いシロップおじさんやコンセルさん達が笑い声を上げる。


 ……まあ、重苦しい空気にしちゃったし、笑われるくらいいいけどね。


 私は少々憮然としながら食事を再開し始めた。

 そんな私を横目で見、リアレスカさんが笑い声を漏らしながら徐ろに呟く。


「……コンセル、協力の条件だけど、シホをアタシにくれる、というのでも構わないわ」

「……はい?!」


 突然の申し出に、私はリアレスカさんの顔を食い入るように見つめる。

 怒らせた記憶はあるが、一体どういう心境の変化だろうか。

 そこまで菓子を気に入ってくれたのなら素直に嬉しいが、人里離れた一軒家で、然も材料を入手出来る店がかなり遠そうな場所は出来れば遠慮したい所だ。


 ……というか、魔王様のお膝元であるこの城にいたいんだけど……やっぱり命じられたら行かなきゃなんだろうか……?


 私は混乱した頭でコンセルさんとリアレスカさんの顔を見比べた。

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