第20話-3:チュイール・ダンテルと謎の部屋
床のない真っ暗な場所を漂い、周りは虹色のようにも白黒のようにも見える、上下が分からない空間を抜けると、森の中に辿り着いた。
「ここが精霊界じゃよ。あまり人間界と変わらんじゃろ?」
「そうだねえ。何か空気がいい気もするけど」
「ほお! 分かるかの! 流石シホじゃ!」
森の中のせいかとも思ったが、どうやら違うらしい。
見栄えは変わらなくても、精霊界に生まれた生命が持つ魔力の粒は、質が良く量が多いそうだ。
それが空気中に漏れだしているという。
プレジアは私に満面の笑みを向け、鬱蒼と生い茂る木々を掻き分ける。
「ここが儂の家じゃよ!」
「おお! 格好いい!!」
プレジアが直径五メートルはありそうな大きな木を指差す。
ツリーハウスとでもいうのか、木の上のログハウスとでもいうのか、二階建てくらいの家が枝と枝の間を埋めるように建てられている。
木の幹には扉が付いており、どうやら木の中も室内になっているようだ。
「一階一階は少々狭いが、その分五階建てじゃ」
「それでも十畳くらいは軽くありそうだね」
「……ジュージョー? よく分からんが、ま、入るが良いぞ」
私が木の幹の太さを感心して眺めていると、プレジアが掌から光を発し、扉を開いて中へと招く。
私はプレジアに続き、興味深く周囲を観察しながら玄関の奥へと進んでいく。
木の匂いが更に強く鼻腔を擽る。
天井の高いその空間は二階部分が吹き抜けになっており、開放感溢れるリビングダイニングになっていた。
「気持ちいい家だねえ。木の匂いって何か眠くなる……」
「では! 先程の菓子を作ってもらおうかの! バターと生クリームも用意してあるのじゃ! 足りない材料は即座に入手してくる故、安心せい!」
「……だよねー」
私の感想に言葉を重ねてプレジアが主張する。
分かり切ってはいたが、やはり菓子作り回避は叶わないようだ。
私は大人しくストゥルッフォリとコブラーを作り始めた。
「ふぉふぇふぉふふぁひ!! ふぁふふぁふぁふぃふぉ!!」
「はいはい、こっち熱いから気を付けてね」
「ふふぁっ!! ふぁふふぁふふぁ!!」
コブラーを口いっぱいに頬張りながらプレジアは瞠目し、声を張り上げるが、やはり何をいっているのか分からない。
私は揚げたてのストゥルッフォリに手を伸ばすプレジアに注意を促しながら、コブラーを口に入れる。
サクサクと香ばしいバターの利いた生地に、とろみのある甘酸っぱいブルーベリーが口の中に広がっていく。
添えたホイップクリームを一緒に頬張れば、乳製品の旨味が更に増し、甘味が心を満たしていく。
乳製品の諄さをブルーベリーの酸味が打ち消し、コクだけを堪能させ、ついつい何度も口に運んでしまう。
……ようやっと食べられたな。
私は感慨深くコブラーを味わった。
「これは外出先でも摘めて良さそうじゃな」
コブラーを平らげたプレジアが、内側を加工した布袋にストゥルッフォリを詰め込みながら呟く。
私が首を傾げて眺めていると、プレジアは私に顔を向け、勝ち気な笑みで人差し指を突き上げた。
「探検じゃ! マリンジは儂を阿呆のように言いおったが、儂とて独自ルートで色々と調査を進めておるのじゃよ……!」
「……と言うと?」
私は首を傾げたままプレジアに尋ねる。
プレジアは腰に手を当てて胸を張り、誇らしげな表情で言葉を紡いだ。
「召喚術を編み出した精霊のルートを探り、儂が召喚術を会得するのじゃよ……! それまで召喚師には生きておってもらわねば、万が一儂が会得出来ん時、次の手段に困るしの。最近その精霊の隠れ家らしき在処を突き止めたのじゃ!」
「……はい?!」
プレジアは現在、召喚術を会得するか、精霊の残した知恵を応用して召喚術を編み出すつもりらしい。
万が一会得出来なかった場合、召喚師をどうにかして譲り受けようと考えているそうだ。
どうやらこの世に召喚師は一人らしく、召喚術という素晴らしい術を消滅させないためには、そうするしか方法がないとプレジアは言う。
……ということは、玲子を召喚した人物と私を召喚した人物は、同一人物だったのか。
