挿話6:魔王、サジェス・フィヨンディズと精霊王マリンジの真意
「な、何事ですか?!」
部下を派遣し終わったか、コンセルが騒ぎになっている現状を目の当たりにし、目を丸くして上空を見上げる。
大きく開かれた城の穴から飛び立ったプレジアはシホを連れ、結界に目映い光と凄まじい音を発生させながら遠離っていく。
当然直ぐに連れ戻したい気持ちもあるが、今はマリンジを言及することが先決だろう。
だが、前回の二の舞はすまい。
咄嗟にシホへ投げ付けた探査魔術を使えば、恐らく何処にいても辿り着ける。
その性能を確認していると、マリンジは呆れた表情で肩を竦め、態とらしい溜息を吐いた。
「……まるでストーカーだね」
マリンジの棘のある言葉にコンセルの表情が険しくなる。
恐らくコンセルは抗議の言葉を紡ごうと口を開いたのだろうが、私は手を翳し、その行動を制する。
「そうかもしれんな……それよりお前に聞きたい事がある」
「なるほど。お気に入りの異世界人よりボクを優先してくれるなんて、嬉しいね」
マリンジは茶化した態度を崩さず、私を見つめ返す。
その途端、自分がこの場にいる事は相応しくないとでも感じたのか、シホの教師が床から立ち上がり、周囲の様子を伺いながら私に尋ねてくる。
「あの……私は退室した方がいいですよね。シホさんが戻るまで魔術の研究をしてます」
「では、ワタクシも退室を……って、転移室がありませんでしたわね」
シホの教師に習い、キャヴムも己の城へ戻ろうとするが、既に転移室は破壊されており、魔法陣の上には瓦礫が積み重なっている。
……今すぐ直す手もあるが……その間にマリンジに帰られてしまっても困るな。
「……すまないが、暫しの間、客間でゆっくりしていてもらえないか。話が終わり次第、早急に直す」
「畏まりました。では、私が案内しますね。キャヴム様、こちらへ」
私の言葉に教師が気を利かせ、キャヴムを客間へと促す。
去っていく二人の背中を見つめ、軽い溜息を脳内で零し、私はマリンジに向き直した。
「魔族の王達に魔法アイテムを付与しているようだが……出来れば一言、相談くらいは欲しかったものだな」
「サジェスに聞いたら絶対反対されると分かってたからね。さっさと召喚師を始末するにはこの方法が一番手っ取り早いと思ったんだよ。……思ってるより動きが少なくてヤキモキさせられてるけど」
「戦争は大分活性化し、地人族は混乱の渦だそうですけどね」
「だから、それも目的じゃないか。そうする事で召喚師に対する不満が募れば、地人族さえも召喚師の始末に手を出すかもしれないでしょ?」
苛立ちを隠せぬコンセルの言葉に、マリンジはフォークに刺したケーキを口に運びながら淡々と答える。
確かに、召喚師の黒い噂を流したことで召喚師に対する不信感が増し、その最中に精霊王が魔族側に荷担したという事実は、召喚師の評判を地に落とすことに成功している。
しかしその不信感は召喚師に止まらず、精霊王及び精霊に対しても向けられているのは周知の事実だ。
尤も、精霊に不信感を募らせた所で、人間が精霊の力無くして生存することは、最早不可能に近くなっている。
恐らくそれを踏まえての行動かと予想されるが、それでは人間の行う恐怖政治に似たものがあり、少なくとも共存する、という意味合いが少なくなってしまうのではないだろうか。
精霊王がそのような状態を望むのであれば、精霊王補佐官など必要ないだろう。
……歴代の意向を考えると、やはり私が止めねばならんのだろうな。……しかし、マリンジは些か保守的すぎると言われるほどの傾向であったが、一体何があっての変化だろうか?
私は脳内の情報を纏め上げるため、ケーキを口に運び、糖分を補給する。
マリンジはカップを口に運び、一口啜ると、私に笑みを浮かべ口を開いた。
「それよりさ、思ったより早くトリーの改良が出来たんだ! だから、ケーキのレシピを書いておいてもらってよ。トリーはそれと交換ね」
「……随分早いな。話では五年ではなかったか?」
マリンジの言葉に私は驚きを隠せず、口のケーキをチョクラで流し込み、感嘆の声を漏らす。
私の態度にマリンジは自慢げに胸を張り、鼻を鳴らす。
「一回改良した魔物のデータがあれば、量産は可能みたいだね。育てた土からデータが取れたみたいでさ、助かっちゃったよ」
「……という事は、どなたかにお願いしたんですか?」
「それは企業秘密。サジェスには、もっと色々な果物がなる木を作ってあげるよ。あ、それとも菓子がなる木がいいかな?ちょっと研究させてみるよ」
マリンジの言葉から、マリンジ以上に魔物改良能力の高い者がいることが伺える。
……何故そこまでする必要があるのか? 本当に菓子のレシピを一刻も早く欲しいだけなのだろうか?
