第20話-1:ストゥルッフォリと魔力操作とコブラー
午前の授業を終え、穏やかな日差しが差し込む廊下を通り抜け、人工の光が溢れる厨房へと入っていく。
日の光が差し込むと調味料や材料が痛みやすいし、虫に入り込まれやすいからだと分かってはいるが、少々物悲しい。
……魔法とかでどうにか出来ないかな。いやしかし、逆に真っ昼間から隠って作業するという背徳感がいい気もするが……
私は思考に若干の現実逃避を織り交ぜながら作業台へと赴き、先生の要望に応えるべく、今日も材料に注視する。
材料からは、白っぽい魔力の粒が漂っている。
最近分かったことだが、新鮮な材料や人の手が掛かっていない物ほど透明感が高いようだ。
「これは鮮度を調べるのに便利だよな」
私は新たな粒の活用法に顔を綻ばせながらボウルに篩った小麦粉を入れる。
真ん中を凹ませて卵とバター、砂糖に擂り下ろしたレモンもどきの皮とオレンジもどきの皮を入れて混ぜ合わせる。
混ぜた生地を取り出し、台の上で練りながら凝視してみると、やはり光の粒は赤味を帯びながら踊るようにクルクルと円を描いている。
……楽しそうに踊ってるが、しかし、派手さが足りんよ、君ら!
私はテンポ良く回っている粒に向かい、思わずインストラクターの気分に浸り、視線に力を込めてみる。
……もっと素早く、大きく!!
私が粒に指示を出すと、粒は素直に体を大きく膨らませ素早く動き出す。
興が乗った私は更に激しく大きく動くことを要求すると、粒は更に大きくなり、猛スピードで円を描き始めた。
「……よしよし、素直な……ん?」
粒の動きに納得顔で頷いていると、粒が次第に力を失い、徐々に小さくなっていく。
小さくなった粒は力なく上空へ浮かび上がり、霧散する。
「……大丈夫かな……」
次々と失われていく魔力の粒を不安げに見つめながら、私は蜂蜜を火に掛け、レモンとオレンジの皮の擂り下ろしを加え蜂蜜ソースを作る。
生地を棒状に伸ばし、一センチほどで切り分け、それを掌で丸めて油で揚げ、蜂蜜ソースを絡めれば、ストゥルッフォリの出来上がりだ。
レモン風味の付いたシュー生地とビスケット生地の中間生地を油で揚げた菓子で、小さな粒をポリポリ食べ始めるとなかなか止まらない、スナックに似た感覚の菓子だ。
イタリアのクリスマスで作る菓子の一つらしいが、クリスマス菓子は多いので一つくらい勘弁してもらおう。
チョコスプレーとアラザンを散らすと、クリスマスの華やかさに打って付けだ。
ナポリ以外の南イタリアでは「チチェルキアーテ」と呼ばれているらしいが、どちらも舌を噛みそうな名前だ。
……などと現実逃避をしている場合ではない。
私はストゥルッフォリを一つ摘み、口に入れる。
カリッとした小気味良い音を立て、小麦やバターの香ばしさと蜂蜜の甘味が口の中に広がる。
仄かに漂う柑橘の香りが油の諄さを爽やかに変えていく。
「うん、味は薄まってないな」
上手く出来上がった味に満足し、つい何度もストゥルッフォリに手を伸ばす。
が、不意に倦怠感を感じ、私はその場にしゃがみ込む。
体の毛穴から力が抜け落ちていくような感覚が体中を襲う。
……あれ……? しまった、失敗、か……?!
恐らく今食べたストゥルッフォリが原因なのだろう。
体に侵入した異物が私の力を外へと押し出していく。
私は追い出される力を無理矢理押し戻すよう意識し、異物へ気合いを込める。
異物に拳を奮い、弱らせた所で奇怪な力を毟り取るイメージだ。
その気合いが上手く作動したらしく異物は大人しくなり、体の力が徐々に回復していった。
「ヤバかった! 失敗か!」
私は額に浮かぶ汗を拭い、深い溜息を吐く。
……よく知りもしないで魔力の粒を操作するとは迂闊だった。今度やる時は先生に同伴をお願いしよう。
私はゆっくりと立ち上がり、まだ熱を帯びたストゥルッフォリを見つめる。
熱々サクサクの生地に、蜂蜜のソースが絡まったストゥルッフォリは実に美味い。
「……菓子の魔力を操作して害が及びそうな力を消す……って上手く出来るか分からないし、そんな危険な菓子、出したらヤバいか……」
折角美味く出来たのに捨てるのは忍びないが、食べても大丈夫だという保証がない物を出すわけにはいかない。
私が未練がましくストゥルッフォリを見つめていると厨房の入り口からこちらに向かって声が掛かる。
「おーい、シホちゃん。急で悪いんだけど客用にも菓子追加って出来るかなー? ……ん? お! これ、美味そうだな!」
「わーっ! コンセルさんっっ!!」
突如として現れたコンセルさんはお約束のようにストゥルッフォリを摘み、口に放る。
慌てて止める間もなく、ストゥルッフォリはコンセルさんに噛み砕かれ、喉を通って体に入り込む。
私はコンセルさんへ手を伸ばし、汗を滴らせつつ顔中の穴を大きく開いたまま体を静止させた。
「うん! これは後引く……?!」
コンセルさんが眉を顰めてその場に蹲る。
その様子で我に返った私は慌ててコンセルさんの体を凝視すると、コンセルさんの体から淡い光が上空へと浮かび上がり四散していく。
私は体の中にあるはずの異物を探るが、他人の体は自分のよりも遙かに難易度が高く、全然見つからない。
そうしている間にもコンセルさんの体からは力の粒が押し出され、空中に霧散されていく。
魔力は人の内臓の動きを助けているらしく、魔力が全くない状態は非常に負荷が掛かり危険だと先生から教わっている。
焦燥感に駆られながらも必死で自分を鼓舞し、コンセルさんへ己の体から魔力の粒を移動するよう命じる。
私の魔力は少しずつ移動し、コンセルさんの体に吸収されていく。
……よし、上手くいった!
