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第21話-5:たまごボーロなどなどと危険物の中身

 驚きを隠せずリアレスカさんを凝視する私に気付き、リアレスカさんが肩を竦める。


「……ああ、言い方が悪かったわね。対等な立場の料理人、という立場でアタシの家に来て……」

「すいません、それは絶対無理です」


 態々言い直すリアレスカさんにコンセルさんは眉根を寄せ、引き攣った笑みで言葉を重ねて即答する。

 緊張感からか、コンセルさんの額から頬を伝って汗が流れていく。


 ……条件でいえば、魔王様すら難しいと言わしめる魔法を掛けるより、私をくれちゃった方が呑みやすいのに、有り難い事だ、けど……


 私はコンセルさんの言葉に胸を撫で下ろしつつも、その先を懸念し、コンセルさんとリアレスカさんの様子を伺う。

 リアレスカさんは片眉を引き攣らせ、コンセルさんへと視線を移動させた。


「……精霊化よりも容易い条件だと思うけど。魔法は見つかってないようだし」

「とても容易い、とは思えませんので。魔法は……魔王様に頑張っていただきます」

「……そう? なら、期限でも付ける?」


 リアレスカさんの言葉に今度はコンセルさんが眉を動かし、リアレスカさんを真剣な面持ちで見つめる。


 ……私を奪い合わないで! などと、茶化す空気じゃないしな……私はどう反応したらいいのだろうか。


 自分の事だが、自分で回答が付けられる問題ではない以上、どうする事も出来ず、見守るしかない。

 周囲を再び暗鬱とした空気が取り込み、沈黙を保った人々が事態を見守っている。私もその一人だ。

 張り詰めた緊張感に耐え切れず、私はゆっくりと右手を上げた。


「……あの……取り敢えず、食事も済んだ事だし、執務室に戻りましょうか……みんな片付けられなくて困ってるみたいだし」

「……ああ、そうだな、ここじゃ悪いし……リアレスカさん、いいですか?」

「勿論。いい返事が聞ければ、だけど」


 リアレスカさんの挑発的な言葉にコンセルさんが反応し、再び二人が視線を交わし合う。

 背景で龍と虎が飛び交っていそうな雰囲気だ。


 ……コンセルさんは火属性の魔術なら使えるらしいし、鳳凰か? リアレスカさんは……って、考えてる場合じゃないな。


 善良な料理人達はその雰囲気に飲まれ、顔色を失い汗を噴出させている。


「そ、それじゃ行きましょうか!!」


 私も額から脂汗を流しながらコンセルさんの背中を押し、食堂から退場させた。


「……シホ、アタシ、もう少し食べたいわ」

「え?!」


 執務室に着いて早々呟かれたリアレスカさんの声に己の耳を疑い、私はリアレスカさんに顔を向ける。

 確かに魚料理は食べたものの、肉料理は流石に手を付けられなかったし、夕食としては少なかったかもしれないが、その前に食べている菓子の量が量だけに驚きは隠せない。


 ……そういや、食い溜めがあの十倍って言ってたっけ?! あの十倍作れって事か?!


 私は震える身を抑えきれず己の腕で体を抱き締める。

 リアレスカさんは私の態度に誂うような笑みをうっすらと浮かべながらソファに腰掛ける。


「……今、食い溜めをする気はないから、あの白い菓子二つ分くらいでいいわ」

「ああ、そのくらいなら……あれ?」


 私は思わず安堵の息を漏らすが、合計一体どのくらいの量になるのだろうか。

 両頬を抑え、思わず叫びを上げそうになる私の様子を、リアレスカさんは楽しそうに見つめていた。


「も、もう!! 分かったわよ、もう!! 二個でも三個でも作ればいいんでしょぅ?!」

「……じゃあ、三個分で」


 あまり大きな数を言って、『じゃあそれで』と言われるのも怖い。

 案の定、リアレスカさんは私の言葉に乗っかり、プラス一個分を要求してくる。

 私は泣き真似をしながら、本日四度目になるのか? 厨房へと駆けていった。




「……取り敢えず、一つはこれで、と」


 私はエンゼルフードケーキを焼きながら、調理台の前で腕を組む。

 注文の品は後二個分、しかし同じ物を作るのは面白くない。

 サラダのドレッシングを気に入っていた様子から、酸味と苦味は割と好みだと判断し、レモンの皮を少量入れたレモンゼリーも作ってはみたものの、これでは足りないとのお達しが来そうな気配がし、もう少し腹持ちの良い菓子がないものかと潜考する。


