第19話:食用ほにゃららとナッツ入りカトルカールの顛末
※蛙が苦手な方はご注意ください。
「シホさん!! ちゃんと菓子の魔力を確認してますか?!」
昼食を終えて厨房へ行く途中、先生が肩を怒らせながらこちらに近付いてくる。
魔力の粒を見るのが、あまり熱心でないことがバレたらしい。
……全く見ていないわけではないのだが、菓子を作ってるとそれに集中してしまい、つい忘れてしまうんだよな……
私が視線を反らしながら俯くと、先生は深い溜息を吐き、私を睨み付けた。
「……何故そんなに才能がありながら努力しないのですか? 私がそれだけの才能があれば、魔王様の為に尽力するのに……」
「先生、それは違います」
瞳を潤ませ、訴えかけるように語る先生を真っ直ぐに見据えながら、私は口を開く。
「本当の才能は、それに対して努力し続けられることだと、私は思います」
「……え……?」
「先生がいうには、私は魔術の素質があるそうですが、先生にいわれるまま嫌々努力したところで、恐らく大した才能は開花しないと思います。興味を持って努力し続けられることこそが、真の才能ではないでしょうか」
「……」
私の言葉を受け、先生は顔に手を添えながら考え込んでいる。
……我ながらいいことをいったな! ……今、思いついたんだが。
私が背を向け厨房へと足を運ばせると、我に返った先生の声が響いてくる。
「ご、誤魔化しても駄目ですよ?! しっかり努力し続けてくださいね!!」
やっぱ誤魔化しきれなかったか。
私は軽く会釈し、厨房の中に入った。
「……やっぱり、どういう効果とか、見ても分からないよな……」
砂糖を加えて擂り混ぜているバターを、首を傾げて様々な角度から観察する。
菓子に纏う魔力の粒はやや赤味を帯びており、果物のものよりは大きい。
幾つかの団体に分かれ、それぞれがクルクルと円を描きながら漂っている。
しかし、その動きが何を及ぼそうとしているのかさっぱり分からない。というか、分かるはずがないのではないだろうか。
……動物だって砂糖粒ほどの大きさだったら、何をしようと動いているのか分からないしな。
私は魔力の粒を睨み付けながら、少しでも大きく見えるよう近付いて注視する。
魔力の粒は、まるで感情でもあるかのように私の側を避け、菓子の周りを回り始めた。
……魔力の粒は生き物なのか?
それとも私が何かを醸し出し、それが魔力の粒の動きを妨げているのだろうか。
「……考えても分かる気がしない」
私はボウルから顔を離し、調理台に置いてあった卵を割り入れた。
篩った小麦粉とアーモンドプードル、乾煎りして砕いたナッツをサックリと混ぜる。
型に入れて焼き上げれば、ナッツ入りカトルカールの出来上がりだ。
フランス語で四分の四という意味で、卵、砂糖、小麦粉、バターを同量で作るパウンドケーキのことだ。
四分の一が四つあるため、ついた名前だそうだ。
ちなみに同じとはいうが、パウンドケーキはイギリスの菓子で、各材料を一ポンド──四百五十グラムずつ合わせたケーキらしい。
……イギリス人、量がパねえな!! って、魔王様も似たようなものか……?