まあ、玲子のことなので、樽に閉じこめられそうになっても有り得ない力で逆に追い詰めたりしたのだろう。
召喚のされ方が違うのも、個人個人、より召喚先へ行きやすい状況を術が繰り広げているのではないか、とのことだった。
「……まあシホが、召喚師を処分したい、と思うであるなら無論、優先するがの!」
「いや、全然。でも、有り難う」
プレジアが話の締め括りに笑顔で呟く。
以前と変わらず召喚師に関わりたくない、という気持ちが強い私は、間髪入れずプレジアに返答する。
プレジアが、自分よりも私を優先してくれるという気持ちは、素直に嬉しい。
しかしそれよりも、問題は探検だ。
どこで何が襲ってくるか分からないため、装備は欠かせないそうだ。
正直、戦闘とか面倒ではあるのだが、プレジアの志を聞いてしまった以上無下にも出来ず、言われるがままに私は支度を始めた。
「まあ、大丈夫だとは思うがの。まだ調べが十分な場所でない故、念の為じゃ。ミスリルのコンポジットアーマーと、アダマンタイトのブレストプレート、どちらが良いかの? ウーツ綱のブリガンダインもあるのじゃ!」
「ならいいけど……ゴメン、よく分からない。軽い方がいいかな」
装備の名前も金属の名称も知らない私には、プレジアの言っている意味が殆ど分からない。
プレジアに簡単な要望を伝え、一任した私は、要望を一言で伝える。
動きやすい軽いもの、一点張りだ。
私の要望にプレジアは倉庫を漁り、色々な武防具を持ってくる。
私はプレジアが持って来た防具を持ち比べ、何とか身に付ける装備を選び出した。
心臓と鳩尾を覆う、ワンショルダーで丈の短いベスト風の防具に、以前借りたアダマンタイトの両手剣を背中に背負う。
念の為、短めの片手剣を腰に装備した。
「準備は整ったのじゃ! いざ! 探検に行くぞ! ……とその前に!」
「……どうした?」
勢いを付けて拳を振り上げるプレジアが、突然その腕を下ろし、手元に視線を動かす。
先程からちょいちょい摘み、あと僅かになったストゥルッフォリの入った袋を、プレジアは寂しそうに差し出してきた。
「……やはり菓子がこれだけでは心許ないのじゃ。……もう少し作れんかの?」
「仕方ないなあ、もう! 可愛いから許すよ!」
指を咥え、眉尻を下げて上目遣いで見つめるプレジアの仕草は、実に可愛らしい。
私がその可愛さに逆らえるはずもなく、再び台所に立った。
「なるべく早く、しかし美味い菓子を頼むぞ!」
「贅沢言ってやがんな!」
私はプレジアが付け足す言葉に苦笑し、調理台へと視線を戻す。
……かといって、同じものではつまんないしな。
私は生アーモンドをスライスしオーブンでローストしておく。
卵白を解し、砂糖と篩った小麦粉を入れ、よく混ぜてからアーモンドを入れて溶かしバターを加え、混ぜてから生地を焼成すれば、チュイール・ダンテルの完成だ。クッキー状態だとチュイールという名の方が知名度があるようだ。
チュイールは瓦という意味なので、熱いうちに麺棒に巻いたりリング型に入れてカーブを付けることが多いが、そのままでも問題はないだろう。
ダンテルはレースという意味で、チュイール・ダンテルというとチュイールよりも穴が多く、網状の薄焼きクッキー(?)を表すことが多いようだ。菓子の飾りや、砂糖を入れずに小麦粉と水や油で作って料理のアクセントに添えられることも多いらしい。
「…………」
「……プレジア、今食べちゃうと後で食べるのがなくなるよ?」
黙々と食べ進めるプレジアに私が注意を促すと、プレジアは名残惜しそうにチュイール・ダンテルを布袋に仕舞い込む。
……ボロボロに砕けそうだな……もう少し硬い菓子にすれば良かったかな。
プレジアの袋に視線を落とし、そんな後悔を抱くが、もう遅い。
「では! 行くぞ!」
プレジアが両手を掲げ、魔力の粒を放出させると、その場は再び虹色のような白黒のような空間へと変わっていく。
「儂から離れると、どんな空間に飛ばされるか分からんぞ! 飛ばされた途端、体が耐えきれず死ぬような空間もあるからの! しっかり付いてくるのじゃ!」
「な、何?!」