「……取り敢えず、卵白で違う食感のをもう一個と……素朴で優しい系なら、卵黄でもいけるかな?」


 バターの代わりに植物油を使ったラングドシャを焼きながら、ボウルで卵黄と作ってあった苺ジャムを擂り混ぜる。

 そこに片栗粉を加えて牛乳を少量加えながら硬さを調節する。

 棒状に伸ばした生地を一センチ幅で切り、丸めて焼けば、苺風味たまごボーロの完成だ。

 甘さを控えめに加えた苺ジャムが苺の風味を醸しながら卵の甘みと合わさり、口の中で溶けていく。

 懐かしい食感に、思わず平らげてしまいそうだ。


 ……それにしても、二人だけにして大丈夫だっただろうか。喧嘩でもおっ始めてないといいが。


 私は食堂での雰囲気を思い出し、二人を懸念しながらボーロを摘み、執務室へと戻っていった。




 執務室に入ると、二人はソファで向かい合いつつも無言で茶を啜っている。

 早くも部屋は張り詰めた空気が漂っており、話し合いの進展のなさを物語っている。


「……遅いわよ、シホ」

「すいません、どうぞ」


 テーブルに菓子を置き、リアレスカさんの様子を注視する。

 私の視線にリアレスカさんは額を引き攣らせながらボーロを口に運んでいく。


「……これもいいわね。気に入ったわ」

「おお、良かった!」


 ボーロに続き、レモンゼリーとラングドシャも合格判定を貰えた事に安堵し、私はソファに腰を下ろしもたれ掛かる。

 全てを気に入ってくれたリアレスカさんは、ボーロをくわえたままレモンゼリーを見つめ、エンゼルフードケーキへ手を伸ばしつつラングドシャを摘む。


「コンセルさんの分も作ってきたよ。食べる?」

「おお、サンキュ!! 腹減っちゃって!」


 そういえばコンセルさんの食事はまだのようだが、客人を一人にして食事に行く訳にもいかないのだろう。

 客人を一人に、というよりは、話し合いを終わらせずに、と言うべきだろうか。

 空かせた腹にこれでは物足りないと思うが、コンセルさんは喜々とした表情で菓子を貪り始める。

 粗方食べ終えたコンセルさんがコーヒーで一息吐くと、摯実な表情でリアレスカさんに向き直した。


「…………シホちゃんの作った菓子を毎日届けさせる、というのではどうでしょうか?」


 しかしリアレスカさんは顔を横に動かしその提案を拒み、紅茶を啜る。


「……シホが美味しそうに食べる所を見ながら食事がしたいの」

「……それなら、連絡球でいいんじゃないですか?」

「……連絡球じゃ味気ないわ。それに、匂いがないし」

「え?! 匂いって何ですか、それ!?」


 連絡球とは、コンセルさんが先ほど魔王様とやり取りをしていた珠のもう少し大きいバージョンで、その水晶の玉から会話をする相手の顔が映し出され、リアルタイムに顔を見ながら話が出来る、異世界版テレビ電話のようだ。

 しかし、それが嫌だというリアレスカさんの理由が凄い。


 ……料理みたいに私の匂いを嗅いでどうするってんだ?! 私の成分でも調べるつもりか?!


 私が目を剥いてリアレスカさんに抗議をすると、リアレスカさんは口元に手を当て、私を凝視する。


「……シホってお腹が空く匂いがするのよね」

「……そりゃ、どんな匂いデスカ?」

「それは、分かる気もしますが! けど無理です!!」

「……分かるんかい」


 思わず同意するコンセルさんに横目で指摘を入れ、私は大きな溜め息を吐く。

 私の様子にリアレスカさんも小さく溜め息を吐き、魔王様のデスクへと足を動かし、危険物を手に取った。


「……これだって本当は、時間停止結界の上に置いておかなきゃだと言われてるのに、わざわざ持って来てるのよ」

「……いや、聞きましたよね、俺……封印が解けたらこんな弱い停止結界なんかに置いてても直ぐ破れて意味ないって、リアレスカさんが言いましたよね?!」


 どうやら危険物は普段、時間を停止させる結界の上で保管されているようだが、その結界は長時間掛け続けている事が目的で、瞬時の力としては割と力が弱いらしく、世界を滅ぼすほどの力を止めておく事は出来ないそうだ。

