第20話-2:再びコブラーと爆発
「きゃああああっっっ!!」
目映い光が溢れ出す冷蔵庫が膨張し始め、強風と爆音を上げて破裂する。
突然の突風と怪音に驚いたキャヴムさんは悲鳴を上げ、その場に蹲った。
寝かせてあったタルト生地、パイ生地、クッキー生地や生クリームとバターが無惨な姿で床に散らばっている。
……何で冷蔵庫が爆発する?!
私は眉根を寄せ、腕を組んで考えを巡らせるが、どう考えても思い付かない。
先程オーブンを予熱設定してもらうと、同様に爆発させていた。
その時はオーブンの故障かと思ったが、どう考えても二連発は可怪しい気がする。
魔王様とコンセルさん、そして厨房の皆は既に扉の外に避難し、遠巻きにこちらを伺っていた。
……今、バターを冷蔵庫に戻してもらっただけ、だったはず……
私の様子に気付いたキャヴムさんは視線を左右へ移動させ、手を素早く動かしながら弁明する。
「きょ、今日は偶々……調子が悪くて……普段は得意なんですわよ、料理」
……いや、どう考えても苦手だろう。調子が悪い度にオーブンや冷蔵庫を爆発させるのか?
しかし相手はお客様。ツッコミを入れたい心をグッと抑え、私は作り笑顔を強化する。
「……ま、まあ……そういうこともありますよね……? それじゃ、オージュの粉を篩って、そこにシガルとギュールを混ぜてください」
「分かりましたわ!」
私の言葉に気を取り直したキャヴムさんは、肩を怒らせて材料を混ぜる。
……大分、力が入ってるけど、混ぜるだけだし大丈夫だろう……
不安げに見守ると、キャヴムさんの手元から何故か光が溢れ出し、強風と爆音を上げ、材料を打ちまけながらボウルが遙か彼方へ飛び立っていく。
……な、何だこれは?!! 何か呪われてるんじゃないか?!!
……魔王様の渋る理由が漸く分かった……
私は遠い目でボウルの去った方角に視線を向ける。
暫しの沈黙の後、我に返った私は額の汗を拭いながら恐る恐るキャヴムさんへ視線を動かした。
「……今日は調子が……」
「……そうみたいですね……取り敢えず、見て覚えていただけますか?」
「……そうした方がいいみたいですわね。……ところでシホさん、少し魔力の流れが滞っている場所が見えますわ。あまりストレスは溜め込まないようになさった方が……」
「さあ! 作るぞ!!」
キャヴムさんは魔力の流れと質が分かるらしいが、今ここでそんなことを言われてもどうしようもない。
その言葉を忠実に守るなら、さっさと終わらせるべきなのだろう。
……苦労して作り溜めた生地達が……
私は心の中で深い溜息を吐き、キャヴムさんに引き攣った笑みを見せながら別のオーブンに予熱設定を施し、コブラーを作り始める。
後は焼くだけの状態になったコブラーを見、キャヴムさんは感嘆の声を上げて生地に手を伸ばしてきた。
「ホントに簡単ですわね! コレをオーブンで焼くんですの?」
「はい……ッッ! だ、大丈夫ですっっ! 自分でやりますからッッッ!!」
取り上げられたコブラーが、いつ爆発するかと怯えながらキャヴムさんに手を伸ばす。
その瞬間、大きな振動と共に轟音が辺りに響き渡る。
あまりの大きさに私は思わずしゃがみ込み、耳を塞ぐ。
瞑った瞼に目映い光が広がり、きな臭い匂いが漂うが、目の前で起こったにしてはどうも衝撃が弱い。
思わず瞑った目を開けると、キャヴムさんはぽかんとしたままコブラーを抱えている。
発生源はどうやら、もう少し遠いようだ。
魔王様とコンセルさんは眉根を寄せながら顔を見合わせ、派生源へと駆け出した。
「わ、ワタクシではありませんわよ?!」
「……ですよね。コブラー、無事ですし」
「……!! まさか、侵入者では?!」
キャヴムさんは調理台へコブラーを戻し、魔王様達の後を追おうとするが、その足を止めて私を振り返る。
その表情は先程見せた、悲しみに満ちている表情だ。
「……お心をしっかりと、ね」
「……は、はい……?」
そう呟くと、キャヴムさんは厨房を後にした。
……どういう意味だろうか。もしかしてオーブンと冷蔵庫のことだろうか。
それなら確かに今後のことを考えると、少々心をしっかり持たねばならないかもしれない。
……まあ、オーブンも冷蔵庫も私専用の物が破壊されただけで、厨房にはまだ幾つか残っているし、どうにかなるだろう。
私は若干重くなる気持ちを切り替え、手持ち無沙汰な現状をどうするかと頭を悩ます。
……コブラーを焼いてる間はやることがないし、勝手に食堂で食べ始めるのも悪いしな。
「……私も行くか」
オーブンにコブラーを入れ、私は魔王様達の後を追った。