私はコンセルさんの魔力を保たせながら体内に意識を集中させ、再び異物を探し求める。
漸く見つけた異物の力を破壊し、私は疲労感で床に手を付け、再び深い溜息を吐いた。
「……ゴメン、助かった……何か実験やってたんだ?」
「いや……失敗して直ぐ捨てなかった私が悪かったよ、ゴメン」
コンセルさんが腕で額を拭いながら、長い息を吐く。
私はコンセルさんへ頭を下げ、ストゥルッフォリの入った皿を手に、ゴミ箱へと歩を進める。
「ちょっと待った! 美味しかったし勿体ないから、魔王様に力を直してもらったらどうだ?」
「んー……けど、魔力の上限がうんたらとかいう効果がなくてもいいのかな?」
「魔王様は美味けりゃいいっていうに決まってるだろ。俺も当然そう思うし、先生だってシホちゃんが頑張った成果を喜ぶと思うぜ?」
「……なるほど、それもそうか。けど、お客さんに出すのは、流石に別のにしないと」
私はコンセルさんの言葉に頷き、作業台へとストゥルッフォリを戻す。
直せなかったら、対人用兵器としてでも使ってもらえば、菓子も本望だろう……多分。
私は新たな菓子を作るためにボウルを洗い、作業台に置く。
ブルーベリーに片栗粉、砂糖とレモン汁を混ぜておく。
篩った小麦粉に砂糖を混ぜ、バターを入れてそぼろ状に潰し混ぜ、牛乳を入れて一塊にする。
型に生地を敷き、その上にブルーベリーを載せて更に生地を重ねてオーブンで焼き上げれば、コブラーの完成だ。
コブラーはアメリカの伝統菓子で、クランブルやクリスプに似ている。
別のケーキ生地やフルーツなどにポロポロの生地を載せて焼くとイギリスの菓子、クランブルというようだ。
オートミールや全粒粉、ナッツ類を混ざったものをクリスプというらしいが、どれもレシピにより生地の材料や食感も異なるため、明確な区分けがいまいち難しい気がする。
「うお! 美味そっ!」
「あとでね」
「ちぇっ」
コンセルさんが取り出したコブラーに手を伸ばす。
私はその手を避けながら調理台へ向かうと、コンセルさんは笑みを浮かべながら態とらしく舌打ちをする。
円形のタルト型からコブラーを大皿に取り出し、切り分けてホイップクリームを添える。
「おし、行くか! 執務室でいいのかな? 私と先生は食堂?」
「魔王様とお客さんが執務室って感じかな」
「了解」
私はコンセルさんに付き添われ、執務室へと向かった。
扉を叩き中に入ると、真っ直ぐに伸ばされた濃い青紫色の髪が眼に飛び込んでくる。
肌は青味を帯びており、頭には、横に伸びてから上へと突き出す、雄牛のような角が生えている。
体のラインを強調するような、かといって露出の少ない、青く輝く銀のワンピースに白い毛皮のような物を纏っていた。
こちらに向けられたその瞳は鮮やかな橙色をしており、長い睫毛を瞬かせながらこちらを伺っている。
その女性は私に一礼すると魔王様へと向き直し、言葉を紡いだ。
「……確かに人一人の魔力を奪い取る結界球は素晴らしいモノだとは思いますわ。けれど、それをエサに攻撃の手を増やすよう要求されては、内政が行き届かなくなり、人々が貧困に喘ぐことになりますわ。争いのバランスも崩れますし……魔族側に荷担して召喚師に圧力を掛けようにも、肝心の第四大陸地人族王は我関せず、第七大陸地人族王は『召喚師なぞこの国にはおらん』の一点張り……これ以上は無意味ですので、ワタクシ達に荷担するのは直ぐにでも止めるよう、精霊王様に仰ってくださいな。可能な協力は出来うる限りいたしますわ」
「……うむ。バランスを崩す前に、私の方もアイテムに関しては回収を急がせている。争いに関しても早急に事を収める……すまんな」
「……いえ、こちらこそ出過ぎた真似を……申し訳ありませんわ」
魔王様に頭を下げると、女性は紅茶の入ったカップを口へ運ぶ。
魔王様も眉間に皺を集めながらチョクラの入ったカップを手に取った。
……何やら難しそうな話をしているな。
私は素早くケーキをテーブルに載せ、さっさと退散しようと扉に向かうが、女性の声によってその動きを阻止される。
