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閑話5:こどもに返る日と柏餅

2024/05/27の新作です。

 私はベッドの中でウトウトとしつつ無意識に、魔王様から頂いた元世界の日付も分かる絵画風掛け時計に目を向ける。


 ……五月五日、か……。って! こどもの日だ!


 日本の行事がある日に気付き、思わずベッドから上体を起こす。が、こっちでは特に意味のない平日であり、元世界の日本でも、男児の行事にされている感があり、私も、こどもの日を祝う習慣はない。

 どちらかというとひな人形よりも鎧兜に興味のあった幼児期、どれほど悔しかったかが、脳裏から呼び起こされる。そんな私は中学の修学旅行で、小さい日本刀風ペーパーナイフや安っぽい木の模造刀を買う面子の一人だった。


 ……あんな、片手で折れるようなモンに金使って、勿体なかったな……。


 本来なら菓子作り系に消耗するであろう金額を思うと泣けそうだ。旅行というものは高揚のあまり、奇抜なものに惹かれる妙がある。


 ……朝食までまだ、結構時間があるな。


 すっかり目が覚めてしまった私は気分を上げるため、タダで大量の菓子素材を入手出来る畑へと赴いた。



 百メートル四方もあった畑がいつの間にか種類を増やし、満員御礼状態だ。

 植物達は、その道のプロがそれぞれの成長に適した気温と環境、特定の栄養分のみ吸収させるよう働きかける結界魔術を種類別に掛けているそうだが、増え続けるその種類の多さに、畑は熱帯雨林に似た様相を呈している。つまり、木々が鬱蒼と茂って視界を遮り、今にも迷いそうだ。


 「……もっと、間を開けて植えてもらわないと。けど、それだとこれ以上、増やせないどころか、減らす羽目になる、かも……!?」


 現状を憂いつつも葛藤する脳内は更に陰鬱な感情に陥り、私は頭を垂れて周囲を彷徨い歩く。

 その時、微かに漂う懐かしいような香気に、私は顔を上げて匂いの元を探し求めた。


「え? か、柏の葉? どう見ても柏だ……」


 巨木に茂る大きな葉は、爽やかな芳香も、やや厚みがあり表裏異なる手触りも縁のヒダも、柏の葉としかいいようがない。

 花はもう終わったのかその葉の側には、豆の色を薄らと見せる膨れ上がった莢も枝垂れていた。

 私は懐かしい香りの正体がこどもの日関連のものであることに少々落胆し、柏を生やす木を漫然と視界に入れる。


「……アリコロージュの木か。実が美味いものや種が美味いもの、種の中が美味いものなど様々だが、それを探し出した人間も凄まじいものだな」


 突如現れた、甘味王でチョクラ大使な魔王様も、私が仰ぎ見る木を感心して見入っている。

 アリコロージュとは、元世界でいう小豆に似た豆のことだ。

 年末に作った蕎麦粉の洋風どら焼きに入れた餡の豆が柏の木に生るとは、異世界の不思議にはいつも驚かされる。


「魔王様はチョクラなら一目で探し出しそうですね。それにしても……柏の木に小豆とか、随分都合のいい木……いや、何か押し付けがましいというか、呪い染みた嫌味というか……」

「……う、む……。……ん? この豆と葉に何か意味があるのか?」


 私は小豆がなる柏の木を呆然と眺め、こどもの日に呪われているかのような気持ちを抱きつつ、魔王様の話へ無意識に返答する。

 魔王様は私の言葉の前半に軽く咳払いをして誤魔化すと、後半の部分に興味を抱き、その感想の意を尋ねてくる。

 私は元世界の端午の節句と、その日に食べる菓子の由来や催しを客観的視点で解説し始めた。


「……ふむ。昔は家を継ぐための男子を必要として、か。だが、子供の成長を願い、枯れても落ちぬ葉に親が子を見つめ続けるという意味を込めた柏の葉、というのは雌雄同株であるならば、性別に関係はなかろう。異世界人は面白いことを考えつくな。……ふむ。柏餅、か……」

「……確かに、柏の木はブナ科の広葉樹で雌雄同株……ですね。……そういう考えはしてなかったです。さすが、魔王様ですね」


 確かに、鎧兜はなかったが、母が柏餅やちまきを作ってくれたような記憶が思い出されてくる。

 幼少期、駄々を捏ねる私に、段ボールで鍔付きの日本刀もどきを作ってくれたのは、誰だっただろうか。


 魔王様の言葉で、私の何かが救われた気分になり、憂鬱だった気分が晴れやかになっていく。

 魔王様は私の解説を聞いていると徐々に表情を変え、柏餅へ興味を持ったのか、その味に妄想を膨らませているようだ。


「……上手くいくか分かりませんが、作ってみますか?」

「何?! 此方でも作れるのか?!」


 柏餅は、普通の米であるうるち米を粉にした、上新粉のみで作った餅で餡子を包んだものをいうらしい。

 歯応えを変えるために少し餅粉を差し替えるレシピも多いが、下手に加えると逆に歯切れが悪くなったり、伸びやもっちり感は出るが本来の柏餅の歯応えでなくなる、という話も聞いた気がする。