思わず唸りを上げてしまった私は、気を取り直してもう一度ケーキを見てみるが、魔力の粒は相変わらず円を描いている。
……何が楽しくて円を描くんだ? てか、これも何だか小動物の類に見えてきたな……
食べることにやや罪悪感を抱き始めながらジッと見つめる。
集中していた私の耳に、何やら焦りを伴った周囲の喧騒がすり抜けていく。
「シホ!! そっち行った! 捕まえてくれ!!」
「は?」
背後からスアンピの叫声が聞こえる。
声の方角へ顔を向けると、突然、顔面に冷たい物が覆い被さった。
「グエ」
「……『グエ』? ……だとお?!!」
私は顔にくっついた物体をそっと外し、視界の範囲に収める。
肉付きの良い四肢とは対照的にぶよぶよとした腹を持つ物体──カエルの姿が私の目に飛び込んだ。
「うぎゃあああああああっっっっっ!!!」
私は手元にあった鍋やボウルを空中へ撒き散らす。
カエル目掛けて投げたい気分だが、当たって内臓破裂されても困る。けれども、何もせずジッとしてもいられない。
「退けろオオオオッッッ!!! 私の視界に入れるなッッッ!!!」
「ちょ、シホ! 落ち付けって! ……もしかしてガノイが苦手なのか?」
「うがああっっっ!!!」
錯乱する私に昔の思い出が浮かび上がってくる。
まだ小学生の頃、私は比較的何でも動物が好きだった。
雨が降ると何処からともなく現れる巨大なカエル──ツチガエルも例外ではなく、二匹捕まえて競争させたりもしていた。
しかし、雨上がりの帰り道、嫌に柔らかい何かを足裏に感じ、私は咄嗟に柔らかいものを踏む足を上げて逆足で地を踏むが、その柔らかい物体に内臓破裂を起こさせてしまう。
ショックのあまり脱兎の如く逃げ帰るが、そのカエルが無事内臓を飲み直し、元気になってくれるよう祈っていた。
今考えると、とんでもない発想だとは思うが、当時の私は真剣だった。
だが翌日の通学路、私を責めるかのように、大きなそれの死骸が横たわっている。
その翌日も、翌々日も残っているそれは徐々に水気を失い、地面に吸い込まれながら己の色を濃くしていく。
決して目を反らせない場所に、なかなか消えることのない大きさのそれが、生物から無機質な物体へと変化していく。
その様は真綿で首を絞めるように私の心を追い詰め、私はその形状を取る全ての柔らかい生き物──カエルに恐怖するようになった。
何故野生でありながら、あんなに無防備で動きの遅い生き物が有り得ないほど柔らかい体なのかが、どうしても分からない。
私はスアンピの言葉も聞かず、闇雲に物を放り投げる。
「ケーキの魔力の粒よ!! 『アレ』を何処かにやってくれ!!」
私は混乱しながらケーキを掲げ、呪文のように意味不明の言葉を叫ぶ。
すると、ケーキに纏っていた魔力の粒がケーキから離れ、『アレ』を取り囲み始める。
光に覆われて姿が見えなくなった『アレ』が再び視界に入った時、その姿はパウンドケーキと同じ形状に変化していた。
パウンドケーキが足もないのに飛び跳ねている姿を、スアンピとシロップおじさんが大きな口を開いたまま呆然と眺めている。
私が作ったケーキからはすっかり魔力の粒がなくなり、私の手の上で静かに佇んでいた。
「……このガノイ、食えんのかな……」
「やめてくれ!! 『アレ』を食うとか、冗談じゃない!!」
「え? けどシホ、気に入って食……」
「スアンピ!」
シロップおじさんが眉根を寄せながらスアンピの言葉を遮る。
……気に入って……食……食っちゃってたのか?! 私は!!!
私は全身の力を失い、ケーキを調理台の上に置き、その場にへたり込む。
このカエルはどうやら食用で、下処理をした物の中に、気絶していたのが紛れ込んでいたらしい、のだが……
「夕食のメニューは変更しますので、ご安心を」
「……すいません、お願いします……」
シロップおじさんはケーキの姿に変形したカエルを素早く掴むと、足早に奥へと去っていく。
私は調理台にもたれ掛かりながら深い溜息を吐いた。
「ケーキを投げ付けないのは流石だけど……コレから魔力奪ってんだよな? 味とか変わってねえか気にならねえ?」
「……うーん……確かに……」
全身が虚脱感を帯び上手く動かないが、いわれてみれば確かに気になる。
