第21話-3:妖精族とデビルズフードケーキとエンゼルフードケーキ
封印師の祖は、召喚師の祖と同一人物で、その人が異世界の危険物を召喚してしまい、己の子の一人を召喚師として、もう一人を封印師として、代々引き継がせているらしい。
封印師一族は代々、初代が封印した危険物の封印が解けないよう、人里離れた一軒家で見守り続けているという。
リアレスカさんはその封印師の末裔で、仕事の関係上、魔王様とは古くからの知り合いだそうだ。
初代は元々地人族なのだが、魔力の低下で封印が守れない事態が起こっては困るため、封印師一族には妖精族の血が頻繁に取り入れられてきたそうだ。
そのため、現在の封印師であるリアレスカさんは妖精族に属するほど、地人族の血が薄くなっていた。
「ってことは、既に召喚師一族と封印師一族は、別の一族?」
「風習的にはそんな感じなんだろうな。素質的には、魔力向上を常に意識していた封印師の方がありそうだから、実力主義なら、封印師一族に召喚師の後継もいきそうだけど」
召喚は元々地人族の恩恵であり、各王達の意向によって、召喚師には純血の地人族が選ばれているようだが、実際は妖精族の血が混ざっていても初代の血を受け継いでおり、それなりの能力があれば、継承は可能だそうだ。
私の質問にコンセルさんは空を見上げ、召喚師や地人族王達に対する不快感を露わにしながら説明する。
……まあ、自分達の恩恵を、別種族の血が混ざった者が行使出来るとか、純血とかに拘りそうなお偉いさん方は好きじゃなさそうだしな。けど、世が世ならリアレスカさんが召喚師だったかもしれないんだ?
私は不意に湧き上がった疑問に、リアレスカさんへと視線を移動させる。
「もしかしたら、リアレスカさんが召喚師になっていたかもしれないんですね?」
「……それは困るわ。アタシは今の生活が気に入ってるし」
封印師としての生活が性に合いすぎているリアレスカさんには、出身王国の王宮特別魔術師として招かれるという、召喚師の華々しい生き方は、体質に合わないらしい。
こういう性格のリアレスカさんが召喚師だったなら、恐らく私はこの世界に喚ばれていなかっただろう。
……それは要するに、魔王様達と出会う切掛がない、という訳で……いやしかし……まあ、『たられば』をいってもしょうがないけど、な……
菓子を頬張り、淡々と語るリアレスカさんを眺めながら、私は複雑な心境を紅茶と共に飲み込んだ。
「そういえば、普通だと任務は二十年位で、後は一族の誰かに引き継いでもらって、好きに生きていくそうですけど……リアレスカさんは引き継ぎしないんですか?」
「……何で、引き篭もってるだけで給料が貰える仕事を、わざわざ他の人にあげなきゃなの?」
コンセルさんがポップコーンへ伸ばした手をリアレスカさんに阻まれながら、己の疑問を口にする。
コンセルさんの行動に、リアレスカさんは菓子の入った皿を己の腕の中に抱え込み、眉を顰めてコンセルさんの質問に返答する。
封印師の仕事は、いざとなったら魔力を駆使して封印を守らねばならないが、それ以外は特にやることがないらしい。
ただ、他人と関わることもなく、危険物の側で過ごすだけだ。
確かに、退屈を紛らわせる術があり、人恋しくならないなら、かなり魅力的な仕事だろう。
……しかし、何故そんな人をここに呼んだんだ? 危険物と離して大丈夫なのか?
私の顔を一瞥したコンセルさんは徐ろに立ち上がり、魔王様のデスクから厚さ三センチほど、長さ二十センチ幅十センチ位の、灰色をした物体を手に取り、こちらに持ってくる。
コンクリートと見紛うその岩の物体を私の手の中に収め、呟いた。
「それが封印してる危険物だってさ」
「……これが?」
直方体の岩から、複雑な動きを見せる無数の魔力の粒が取り巻いているのが伺える。
しかし、魔力の粒が見えるのは表面だけで、中の方からはあまり感じられない。
恐らくそれが封印、ということなのだろうが、懸命に奥の方を探るよう注視しても、奥へ行くほど魔力が薄くなっているような気がする。
……まあ、私はまだ、奥を探る能力を分かってないしな。てか、そんな大事な物をこんな無造作に扱っていいのか?!