 問題の上新粉は、こちらでの米はサラダ用でも少々粘りがある。が、日本の米と比べるとやはり、粘りが弱い。とはいえ、売っている上新粉は国産の米でなく、外国産の硬い米を使っているものも多いそうだ。

 米粉の菓子を作ってみようかと思い、試しに作っておいた上新粉もどきを使ういい機会かもしれない。

 因みに、米粉と上新粉は同じものだ。

 上手くいかなかった時の改良案としては、暫く水に浸して柔らかくなった米を擂り潰すと餅粉に似たものになると聞いた気がするので、それをこちらの米でやれば粘りが出るかもしれない。もしくはポテトスターチ──片栗粉を少し加えてみるのも一つの手だ。


 気分を良くしてくれたお礼もあるし、少しでも美味しく、喜んでもらえるものを作りたい。

 ただ餡子は、時間があればこしあんも味わっていただきたいが、これがなかなかに手間……というよりも時間が掛かり、どうするかが問題だ。

 取り敢えず、粒あんの柏餅なら、然程問題はなさそうだ。


 ……なるべく早く読み書きを覚えて、菓子作りの時間を増やしたいな。色々と試行錯誤もしたいし。


「……代用品として使われるものはあるので、それっぽいものは……多分、作れますよ」

「ほ、本当か?!」


 私が思考を巡らせつつ呟くと、魔王様の瞳に輝きが増し、期待に満ちた眼差しでこちらを見つめている。

 私は嬉しくなった気持ちもあり、魔王様へ笑顔で語り掛けた。


「話してたら私も食べたくなりました。なるべく近付けられるよう、工夫してみますね」

「ん? う、うむ。楽しみに待つとしよう」


 何故か頬を染め、顔を背ける魔王様を不思議に思いつつ、魔王様はもう仕事をし始めているらしく執務室へ、私は準備をしている料理人さんらの邪魔をしないよう周囲に気を付け、厨房にある専用の調理台へと向かった。


「やっぱ、魔王様は違うなー!」


 私はすっかり気分が良くなり、生米を水に浸して棚の中へ仕舞っておく。

 棚に付いている機能の冷暗所設定で、米を入れた段だけ日当たりのない涼しい場所と同じ状態にしておく。

 さり気ない機能だが、使っているとオーブン以上のチートさを感じる棚だ。

 作っておいた上新粉は、精製した白米をよく洗い、二度凍結させてから水気を切った米を、ファムルに頼んで乾燥させて粉状にしてみたものだ。

 これにお湯を加えて突くように捏ねるのだが……。


 ……やっぱり餡子を先に作らないとだけど……もうすぐ朝食の時間だし、ムリっぽいな。


 気が付くと、朝食の準備が佳境に入ってきたのか、料理人さん達が忙しなく動いている。

 私は軽く会釈して厨房を離れ、自室で文字の練習をしながら朝食の時間を待った。



* * *



 朝食と午前の授業を終え、厨房へと急ぐ。

 柏の葉を洗って水気を切り、仕舞っておき、小豆を洗ってたっぷりの水を鍋に入れ、強火で茹で、少し経ったらお湯を捨てて豆の渋さを抜き、再び強火で茹でる。豆が割れてきたら今度は極弱火で全部の豆が割れ、芯の固さがなくなるまで炊いていく。

 今度は小豆が柔らかくなったら鍋に水を入れて冷やし、鍋のお湯が透明な水に変わるまで豆に気遣いつつ入れ替えていく。

 豆が冷水で引き締まったらザルにあけて水気を切り、砂糖と共に鍋に入れ、鍋を回して砂糖を馴染ませ、時々押すように混ぜながら中火で煮る。汁気がなくなったら少し豆を潰して餡にし、小分けにして冷ます。

 その間に蒸し器の準備をし、水にさらした米を潰して半量の上新粉に混ぜてみる。上新粉と砂糖に少しずつお湯を入れて混ぜ、生地が纏まるようによく捏ねる。この辺りの手触りで、餅の感じを調整するために、水溶き片栗粉を少量加え、纏まってきたら生地を千切って蒸し器に入れ、暫く蒸す。熱いうちに水を付けた擂り粉木でよく捏ね、生地が滑らかになったら作る個数分に分けて中に冷ました餡子を入れて包み込む。