先程通った時も、物珍しさにキョロキョロし、プレジアと離れて歩く箇所が多かった。
……逸れないで良かった……
私は慌ててプレジアの服を掴み、決して離れる事がないよう歩幅を合わせて進んでいく。
足元に何かを踏みしめる感覚がないからか、奇妙な浮遊感が体を纏い、乗り物酔いに似た感覚が襲ってくる。
「……プレジアさん、まだですか?」
「もう少しじゃよ! シホでも空間酔いするんじゃの、意外じゃ」
人間を連れてくると、やはりこの感覚に馴染めず酔いを感じるそうだ。
……もっとさっぱりとした、酸味のある菓子を作ってくれば良かったな……
私は前傾姿勢で口元を覆いながら、プレジアと離れないよう懸命に歩を進める。
そろそろヤバいと思った時、漸く足に抵抗を感じる。
視界は遠近感のない空間から、普段の景色へと切り替わり、目映い光が視界を覆い始めた。
光に目が慣れてくると、十畳ほどの空間が見えてくる。
中央に一枚岩で出来たテーブルセットが置かれているだけ、という簡素な応接室で、四方を囲む壁には一部、煙突のない暖炉が埋め込まれている が、窓が一切見当たらない。
しかし天井全体から光が放たれており、かなり明るい。
プレジアは仁王立ちし、天井を指差して雄叫びを上げた。
「ここが召喚術を開発した精霊の隠れ家と思しき場所じゃ!」
「……随分綺麗な部屋だね」
「魔法が作動しとるようじゃからの。数千年前から変わらず保てているようじゃ」
「便利でいいな、それ」
私は塵一つない部屋を見回しながらプレジアに呟く。
今正に掃除を済ませたといわんばかりに清潔感を保つ空間は、数千年前から廃墟だったとは思えない美しさだ。
……この明るさも魔法か何かか。……しかし……いいな、掃除機能……
直ぐに散らかし、片付けに苦悩する自室を思い浮かべながら、私は不思議な部屋を興味深く散策した。
「……ふむ、この一室だけではなさそうじゃが……如何にして別の部屋へ……?」
プレジアが壁を叩き、隣の空間を探る。
確かに、テーブルセットと暖炉以外、何も設置されていないこの空間は、隠れ家というには無理がある気がする。
恐らくこの空間はフェイクだろう。
プレジアもそう睨んだのか、暖炉とテーブルセットを隈無く調べ始める。
暖炉の中を覗き込み、その中を手探りで調べる。
しかし特に変わった物はないらしい。
プレジアは暖炉の中にしゃがみ込み、腕を組んで頭を捻った。
「……やはり何もないんじゃよ……。此処ではないんじゃろうのう……?」
「プレジアが具現化を解いて、壁の奥を確かめるとかは、無理っぽい?」
「……うむ……それがこの空間に、精霊は入り込めんよう魔法が施してあるようでの、空間移動以外の魔法も使えんし、解除も出来んのじゃ」
「……その状態だと、ここに住んでた精霊もそうだったのかな?」
「恐らくの。故に、何か仕掛けがあるはずじゃが、なかなか見つからんでのう……」
私の言葉にプレジアは、頭を逆側に捻り直し、眉を顰める。
部屋に置かれている物は、木製テーブルの上に結晶岩で作られた灰皿とライター、そして煉瓦を積み重ねた暖炉の上には、金属で出来た蝋燭立てが置かれている。
「……これかな?」
私は感に任せ、蝋燭立てを動かしてみる。が、特に変わった様子はない。
プレジアも暖炉から抜け出し、灰皿やライターを動かしてみる。
と、その途端、いきなり地鳴りと共に部屋が小刻みに揺れ始める。
「……っ!!プレジア、壁がッッ!!」
「ま、まさかっっ?! 罠を作動させてしまったようじゃ……っっ!!」
蝋燭立てか灰皿、ライターのどれかが罠を発動させる物だったのか、壁が部屋の中心に向かい、迫ってくる。
「プレジア!! 空間移動は?!」
「それが……先程から念じておるのじゃが、発動せんのじゃ……っ!!」
迫り来る壁を押し返してみるが、流石にビクともしない。
慌ててテーブルの上に乗ってみるが、時間の問題だろう。
テーブルの幅まで押し寄せてきた壁は、凄まじい力でテーブルを押し潰さんとしている。
悲鳴を上げるテーブルの上で、私とプレジアは祈るように手を組み、天井を見上げた。