音の発生元であろう執務室は、激しい爆風で吹き飛ばされ、多量の煙を吐き出している。
魔王様とコンセルさん、そしてキャヴムさんが部屋の中に飛び込んでいく。
「何の音ですか?!」
「分かりません。この中みたいです」
遅れて先生も駆け付け、共に中へと足を進ませる。
執務室は煙が立ち込め、視界が効かない。
周囲を仰ぎ、どうにか視界を広めると、あったはずの本棚やデスクだけでなく窓があった壁まで消えている。いや、砕け散った、というべきか。
嘗て魔王様が仕事を熟すデスクがあった場所には、マリンジさんとプレジアがお互いを睨み付けながら前傾姿勢で身構えていた。
「サジェス!! この分からず屋にいって聞かせてやってよ! コイツ、ボクへの当てつけに地人族へ援護アイテム送りつけちゃってさ!! ボクの苦労を全部水の泡にしちゃって、一体どう責任取るつもりなんだろうね?!」
「はっ! そっちこそ小賢しく根回ししとるようじゃが、余計事態を悪化させとるんが分からんようじゃのう?!」
プレジアの言葉にマリンジさんは眉尻を動かし、勝ち誇ったように鼻で笑うプレジアを睨み付ける。
魔王様とキャヴムさんはマリンジさんの言葉に、頭を抱えて項垂れる。
「……余計面倒な事態になりましたわね……」
「……問題が起こる前に、回収せねばならんだろうな……間に合うと良いが……コンセル」
「……は!」
「……唯でさえ、回収させん者もいるというのに……」
「ああ……ま、魔王様、お気を確かに……?!」
コンセルさんは魔王様へ頭を下げ、足早に部屋を出て行く。
魔王様は額に手を当て、眉間に皺を集めて言葉を詰まらせる。
そんな魔王様の様子に先生は困惑し、魔王様や周囲へ忙しなく視線を動かしている。
プレジアという、かなり上級の精霊がくれた、恐らくチートなアイテムをあっさり返すほど、温い人はいないだろう。
……事態の程はよく分からないが、仕事が増えちゃって大変そうだな……
周囲の緊迫した空気から、恐らく大きな事態が起こっているのであろうことを察し、私は魔王様へ憐れみの視線を向ける。
しかしマリンジさんもプレジアも魔王様達の言葉は耳に入らず、背景に龍と虎を背負わん勢いで威嚇し合っていた。
「魔族が優勢になったことで、地人族では召喚師に対する不信が募っているんだよ!! それに召喚師に恨みを持つ魔王達も動き始めてるし!! ボクの作戦が上手くいっている証拠じゃないか!!」
「それで肝心のバランスを崩してどうするんじゃといっておるんじゃ!! もう少しマシな案を出さぬか!!」
「召喚術の精霊が呼び出しに応じないんだ!! 直接手を下して人間を精霊不信にする訳にもいかないし、そうするより他、ないじゃないか!!」
「その程度の案しか浮かばぬ故! 小賢しいと言うておるんじゃ!!」
「……何……?!」
「……こっちへ……!」
魔王様の言葉に促され、私達は魔王様へと歩み寄る。
私達が近付くと、魔王様は四人を取り囲むように、透明で半円の光の壁を出現させた。
プレジアの言葉に怒りを露わにしたマリンジさんは、己の両手に魔力を集め、巨大な光をプレジアに放つ。
プレジアは両手を構えてマリンジさんの光を受け止めようと試みるが、跳ね返しきれず、その力を受け流す。
光は魔王様の部屋の壁を転移室ごと吹き飛ばし、隣の部屋を露わにする。
隣の部屋にも更に隣へと続く空間が作り出され、城は開放感に満ちていった。
「……だったら! 上手くコトを収める方法を! 今すぐいってみなよ!!」
「それは貴様の役目じゃろうが?! 責任転嫁するでないわ!!」
「偉そうなコトいっときながら、本音では召喚師がいた方が面白そうとか思ってるんでしょ?! 目先の快楽に拘ってばっかじゃないか! 滅亡するなら自分だけにしてよね!!」
「な、何じゃと?! た、確かにシホのような異世界人が溢れれば面白いとは思うが……儂とて世界の存続も考えておるわ!!」
どうやら図星を指されたらしいプレジアが、言葉を詰まらせながら自己弁護を繰り広げる。
そんなプレジアの様子をマリンジさんは半目で冷ややかに見つめている。
その様子が癇に障ったのか、プレジアは眉を吊り上げ、己の両手に光を集めて放出させる。
マリンジさんは掲げた手で光の軌道を反らし、先程とは逆側の壁を破壊させた。
「……城が……」
魔王様は苦悶に満ちた表情に大量の汗を浮き上がらせ、可能な限り眉間に皺を集めて瞑目する。
キャヴムさんと先生も、目と口を大きく見開き、失った壁へ視線を固定させている。
……三方の壁がなくなって、何という開放感でしょう……!