私が怪訝な顔付きでコンセルさんを見つめると、コンセルさんは眉尻を下げて引き攣った笑みを浮かべる。
「何処にあっても、封印が解けたら世界が滅ぶらしいしさ、それなら持ってきた方が安全だってさ」
「……まあ、確かにそうなのかも」
危険物を置き去りにし、遠くで封印が解けてしまう事態を招くより、側に置いて封印が解けかけたら直ぐに対処出来る方が、安全ではあるだろう。
……まあ、あんまり危険って感じがしないしな。私が気にすることじゃないけど。
取り敢えず岩を壊さないよう丁寧に、コンセルさんへ直方体を返却し、手元のカップを口元へ運ぶ。
リアレスカさんは皿に残った菓子のカスすら食べ尽くし、こちらに皿を差し出した。
「……お代わりちょうだい。あとコンセル、久々に人と会って疲れたわ。肩を揉んで」
リアレスカさんの要求に、コンセルさんと顔を見合わせ、お互い引き攣った笑みになる。
コンセルさんは私を巻き込んだことに気を使ってか、すまなそうに両手を合わせた。
……なるほど、確かに扱いが面倒……いや、遠慮ない……いや、難しいお方だ。
しかし、一度引き受けたことを撤回しては、私が廃るというものだ。
私はコンセルさんへ笑みを浮かべながら手を翳し、問題ないことを主張する。
ポップコーンやポテトチップスは割と簡単に出来るし、他の菓子で要求されるよりはずっと楽だろう。
「「喜んでー!!」」
コンセルさんと私は、某居酒屋のようにリアレスカさんへ笑顔を振り注ぐ。
……しかし……魔王様ー! 早くお帰りになってー!!
皿を受け取った私は再々度、執務室の扉を駆け抜けた。
「魔王様が戻ったぞ! 何か、ガッツリと甘い物が食べたいってさ……今日は何か、シホちゃんに面倒ばっか掛けて、申し訳ないな……」
ジャガイモを揚げている途中、コンセルさんが厨房を訪ね、バツが悪そうに話し掛ける。
……今度は魔王様か。けどガッツリ系とは、かなりお疲れのようだ。とすると、やっぱチョコたっぷり系がいいかな?
私は塩を振ったポテトチップスとポップコーンをコンセルさんに手渡し、笑顔で返答する。
「大丈夫、大丈夫。何だかんだ言って菓子作り楽しいし。魔王様にも『了解しましたので少々お待ちください』って伝えて」
要求からベストな菓子を模索し、それが見事、気に入られるというのは結構嬉しいものだ。
リアレスカさんも、ポップコーンやポテトチップスがかなり気に入ったようだし、この勝負は結果的には勝ち、といってもいいのではないだろうか。
……何か、勝ちとは思えないな……いや、勝負じゃないけどさ。どっちかというと、Win-winの関係か?
私が素直な感想を述べると、コンセルさんは安堵の溜息を吐き、執務室へと戻っていく。
……さて、チョコたっぷりガッツリケーキを作るか!
私は卵に砂糖を混ぜ、泡立て始めた。
篩った小麦粉、アーモンドパウダーとココアパウダーを加え混ぜ、溶かしバターを加えて生地を焼き上げる。
砂糖を加え泡立てた生クリームに溶かしたチョコと刻んだナッツを加え、更によく混ぜてチョコクリームを作り、焼き上げた生地に掛ければ、デビルズフードケーキの完成だ。
チョコレートの黒さと、どっしりとした旨味の高カロリーさから、悪魔のケーキといわれているダイエッターの天敵だ。
「……ついでだし、エンゼルフードケーキも作るか」
エンゼルフードケーキとは、シフォンケーキの祖といわれる、卵黄を使わず卵白のみで作ったシフォンケーキだ。
その身の白さからエンゼルフードケーキ、と呼ばれているそうだ。
そのままでは物足りないという人も多いので、苺ジャムを混ぜたホイップクリームを添えてみる。
二つのケーキを持って執務室に入ると、魔王様がソファで、膝に肘を載せて両手を組み、その手の中に顔を埋めている。
……相当疲れてるのか? それとも、また厄介事でもあったのだろうか?