私は調理台を掴んで立ち上がり、手を丹念に洗い、触った部分を綺麗に拭き落としてスアンピに洗浄させてから、ケーキの端を薄く切る。
それを口に入れた途端、私は眉根を寄せケーキの切れ端を凝視する。
半分受け取ったスアンピもケーキを口に入れた途端、眉間に皺を集めて考え込んだ。
「……材料、何使った?」
「……卵……アフにギュール、シガルとオージュの粉……あと、ユナモの粉とノイドマ……だけど……」
「全体的に味が薄まってんな」
オージュの粉とは小麦粉のことだ。
私の解説にスアンピは相槌を打ちながら、ケーキの切れ端を注視している。
魔力の粒を放出させたケーキは味のバランスはいいのに全体的に味が薄まっており、その味の割にふわっとしたケーキの食感がある。
この味なら、もっと気泡が作れず固い感じになるはずで、この食感なら、もっと小麦や卵などの味がしっかりとしているはずなのだが、そうではない、不可思議な菓子だ。
ただ、中に入れたナッツだけは加工菓子と違う魔力なのか、味を失わずに元の濃厚な風味を保っている。
ケーキの魔力の粒が赤味を帯びたものに対し、材料は透明感のある小さな粒だ。
もしかしたら無意識に、赤味を帯びた方だけを操作したのかもしれない。
私が顎に指を当て思考を巡らせていると、何やら考え込んでいたスアンピが厨房奥へ視線を移動させながら呟いた。
「……このケーキの味が薄まってる分、ガノイに味が移動したとか、有り得そうだよな」
「やめろおおおッッッ!!! 口の中が嫌な感じになるッッッ!!!」
「……何でだよ。確かにガノイが苦手な女は多いけどお前もそうだとか、どう考えてもおかしいだろ」
「五月蠅い黙れ将来禿げてデブれ」
「何の呪いの呪文だッッ?!!」
自分が食べたケーキの味が、カエルにも移動しているとか言われるとカエルを食べた気分になり、何だか口の中が気持ち悪くなる。
私はスアンピを罵倒しながら、調理台の水道で口の中を注ぐ。
私の言葉を呪いの呪文だと信じているのか、スアンピは顔色を青ざめさせ、頭や腹を撫で回していた。
……安心しろ、シロップおじさんも禿げてるしちょいデブだが、私の中ではナイスガイだ。
私は口元をタオルで拭いながら、ケーキへと視線を落とす。
菓子の時間まであと二十分ほど。
新しいケーキを作る時間はないようだが……
「菓子は出来ているだろうな、シホ」
「随分賑やかだったみたいだけど、何かあった?」
廊下にも騒ぎが聞こえていたのだろうか。
魔王様とコンセルさんが心配そうに眉を顰めながら厨房に入ってくる。
「魔王様、すみません。魔力の粒を使ったら、ケーキの味が薄くなっちゃいました」
「……何?」
「え? どういう意味?」
私が頭を下げて魔王様に事情を説明すると、魔王様とコンセルさんは顔を見合わせて首を傾げる。
食べ物の魔力の粒を奪うと味が薄くなるという概念は異世界にもないらしい。
……もっとも、魔力の粒を操作するということ自体が、可怪しいらしいが。
私も首を捻りながらケーキの端を薄く切り、魔王様とコンセルさんに手渡す。
ケーキの切れ端を口に入れた魔王様とコンセルさんは目を見開き、再び顔を見合わせた。
「……なるほど。確かに味が薄いな」
「へえ、魔力の粒に味が付いてたんですかね?」
「それだと、今は魔力の粒が全く見えないこの菓子に、僅かでも味があるのは、おかしい気もするんだけど……」
「シホはどうやら全ての魔力の粒が見えている訳ではないようだからな。菓子から全ての魔力の粒が消えた訳ではないのかもしれんし、魔力の粒に味が付いている訳ではないのかもしれんが……前例が全くないので分からんな」
コンセルさんの感想と魔王様の説明に、私は頷きながらケーキへ視線を移動させる。
魔王様もケーキを訝しげに見つめながら口を開いた。
「……まさか、これが今日の菓子か?」
「一応その予定でしたが……まさかこのまま出せませんよ。駄目元で加工してみます。失敗したら魔王様用に寝かせてあるクッキーを出しますんで」
「?!!」
驚愕の表情を作り上げる魔王様を尻目に、私は黒光りするまで焼き上げ追熟させておいたバナナを冷蔵庫から取り出した。
生クリームを冷蔵庫から取り出し、そこに砂糖とバニラオイルを入れ混ぜる。