 リアレスカさんはそんな結界に置いておくよりは目の前で封印を施す方が危険が少ないと思い、一緒に持ってきたのだという。

 コンセルさんの手痛い指摘に、リアレスカさんは眉間の皺を深く刻み、コンセルさんを睨み付けた。


「……ガタガタ五月蠅いわね。さっさとシホと……えっっ?!」

「えっ?!」


 いきなり上げられた悲鳴に、コンセルさんと私はソファから腰を上げ、リアレスカさんの手元へ視線を動かす。

 リアレスカさんの手の中にある灰色の岩から破片が零れ落ち、音を立ててヒビ割れる。


「おわっっっ!!」

「な、何で封印が?! わわわっっっ!!」

「ふ、封印ッッ!! 封印の準備をッッッ!!」


 慌てふためき部屋を駆けずり回るリアレスカさんと私に、コンセルさんが眉尻を上げて指示を入れる。

 その声に少し我に返ったリアレスカさんはテーブルへ封印物を置き、両手を翳して精神を集中し始める。

 ヒビは徐々に押し広げられ、その中身を露わにしていく。


 ……時間停止結界から出しちゃったからか?! けど、いったい何が?!


 固唾を呑んで見守る私の視界に、ヒビの隙間から黒く光る何かが映る。


「ふ、封印っっ……!!」

「ちょ、ちょっと待った!!」


 黒曜石とは違う、親近感をもたらす独特の光沢に記憶の中の物との繋がりを感じた私は、魔力を放出しようとするリアレスカさんに手を伸ばし、その動きを制止させて危険物を手に取る。