魔王様の様子を気にしながらケーキを切り分け始めると、魔王様は顔を上げ、こちらに視線を移動させる。
「……侵入者がいたそうだな。手間を掛け、すまなかった」
「……え? あ、ああ! いえいえ、大した事なかったですし、お気になさらず」
どうやら私の手を煩わせたことに、自責の念を感じていたようだ。
……言われるまで忘れてたよ。そういや先生、どうしたかな。
素で忘れていた私は瞠目して魔王様を見つめるが、直ぐに事態を思い出し、事の軽さを主張する。
そんな私の様子に、コンセルさんは瞳を輝かせ、身を乗り出して私を凝視した。
「十数人もの魔法の使い手がいたらしいな! シホちゃんの華麗な戦闘シーン、見たかったなー!」
「……では、その件は一旦置く。コンセル、マリンジはどうした?」
「逃げ出しました」
「……失礼な話よね」
侵入者達は無事捕獲され、情報開示魔術の使い手も吐かせ、現在、その使い手の所在を調査中だそうだ。
どうやら術の使い手は召喚師本人ではなく、その手の者らしい。
他にも召喚師の手の者がいる事が判明し、今回侵入した者達が使った魔法が彼らに解明されていれば、更なる侵入を招くことになるだろうと魔王様は懸念しているようだ。
しかしここで、その心配を吐き出してもしょうがないと考えたのか、早急に事を進めねばならない問題が山積しているらしい魔王さまはそれ以上語ることなく、次なる疑問をコンセルさんへ投げ掛ける。
その質問へ返された呆気ない言葉に魔王様は閉口し、再び己の顔を手の中に埋めた。
どうやらコンセルさんとマリンジさんは同じ任務に就いていたようだが、マリンジさんはリアレスカさんに面倒事を要求され、それをコンセルさんに押し付けて精霊界へと帰ったみたいだ。
遺憾を表しながら眉を顰めるリアレスカさんに、コンセルさんは苦笑いを浮かべながらコーヒーを口に運んだ。
「……協力する交換条件に、精霊化する魔法を掛けろ、と言われたんですよ」
「……食べる事も排泄も何もせず、健康に生きられればいいわ。私はずっと寝転んでいたいのよ」
「それは聞いた事がない魔法だが……捕縛魔術に近い状態だな……」
「……いざという時、動けなきゃ意味ないわよ」
「……それはそうだが……難しい条件だな……」
話を聞いた魔王様が組んだ手の上に顎を載せ、考え込む。
精霊は、本来大気中にある微量の魔力を摂取するだけで食事をする必要がなく、排泄もしないそうだ。
状態としては、私が召喚師に掛けられた捕縛魔術が似たような性質だが、動けなければ意味がないのは当然か。
……けど、食べないでいられる魔法って、人生どんだけ損する気だ?
美味しい物に目がない私には、到底理解出来ない要求だ。
私は見開いた目をリアレスカさんに固定させていると、魔王様は軽く息を吐き、姿勢を正してリアレスカさんへと向き直す。
「その件に関しては、しばらく時間がほしい。頼めるか?」
「……そっちの期限が大丈夫なら、アタシは別に構わないわ」
リアレスカさんの言葉に、魔王様とコンセルさんが陰鬱な空気を醸し出し、頭を垂れる。
魔王様より先に立ち直ったコンセルさんが、リアレスカさんに作り笑いを浮かべながら猫なで声を上げた。
「そこなんですよね~。こっちも時間がないし……何とか条件、変えてもらえませんか?」
「……他に欲しいと思うことがないわ。けど、只で協力するのは嫌」
コンセルさんの媚びた様子に、寸分の感情も動かされず、リアレスカさんが冷然と答える。
リアレスカさんの鰾膠もない態度にコンセルさんは頭を抱え、空を仰いだ。
私は邪魔をしないよう、切り分けたケーキを魔王様とコンセルさんの前にそっと置き、空いているソファへ腰を下ろす。
考え込みながらもチョクラ大使である魔王様はフォークを手に持ち、デビルズフードケーキに差し込んだ。
「……ッッ!! これだ!! まさしく今欲していた菓子はこれだ!!」
「それは良かったです」
私は心の中で拳を振り上げ、勝利の雄叫びを上げる。
……まあ、チョクラ大使の甘味王である魔王様の嗜好なんて、お手の物だけどな!
こってり濃厚なチョコレートの甘味と、どっしりと食べ応えのある生地、そこにまったりとしたチョコレートクリームが荒く刻んだナッツと共に絡み、まさにガッツリとした菓子になっている。
「こっちのケーキもフワフワで美味いな! ストレリイ味のクリームともよく合ってるし、軽くていくらでも食えそうだ!」
「ストレリイ味って何にでも合うよね」
卵白で作ったシフォンケーキは軽い口当たりで、そのままでも素材の旨味を味わえるが、クリームを施す事で濃厚な旨味を得る事が出来る。
……デビルズフードケーキの後に食べると味気なさ過ぎる気もするけど、食べれば食べるほど癖になるんだよな。
デビルズフードケーキを程々に、エンゼルフードケーキを頬張る。
乳製品独特の甘みとコクが苺の甘酸っぱさと相俟り、フワフワな生地の食感と小麦や卵白の旨味を包み込む。
「……何か、白いの美味しそうね。ちょっとだけちょうだい」
「いいですよ」
デビルズフードケーキは魔王様が大皿を抱え込み、残りあと僅かになっているが、エンゼルフードケーキはまだ四分の三ほど大皿に残っている。
私は予備の皿にエンゼルフードケーキを盛り、ホイップを添えてリアレスカさんに手渡した。
……卵も砂糖も使ってるが、大丈夫だろうか?