私はコンセルと顔を見合わせ、思考を張り巡らせる。
正直、私にはマリンジが何を考えているのか分からなくなってきた。
私は手元のチョクラを口に運び、一呼吸置いてから核心へと迫った。
「……第七大陸魔王シェーヴに、私の転移パスコードを教えたのは何故だ?」
ほんの僅か、恐らく通常では見失うであろう一瞬、マリンジの眉が微かに動く。
即座に平静を装うマリンジは、そのまま口に運んでいたカップの中身を飲み込んで、私に微笑み掛けた。
「まさか! 教えるワケないじゃないか! アイツの体にサジェスの転移コードを埋め込んで、本人だけ通れるようにしてあげただけだよ。だって、召喚師を倒せる可能性があるっていうからさ……まあ、アイツが何か仕出かした所で、サジェスなら一捻りだし、大丈夫だったでしょ?」
「……魔法アイテムまで使われたが」
「それも、あの異世界人が魔力の粒を操作出来るんだし、ボクの作ったアイテムなんか、どうにかしちゃったんじゃないの?」
私の言及に、マリンジは鼻白んで答えていく。
一つ気になったのは、シホに対する感情だ。
以前からシホをあまり快く思っていない様子ではあったが、今では更に棘があるような気がする。
現に『彼女』という三人称から『あの異世界人』という表現に変わっている。
何がそんなにシホに対する情を引き下げたのかは分からないが、もしかするとマリンジの狙いはシホなのだろうか?
……『気に入った女を攻撃してしまう効果』のアイテムを私に使わせ、シホを始末するつもりだったのか?!
しかしあのアイテムには私を操作出来るほどの魔力は込められていなかった。
恐らく嫌がらせ程度の効果を狙ったのかもしれないが、シホは私が管理しており、マリンジに害を為すとは思えない。
何故マリンジがそのような手段に出るのかが、全く分からない。
だが、裏があるのは確かなようだ。
私はコンセルに目配せし、マリンジの意図を探るよう黙したまま指示する。
コンセルは私の視線に小さく頷き、マリンジに鋭い視線を向けた。
コンセルの視線にマリンジは肩を竦め、腰を上げる。
「……聞きたいコトはそれで全部? 何か興ざめしちゃった。ボクはこれで失礼するよ」
「……何か話があって訪れたのではないのか?」
「うん、プレジアの暴挙を止めて、というのと、何の果物がなるトリーがいいかな、って」
確かにプレジアも色々と問題ばかり増やしているのは事実だが、あれはあれで人間のことを思っての所が強い。
特に今回は、シホが地人族の特徴を持つ異世界人であるためか、地人族に入れ込んでしまっているようだ。
……気持ちが分かる以上強く咎めにくいが、行動は自嘲してもらわねばな。
私は黙考しながらマリンジの言葉に頷いた。
「分かった、考えておこう。……ところで、召喚術を司る精霊を捕獲する方法を考え付いたのだが。……可能性は百パーセントとはいえんが……試してみるか?」
「……えっっ?!」
立ち上がり、私の返答を待ちながら背伸びをするマリンジの動きが静止する。
召喚術を司る精霊を捕獲し、術を施させないようすれば、召喚師も徒の人間だ。
魔族に荷担して地人族を追い込まずとも、召喚師の暴挙は食い止められる。
それはマリンジも考えており、件の精霊を呼び出そうとしているが、精霊が奔放すぎてそれに応じないらしい。
だがもしかすると、私の考えで精霊を誘き寄せることは可能ではないだろうか。
頭の中で組み立てていた構想だけに、コンセルも驚愕の眼差しで私を凝視している。
私は呆然と立ち尽くすマリンジを鋭い視線で見上げ、ゆっくりと口を開いた。
「……交換条件だ、マリンジ。これ以上、魔族と地人族に勝手な干渉をするな。そして、お前やプレジアが渡したアイテムの回収も手伝え。それが呑めれば、その手段を試そう」
「も、勿論!! それが出来るならもう関わらないし、サジェスの手伝いもするよ!! 流石サジェス!! やっぱり君は最高だよ!!」