「待って。……サジェス様、この少女が異世界人の……?」
「うむ、そうだが……どうした?」
「……仰っていた通り、凄い魔力ですわね……地人族の魔力ピークは確か、十五才辺りでしたわよね」
女性はソファから立ち上がり、私の元へと歩み寄ってくる。
伸ばされた指が私の顎を掬い上げ、瞳を凝視される。
暫くの間私の瞳を見つめていた女性は不意に目を反らし、魔王様と向かい合う。
「……よく見えませんわ……けれど恐らくこのコも今がピークですわよね……」
「……キャヴム、シホは混血ではないか? 私はてっきり獣人族との混血かと思ったが」
「はい?」
私は魔王様の言葉に驚き、思わず口を挟む。
……いつの間に獣人族との混血だと思われたんだ? 私は獣耳や尻尾など生えた事はないと思うが……
不可解な気分で首を傾げながら魔王様へ視線を向けると、キャヴムと呼ばれた女性が再び私を注視する。
「……いえ……多分ですが、地人族と同じ波長かと思いますわ」
「そうか。あのバネは獣人族のものかと思ったが……シホ独自の力か」
「地人族なら筋力ピークは二十代まで伸びますし、訓練次第ですがこれからですわね」
「まだ伸びるのか?! ……いや、頼もしいが……」
魔王様がキャヴムさんの言葉に驚倒し、目を見開いて私を見入る。
……そんなにいうほどびょんびょん跳ねてただろうか?
私は己の行動を思い出すため、腕を組んで考え込む。
視線を感じて目を開くと、キャヴムさんが悲しそうに眉尻を下げ、こちらを見つめている。
そんなキャヴムさんを不思議に思い、見返すと、私の視線に気が付いた彼女は慌てて手元へ視線を下ろし、フォークを手に取ってケーキを口に運んだ。
「……えっ?! この食べ物、甘いんですわね! こんな美味しい食べ物、初めてですわ!」
「そうか、それは何よりだ。シホの作る菓子は至高だからな」
「まあ、このコが?」
ケーキを口に入れたキャヴムさんが仰天し、菓子を注視しながら、口に運ぶスピードを増す。
キャヴムさんの言動に魔王様は誇らしげに胸を張り、得意満面の笑みで言葉を返す。
魔王様の言葉に私は照れ笑いを浮かべると、キャヴムさんは潤んだ瞳に熱を込め、私を凝視した。
「城でも食べられるといいですのに……そうですわ! ワタクシに作り方を教えていただけません? 料理なら割と得意ですの!」
「……え、と」
「……シホ、レシピは作れるか?」
キャヴムさんが瞳を輝かせお願いしてくる事柄に困惑し、魔王様の顔を伺う。
魔王様は思い悩んだような間を置き、キャヴムさんの要望に許可を下ろす。
……レシピか……単語は書けるけど、接続詞とか難しいんだよな……
未だに難のある国語に私は頭を痛めながら、魔王様の用意した紙にレシピを認めた。
「……ミフティ……にシガル八十プラトを混ぜ……? ……ご免なさい、ちょっと分からないですわ……」
プラトとはこちらの世界の重さの単位で、一バロンスという単位が、人間一人が一日に消費するパンを作る麦の量という、元世界のポンドに似た質量単位だが、こちらの人はより多く麦を消費するのか、色々試した所、大体五百グラムくらいのようだ。
一バロンスが千プラトという単位になるらしいので、一プラトが五百ミリグラムで二プラトが一グラム……。などと計算をしてみたのだが、どこか間違えていたのだろうか。
キャヴムさんは私のメモに首を捻り、困ったような表情を作っている。
「魔王様、もし良かったらキャヴムさんと作ってみてもいいですか? コブラーは簡単だし、そんなに時間が掛からないと思いますが」
「……な゛?!」
「そうですわね! その方が分かりやすいですわ。サジェス様、いいですわよね?」
「……簡単か……そうだな、少しなら……」
私が魔王様に頼んでみると、キャヴムさんは嬉しそうに両手を叩き、上目使いで魔王様に懇願する。
そんなお願いのされ方をしたら誰も断れないだろう、勿論、私もだ。
妙に渋る理由が分からず魔王様の態度に首を傾げながら、私とキャヴムさんは厨房へと移動した。