匂いで分かるとはいえ何となく心配になり、私はリアレスカさんの挙動に刮目し、生唾を飲み込む。
リアレスカさんも、若干不安そうにエンゼルフードケーキを見つめ、フォークで切り分け、恐る恐る口の中へと運んでいく。
「……美味しい」
「おお!! やったー!」
リアレスカさんは己の味覚に疑問を抱いているのか、瞠目して口元に手を当てている。
が、直ぐにケーキを切り分け、何度も口へと運び続ける。
真の勝利を入手したようなスッキリ感を味わった私は、思わず両手を掲げてその場から立ち上がった。
「……私が美味いといった時とは、随分態度が違うのだな」
「あ、いや、これは敗北から脱却した喜びも含まれてるんで……」
何故か拗ねる魔王様に、私は己の胸中で繰り広げていた勝負を漏らしてしまうが、何のことか理解出来ない魔王様は首を傾げ、理解出来てしまったコンセルさんは苦笑いを浮かべている。
「……でも、このクリームは余計ね。折角の味を邪魔するわ」
「……ああ、はい……すいません」
リアレスカさんは植物性を好むせいか、かなり軽めのケーキがお好みのようだ。
……軽いケーキか……いっそノンオイルにするか? それと砂糖じゃなく果汁とかの方が甘みが抑えられていいかもしれない。
指摘された要点に思わず頭を下げて謝罪するが、私の脳内では既に別の事が考えられている。
コンセルさんから私の態度の解説を受けた魔王様は、申し訳なさそうな表情で私に視線を向け、その視線を一旦下ろし、目で頭を下げるように詫びを入れる。
その視線に笑顔を返し、私はケーキを口に運んだ。
……甘い物が嫌いでも、このくらいだと食べられるのか。あとはどの程度、植物性で作るか、だけど……やっぱ卵白は使わないと、ベーキングパウダーがないしな。ゼリーとかならどうだろう?
私の頭はリアレスカさん攻略で一杯だ。
私の虚ろな態度に、魔王様はコンセルさんと顔を見合わせ、苦笑した。
「……魔王様、ちょっと……」
不意に、コンセルさんが怪訝な顔付きで己の胸元に視線を落とす。
懐から取り出した直径五センチほどの透明な珠を魔王様に手渡すと、魔王様も眉根に深い皺を刻み、鋭い目付きで何処かを睨み付ける。
「……そうか、第三が……直ぐ手配しよう。リアレスカ、シホ、すまないが直ぐに出掛ける。コンセル、城を頼む」
「畏まりました。お気をつけて」
骨伝導かテレパシーでも発しているのか、小さな珠から何らかの情報を得た魔王様は私達に一声掛け、そのまま転移の部屋へと移動する。
深刻な表情で魔王様を見守るコンセルさんの態度に私も戸惑い、沈黙を保ったまま紅茶を啜った。
「……シホ、これのお代わり」
「……え?! まだ食べれるんですか?!」
不意に掛けられたリアレスカさんの声に、私の口から思わず本音が溢れる。
ポップコーンとポテトチップスを一人で大皿二皿分食べ、四分の三残っていたエンゼルフードケーキもいつの間にか消えている。
私が呆気に取られてリアレスカさんを凝視すると、リアレスカさんは空になった皿を名残惜しそうに眺めた。
「……何年か振りに、まともな物を食べた気がするわ」
「……何年、か……振り、ですか?!」
リアレスカさんの奇妙な呟きに、コンセルさんが驚きを隠せず顔を向ける。
普段のリアレスカさんは、買い出しも面倒なのでその辺に生えている草で、空腹を紛らわせたりしていたそうだ。
かなり気分がいいと、何とか買い出しにも行けるのだが、どうにも体が重く、ここ数年は草でどうにか生き延びていたらしい。
「そりゃ怠くもなりますよ!! 菓子より食事でしょ!! それにそろそろ夕飯の時間だし、シロ……おじさん……もとい! シェフに頼んできます!!」
私はリアレスカさんから皿を奪い取り、厨房へと駆け出した。
しかしあれだけ食べた後、更に夕飯を食べて、胃は大丈夫だろうか。
普段あまり食べていないようなので、既に大丈夫じゃないかもしれない。
……色々煮込んだスープとかなら大丈夫だろうか? それとも妖精族は胃袋が半端じゃなく丈夫なのか?
コンセルさんの言葉から、妖精族は小食なようだが、だとすればそろそろ胃痛が起こっているかもしれない。
念の為にファムルに胃の薬を用意してもらい、それからシロップおじさんに食事の相談をするべきだろう。
私は進路を変更し、ファムルのいるであろう場所を目指した。