私が作業を始めると、魔王様達はこちらをチラチラと振り向きながら食堂へ向かったのか、厨房を後にする。
一口大に切ったケーキを軽く焼き、ケーキの水分を奪ってから液の中に浸しておく。
フライパンにバターと砂糖を入れ、バナナに絡めるように炒めてシナモンパウダーとレモン汁を振り掛ける。
お酒を入れてフランベさせると、バナナフランベとかバナナフォスターとかいわれる菓子になるが、万が一コンセルさんを酔わせては困るので割愛した。
焼く少し前に液へ混ぜた卵を加えて浸し、ケーキの表面に砂糖を塗してバターで焼き上げる。
バナナソテーを添えれば、元(?)ナッツのカトルカールのフレンチトースト(?)の出来上がりだ。
漬け込み液に卵を混ぜないと、生地に早く液が浸透するが、コクが弱いので、焼く少し前に卵を加えてみた。
牛乳ではなく生クリームを使うことでより濃厚に仕上がる……はずだが……
私は意を決して、出来上がったケーキを口に入れる。
バターの香ばしい香りとコクを伴いながら、柔らかな生地から生クリームの旨味と砂糖の甘味が口の中に広がっていく。
ナッツの香ばしさと、トロリと蕩けるバナナの甘味に、少し苦みのあるキャラメルが口の中に変化を齎すことでケーキを飽きさせない味にしている。
「……よし、これでいいだろう」
ナッツのカトルカールも味わいたかったが、これはこれで美味しいし、またの機会に作ればいい。
私はケーキを皿の上に載せ、念の為焼き上げたクッキーを籠に入れて食堂に向かった。
「こ、これが、あのケーキだったものか?!」
魔王様は恐る恐る皿の上のケーキを切り分け、口に運ぶ。
その途端、魔王様は瞠目し、左眉を上げながら声を張り上げた。
「加工ってこんなに変わるんだな! シホちゃんの、お菓子に対する情熱は半端ないな」
「最初の頃は失敗ばっかだったからね」
コンセルさんも目を見開き、ケーキを注視しながら感心したように呟く。
子供の頃作った菓子は、レシピ通りにやってるつもりでも失敗だらけだった。
しかし母が捨てることを決して許さず責任を持って平らげさせられるため、いつしか加工する技術を覚えたのだが、こんな所で役に立つとは思わなかった。
私は軽い笑みを浮かべ、紅茶を啜る。
「……努力出来ることにこそ、才能がある、と仰る意味がよく分かる菓子ですね。流石シホさんです。私の浅慮では太刀打ち出来ません……」
「い、いや、そんなことは全然……」
咄嗟の言い訳を真に受けた先生が、溜息を吐きながらケーキを頬張っている。
私は罪悪感に胸を詰まらせながら先生へ両掌を向け、左右に振りながら否定する。
そういえば先生は魔術や魔法の研究者で、大分熱心に研究を続け、己の研磨に余念がないらしい。
そこまで入れ込んでいるから、魔力の粒が見えるという、どうやら人間では稀有らしい才能を持った人間が、努力を怠り技術を向上させないことに憤りを感じていたのだろう。
……しかし、菓子作りに熱中することで頭が一杯だし、これ以上努力項目は増やせないしな……だがしかし……
私が葛藤で脳内に現れた天使と悪魔の言葉に揺れていると、こちらの様子を注視していた先生の表情に満面の笑みが浮かび上がる。
「シホさんは菓子作りと魔力、どちらにも素質と才能があるんですよ。ですから、魔力研究も精一杯、努力してくださいね」
「……ぜ、善処します……」
やはり先生のほうが、理屈も屁理屈も一枚上手のようだ。先生は穏やかな微笑みに有無を言わせぬ迫力を纏わせている。
私は額から滴る汗を感じながら精一杯の笑みを返す。
そんな私の様子に、魔王様とコンセルさんが顔を見合わせ苦笑した。
「……ところで、菓子が進んでいないようだが、具合でも悪いのか?」
「いや、いえ! 味見で結構食べちゃったんですよ。もうお腹一杯で」
「そうか? なら良いが……」
「そうですよう! ほら、もっとドンドン食べてえ!!」
魔王様が私の手元に視線を移し、眉尻を下げて尋ねてくる。
……カエルと味を分かち合ったかもしれないケーキは、あまり食べたくない、なんて……いえないよな……
私は罪悪感を押し殺し、訝しげに見つめてくる三人に満面の笑みを返して、懸命にご奉仕した。