「確かに、それが出来れば、事は一気に解決へと向き直しますね!!」
感激に胸を震わせ、マリンジが私に抱き付いてくる。
コンセルも喜色満面で、何度も頷いている。
……百パーセントではないといっているのに、あまり期待をされてると、失敗した際に困るではないか。
私は頬を引き攣らせ、言葉を続ける。
「まずは、第四大陸にいる封印師をここに向かえよう。話はそれからだ」
「封印師を? ああ、そっか!! すっかり忘れてたけど……なるほど! それは試す価値がありそうだね!!」
流石に話が早いマリンジは、その言葉だけで手段を察したようだ。
拳を掌に当て、成功率の高さを後押しする。
……意味が分からず首を捻っているコンセルには、後で説明をするとしよう。
取り敢えずは第四大陸にいる手の者に封印師を連れて来させるよう、コンセルに指示するが、マリンジは大きく頭を振り、難色を示す。
「そんな時間が掛かることをしなくても、ボクがパッと行って連れてくるよ」
「申し訳ありませんが。今のマリンジ様は、魔王様の配下として自分には信用出来ません」
マリンジが飛び立とうとするその腕を掴み、今度はコンセルがその動きを制止させる。
マリンジの眉が僅かに動くが、己の行動を顧み、コンセルの言葉が妥当だと判断したのだろう。
マリンジは大きな溜息を吐き、コンセルの腕を掴み返した。
「……分かった、君の意見は尤もだ。サジェスの部下として相応しい判断だよ。一緒に行こう」
「ご理解いただけ、感謝いたします。……それでは、魔王様」
「……うむ。二人とも気を付けろ」
念の為コンセルには、私の魔術を込めたアイテムを幾つか持たせてある。
マリンジが何かを企んでいたとしても、コンセルがそう簡単にやられる訳はない。
私は少々複雑な思いを抱きつつ、二人を見送る。
……さて、シホを迎えに……いや、その前に城の修理か。
穴の開きすぎた城は、そこかしこから瓦礫が零れ落ち、今にも崩壊しそうな有様だ。
シホが帰ってきた時、直ぐにでも菓子が作れる状態に戻しておかねば、衝撃を受けるかもしれない。
私はキャヴムが壊滅した機器を思い出し、軽く溜息を吐く。
部屋の壊された扉へと視線を動かすと、申し訳なさそうにキャヴムが壁端から顔を出し、様子を窺っている。
周囲を見回し、私が一人になったことを確認すると、キャヴムはその足をこちらに向けて進ませた。
「……お邪魔をして申し訳ありませんわ。徒一つ、いい忘れたことがありましたの……」
「……何だ?」
重々しい雰囲気を纏い、キャヴムが口籠もる。
顎に指を当て、再び周囲を確認したキャヴムは、真剣な表情で私の目を覗き込んだ。
「……ワタクシには、視た相手が近い未来、味わう感情を共感出来ることはご存じですわよね……?」
「……知っている。それがどうした?」
キャヴムの遠回しな物言いに、若干苛立ちを覚えながら次の言葉を待つ。
キャヴムは固唾をのみ、意を決して声を上げた。
「……シホさん、近い将来、物凄く怒るみたいなんですの!! それも、真っ黒な感情で!! 決して! 怒らせないよう、気を付けてくださいね!!」
もしかしてそれは、シホの冷蔵庫やオーブンを破壊したキャヴムに対して、怒っていたのではないだろうか。
真剣な表情を作るキャヴムを前に、失礼かもしれないが、少々拍子抜けをしてしまう。
……いや、キャヴムの能力は近い未来、だからな……まさかキャヴムが畑を爆発させるとか、そんな事態になるとでもいうのか?!
次なる事態を引き起こさせないよう、留意せねばならない、ということだろうか。
「……分かった。気を付けよう」
「よろしくお願いしますわね。あんな怖い感情では、菓子を習いに来れなくなってしまいますもの」
……いや、それが原因になるのではないか……?
などと言える筈もなく。
ホッと胸を撫で下ろし、胸の支えが取れたように振る舞うキャヴムの様子を、私は頬の痙攣を感じながら周囲の惨劇と共に眺めていた。