「シ、シホちゃん!! 危ないッッ!!」

「シ、シホッッッ!!」


 二人が顔色を青ざめながら私に手を伸ばすが、私は構わず危険物を顔に近付ける。

 手の中の封印が徐々に崩壊し、封印されていた物が、今、姿を現す。

 それは、一センチほどの厚さの長方形の、黒光りする物体だった。

 表面は平らく、左右はカーブを描き、研磨された石のように輝きを放っている。

 一見、対称的な形状だが、その体に取り付けられた、様々な小さな物体は、非対称に取り付けられており、所々に色の違う物も填められている。

 片面中央には、周りとは微妙に質の違う黒で、測った様な長方形が大きく描かれている。


 ……どう見ても、携帯用ゲーム機だ。


私はゲーム機を引っ繰り返し、そのロゴマークを確認する。


「……ポータボー……」

「え?! な、何だ?!」

「何かされたの?!」


 私の呟きに二人が過剰反応し、大きく身を震わせてこちらを伺っている。

 かつてプレイした習慣からか、私は無意識にゲーム機脇のボタンをスライドさせた。


「フハハハ!! 我はこの世界を滅ぼす悪の化身なり!! 貴様ら全てを……」

「ひっっっ!!」

「う、うわっっっ!!」


 二人の悲鳴に、私は慌ててボタンをスライドさせスリープモードに直し、ゲーム機をテーブルへと戻す。

 時間停止結界のお陰か、電池はまだ残っているようだ。

 然もスリープモードで入っていた為、誰かがプレイ中、ちょっと置いておいた所を召喚されたのだろう。


 ……初代召喚師ェ……誰のか知らんが可哀想に……


 三人でテーブルの上のゲーム機に視線を送る。

 警戒する二人と異なり、私の胸の中には妙な虚脱感と郷愁感が湧き上がっていた。


「……シ、シホちゃん……?」

「……大丈夫。懐かしくて、つい……」

「……え? 」


 私の言葉に二人は驚倒し、顔を覗き込んでくる。

 私は虚脱感で重くなった口をどうにか動かし、ゲーム機の説明をし始めた。


「ここに入ってる創作物がこの画面で展開されるんだ。このボタンでこう動かせば、ほら、動くでしょ?」

「……創作物……本当だ……これが異世界の遊び道具……」


 始めの不穏なイベント画像をスキップし、私は画面を展開させる。

 画面に浮き上がるシステム項目を不思議そうに眺め、コンセルさんは安堵の息を漏らすが、今度は頭を抱え、思い悩み始める。


「……まさか、遥か昔から伝わった危険物が、異世界の遊び道具とか……俺、魔王様に何て言えばいいんだ?! いや、それよりまた色々面倒な処理が増えるって事か……?!」

「……アタシなんか、職を失うって事でしょ?! ……あり得ない……」


 リアレスカさんも理想的な職がなくなっては困るようで、頭を抱えて蹲っている。

 私は腰に手を当て空を仰ぎ、何処へともなく呟いた。


「ここはなかった事にしよう」

「「へ?!」」


 私の発言に、二人は素っ頓狂な声を上げて視線を向ける。

 危険物に危険がないと世間に分かると、先祖代々伝わるという歴史ある封印師がなくなってしまうかもしれない。

 それに魔王様も色々問題を抱えているようだし、余計な問題を増やす事はないだろう。

 驚きつつもその内容を考え始め、次第に二人の顔色が私側へと寄ってくるのが伺える。


「……た、確かに……今更職を失うとか、考えたくないわ……」

「……そうだな……危険はないんだし……取り敢えずそれでも……」

「んじゃ、リアレスカさん、時間停止魔術とか使えたらそれを掛けてから封印してみてください。もしかしたら、それで封印が解けなくなる、かもしれないんで」


 封印が何故解けたのか分からないが、リアレスカさんも『何故』と叫んでいたくらいなので、予測出来ない事態だったのだろう。

 もしかしたら封印自体は電気と相性が悪いのかもしれない。

 もしそうだとしたら、外から結界で時間を停止させるよりも逆に時間停止を掛けてから封印をした方が解ける確率が減るんじゃないだろうか。

 ……まあ、これはあくまで私の想像で、どうなるか分からないけど。

 私が言葉の説明をすると、リアレスカさんは大きく頷き、私の案に同意を示す。


「……アタシは、ただ封印の補強というか、気休め程度に時間停止結界をって聞いてたんだけど……確かに異世界の物との相性は分からないし、その可能性があって、運良く解けなかった可能性がありそうね……やってみるわ」


 リアレスカさんがゲーム機に時間停止魔術を施し、封印を掛ける。

 その見慣れた物体は、みるみるうちに灰色の岩のような封印に包まれ、光を失っていく。

 元の、封印された危険物の姿に戻ったゲーム機に、気が緩んだのか三人でその場にしゃがみ込み、大きな溜め息を吐いた。

 ……封印がどうなるかは分からないが、まあ、害がある訳でないし、取り敢えず様子見だな。

 私がリアレスカさんと笑みを交わしていると、コンセルさんが下卑た視線をリアレスカさんに向けてくる。


「……リアレスカさん、シホちゃんは魔王様の配下です。……つまり、一つ貸しですね」

「……なかった事に……なんて言ったら職がなくなりそうね……分かったわ。せめて、シホの菓子を毎日、で我慢する……のは、駄目?」


 リアレスカさんが上目遣いでコンセルさんを見返す。

 元々俗悪な作り顔が似合わないコンセルさんは素に戻り、困惑しながらリアレスカさんと私へ交互に視線を向ける。


 ……つくづく悪役が向かない人だな。


 私は噴き出しそうになるを必死で抑えながら、コンセルさんに親指を立てた拳を突き付けた。


「それくらい、大丈夫だよ。あ、量は加減してもらうけど」

「だそうです! それじゃ、条件はそれでいいですか?」

「……ええ。今は。そのうち本人を説得するけど」


 リアレスカさんの呟きに、コンセルさんが冷汗を流しながら引き攣った笑みを見せる。

 どうやら私が異世界人だったお陰で、魔王様の力になれたようだ。


 ……思わぬ所で協力出来たな! 魔王様、喜んでくれるかな?


 私は天井を仰ぎ、無意識に顔が綻んでいくのを感じた。

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