 柏の葉も巻いて暫く蒸せば、柏餅の出来上がりだ。

 餅だけの時と餡を包んでからの二回蒸すことで、食感が全く異なるのだ。

 味見用に、水に浸して潰した米を混ぜたものと、通常の製法で作ったものを小さめに作っておき、食べ比べてみる。


「あ。やっぱ歯応えが違う」


 潰した米を混ぜた方はややもっちりとした食感の餅で、少し伸びる感覚がある。通常のは、慣れ親しんだ弾力のある歯触りの餅だ。

 他のものから移ってきた柏の葉の香りが鼻腔を擽り、懐かしさが湧き上がってくる。


 ……魔王様は、どっちが好きかな? いつもの菓子と大分違うけど、気に入ってもらえるといいな……。


 私は柏餅を持って、食堂に向かった。


「うわ! この歯が食い込んで噛み切れる時の感触と、爽やかな香りが堪らないな!」

「こちらは歯触りというより、伸びていく餅と中のアリコロージュの甘く似たものが混ざり合って、飽きの来ない美味しさですね!」

「うむ! 葉の香りを移すために蒸すことで、この餅とやらに爽やかな風味が付き、中の甘い餡とやらとの相性が良い菓子だ!」


 コンセルさんに先生、そして魔王様が、初めての食感に感嘆し、柏餅を平らげていく。

 不安が杞憂であることが分かるほどどんどん減っていく柏餅の山と、上がっている魔王様の左眉に私は安堵し、喉に詰まらせないよう注意を促し、ノートから紙を一枚取り出した。

 私はそれを正方形に切って折り曲げていく。


「……ん? シホ、菓子を食わず、何をしている?」


 私の作業に気付いた魔王様は不思議そうに私の手元へ目を向ける。魔王様の言葉にコンセルさんと先生も口を動かしながら私の手元を食い入るように見つめていた。


「……これが出来たら食べますんで。と……こうでいいんだったかな? と、出来た!」


 己の記憶を探り、手の感触で正しく折れていることを確認しながら『かぶと』を折り、テーブルの上に置いてみる。


「こ、これは?!」

「お、折り曲げていただけですよね?!」

「器用であるとは思ったが、紙が立体になるとは……!」


 私は急いで手を洗い、皿に取っておいた柏餅に齧り付く。大皿の柏餅は既になくなり、今、三人の目は私の折った『かぶと』に釘付けだ。

 それぞれが感嘆の声を上げ、様々な角度から注視し、触れるか触れないかの間隔を空けて『かぶと』を探っている。


 ……そういえば、折り紙って、元世界でも日本のものだっけ? 海外でかなりウケてる番組を見た気がするな……。


 私は懐かしさを感じる爽やかな芳香と久しぶりに噛む餅の食感、餅が餡子の甘さを諄くなく包み込んでもっと食べたい欲求を醸す柏餅を堪能し、呟く。


「もっと大きな紙があれば、被れるんですけどね」


 皆が警戒する冑を頭に乗せ、やはりノートの紙ではかなり小さいことを実感する。

 やはり幼少期、新聞紙で『かぶと』を折り、被って武将めいた言葉を適当に交わし合い、チャンバラをしていたような記憶が蘇る。

 

「な、何?! コンセル! 直ぐに大きな紙の準備を!!」

「畏まりました!!」

「すみません! 私の分もお願いします!」


 私の小さな冑を見、被りたくなったのか、躊躇いなく命ずる魔王様と、乗り気で紙を探しに行くコンセルさん。自分もと、被りたそうにコンセルさんへお願いする先生。

 ……何だか面白くなってきた。

 私は更に『だましぶね』を折り、魔王様に帆の部分を摘まんで目を瞑るようにお願いした。


「先生も目を瞑っててくださいね。いきますよ」


 魔王様が不安げに帆を摘まみ、目を瞑る。先生も祈るように指を重ね、強く目を瞑った。


「離さないでくださいね、はい! 目を開けてください」

「な!!」

「え、ええ?!」


 離していないはずの魔王様の指は、帆ではなく舟に変わっていた。


「な、何故だ?! 私は決して離していなかったぞ! どういうことだ?!」

「し、シホさんの魔法、ですか?!」

「いや、魔力は全く感じなかった……が、何故だ?!」


 ただちょっと船体側を折り替えせば帆と船体が入れ替わる折り方なのだが、魔王様と先生は驚愕して『だましぶね』を凝視している。


「種を明かしましょうか。こう折ることで、ココが動くんですよ」

「ええ?! な、何て凄い技を……!」

「こんなことで形状が変化するとは……!」


 不思議そうに曲げては戻すを繰り返す魔王様の手元を、先生が食い入るように見つめている。


「折り方、教えましょうか?」

「な、何だと?! 私にも作れるのか?!」

「ぜ、是非! 私にも教えてください、シホさん!!」


 二人に折り方を教えると、魔王様は戻ってきたコンセルさんに私と同じことをし、愕然とするコンセルさんを見て笑い声を上げた。


 ……こっちでは、こどもの日ならぬ、こどもに返る日、だな。


 私達は暫しの間、折り紙で童心に返り、夢中になって遊んだ。

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