私も現実逃避を交え、この情景を眺めていた。
「……積もる話は置いておき、菓子でも食わんか?」
魔王様が表情を曇らせたまま、徐に口を開く。
その言葉にマリンジさんとプレジアは魔王様へと振り返り、目を輝かせて大きく頷いた。
……え? いきなり? どこで?
この開放的な城を見渡すと、食堂も無事ではないだろう。
私がキョロキョロと辺りを見回すと、魔王様は私へ声を掛ける。
「シホ、ここに菓子を持って来てくれ」
「え?! ゆ、床ですか?!」
「偶には良かろう」
少々自暴自棄気味に魔王様が言い放つ言葉に私は頷き、厨房へ菓子を取りに行く。
……ついでに、ストゥルッフォリも無力化してもらうか。
私はストゥルッフォリを入れた籠を腕に掛け、コブラーをトレイに載せて執務室に戻ってきた。
「な!! 何だい、その兵器は?! ボクを殺す気?!」
ストゥルッフォリを一目見るなりマリンジさんは驚愕し、大口を開けて鬼姑のように私を罵る。
取り敢えずマリンジさんは無視し、私は魔王様にストゥルッフォリを差し出した。
「魔力操作をミスしてこんなになってしまったんですが、美味しいので無力化してもらえませんか?」
「……うむ……? 魔力操作か……すまないが、私には無理だな」
私の言葉に魔王様は困惑し、眉尻を下げながらプレジアさんとマリンジさんを瞥見し、ストゥルッフォリを見つめる。
……あれ? 魔王様、魔力操作出来ないっけ? って、あのコンセルさんが出来そうなことをいってたんだし……出来るんだろう、けど……
私は魔王様の様子に訳有りなものを感じ、ストゥルッフォリを自分の手元に引き戻す。
そういえば、魔力の操作は精霊の領分で、人が操作して魔法を作ることを精霊は毛嫌いしてるっぽいことを聞いた気がする。
……ここにプレジアとマリンジさんがいるから、出来ない……?
相手を立てて気遣う優しい性格な魔王様のことだ。恐らくプレジアとマリンジさんという精霊の顔を立ててのことじゃないだろうか。
では、このストゥルッフォリは、やはり対人用兵器として活用してもらうしかないか、いやそれだと色々と問題が増えるだけか。
「ちょっと見せてみい。儂が見てみようかの」
「え?」
兵器として差し出すか、後で捨てる為に後ろに置いておくか考えていた所、不意にプレジアから声が掛かり、ストゥルッフォリがプレジアの手に受け渡される。
「……ふむ……かなり強固じゃが……うむ!」
「ほおお?!」
プレジアが睨み付けると、魔力を失っていたはずのストゥルッフォリから、緩やかに魔力の粒が浮かび上がる。
キャヴムさんや先生も感嘆の瞳でプレジアとストゥルッフォリを凝視している。
マリンジさんは眉を顰め、視線だけをストゥルッフォリへ向けながら、への字に結んでいた口を開いた。
「ボクはそんな変なもの食べないからね!! うん、サジェス。こっちの菓子は美味しいよ」
あからさまに敵意を向けるマリンジさんの態度に、プレジアの頬が大きく膨らむ。
キャヴムさんや先生も口角を下げ、マリンジさんを見つめている。
魔王様がマリンジさんへ言葉を掛けようと口を開くと、プレジアは立ち上がって私の腕を掴み、引っ張ってくる。
「こんな奴と同じ空気を吸いながら菓子を食うのは耐えられんのじゃ!! 行くぞ、シホ!!」
「……え?!」
「シ、シホ?!」
プレジアの体が浮かび上がり、私の体にも浮遊感を感じる。
魔王様とキャヴムさんに先生が、呆気に取られた表情でこちらを凝望している。
城の結界が目映い光と大音響を轟かせるが、プレジアは動じることもなく突き抜ける。
……プレジアが菓子を食べないとは、よっぽど腹に据えかねたんだな。
城に刻まれた大穴を眺めながら、恐らくまた同じ菓子を作る羽目になるであろうことを、若干鬱ぎ込んだ気分で考えていた。




