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第14話-1:訪問者×訪問者=異世界旅行?

 この世界には七つの大陸があり、大陸ごとに魔族と地人族が領地を巡って争いを起こしているそうだ。

 各大陸ではそれぞれ王が君臨しており、要するに後七人は魔族の王……則ち『魔王』が存在することになるらしい。

 他の種族である獣人族と妖精族も、やはり各大陸ごとに王がいて、自分達の領地を統治しているのだが、獣人族は他族に関心が薄く、マイペースタイプで、魔族と地人族の争いに関与せず。妖精族は他族を忌み嫌い、引き籠もりな性質らしく、やはり魔族と地人族の争いに関心を示さないようだ。

 しかし、獣人族も妖精族も森を好むため、此方は此方で、森での領地獲得に若干の争いが起こっているらしい。


 それら全ての人間が滅びないように色々動き回るのが、精霊王であるマリンジさんと、その補佐役である魔王様なのだそうだ。

 道理で魔王様は色々甘い……いや、お人好し……違う、優しいと思ったよ。

 想像通りの人格である魔王の所に辿り着いていたら、私の命は潰えていたことだろう。

 今まで以上に感謝を示さねばと思いながら、昼食前、魔王様の執務室に呼ばれた私は魔王様に揉み手をしながら猫背になってみる。


「……何だ、その体勢は」

「……敬意の表れを……お気に召しませんか?」

「……ああ。気味が悪いぞ……」


 何ということだろう! 私の商人風敬意の示し方は、お気に召さなかったようだ。

 私は右手を曲げて胸元に当て、足をクロスするように右足を引いて甲を地面に付けながら頭を下げ、左手を地面と平行に伸ばした。

 bow and scrapeという紳士のお辞儀だ。


「……頼むから普通にしてくれ」


 これもお気に召さなかったらしい。

 魔王様の眉間の皺はより深く刻まれ、手で目元を押さえながら項垂れている。

 折角敬意を示しているのに、魔王様は我が儘だな。

 私は仕方なく、いつも通りに振る舞った。


「……よくしなるヘラと、熱伝導率の良い型だ。欲しがっていただろう?」

「これは、これは! 有り難うございます!! 熱伝導率のいいボウルも一つ欲しいですね~」


 デスクの下から布袋を取り出して私に手渡す魔王様に、感謝と要望を伝えながら私は布袋の中を漁る。

 金属製のヘラは平らでよくしなり、木目のような、油を垂らした水面のような模様が入っている。

 妙にキラキラとしたシフォン型は、ミスリル製よりは重いがオリハルコン製よりは軽く、日陰に置いてあったにしても、妙に冷たい。


 ……この冷たさは、熱伝導率の良さを表しているのだろうか?


 私が食い入るようにヘラと型と眺めていると、魔王様が満足げに頷きながら口を開いた。


「うむ、その金属でボウルも作らせよう。……今までの品の使い心地はどうだ?」

「かなりいいですよ。オリハルコンのボウルはハンドミキサーを使っても安定してるし、傷一つ付かないので重宝してます」

「……ではもう一つ作らせ……」

「それはいいです! 一個で十分です!」


 私の言葉に気を良くした魔王様がオリハルコンのボウルを追加してくれようとするが、言葉が終わる前に慌ててそれを拒絶する。


 やはりオリハルコンは、この世界で最も稀少な金属の一つだった。

 オリハルコンの小型ナイフ一つで、世界中の人々が争い合うレベルで、だ。

 そんな金属を使った調理器具を持っているとバレた日には、私は世界中から攻撃を食らうことだろう。


 ……そもそも、安価な金属で作ったボウルで十分なのだが。


 私の言葉に魔王様は寂しそうに眉尻を下げるが、気にしてはいけない。


「他に欲しいものがあれば……」


 魔王様が私に向き直り、言葉を紡ぐや否や、部屋にある右奥の扉へと視線を移動させる。

 何事かと思った私も目を向けようとすると、扉が猛然と開かれる音がする。

 轟音の元には、頭部が黒山羊に似ている、黒い西洋甲冑に身を包んだ大きな男が、不敵な面構えで立ち現れた。


 ……バフォメットとかいう悪魔の男バージョンか?


 元の世界にいた時、本かゲームか何かで見た、山羊顔に女体の悪魔像を思い出させる風貌だ。

 謎の男の出現に、魔王様は私の方へ腕を伸ばし、庇うようにその背に私の姿を隠した。


「……よう、サジェス様あ、話はマリンジ様から聞いたぜえ? ……そいつが危険分子かあ?」


 地を這うような野太い声が執務室を木霊する。


 ……危険分子とは、私のことだろうか? ただの菓子職人を危険扱いとは失礼な山羊だな!


 だが、山羊男は話題の主であるだろう私を無視し、魔王様を覗き込むように首を動かしている。

 魔王様は完全に私を背に隠し、不機嫌な声色で正面にいる山羊男を威圧した。


「……シェーヴ、お前にその扉を通る許可をした覚えはないが……?」

「……そ、そこは……、まあ……? 色々と、コネクションを使わせてもらって、だなあ」


 山羊男は魔王様の貫禄に押されつつも、何かを思い出したのか直ぐに平静を取り戻し、下卑た笑みで挑発的に言葉を放つ。


「……チッ、マリンジの奴……」

「ッッッ?!! ……おおっとお?! そ、そいつあ、分からんぜえ?」

「分からんことがあるか! 此処のパスコードを知っているのは、私以外にはマリンジしかいない!」

「……ッッッ?!! なッ?!」


 バレるはずがないと高を括っていたことが呆気なく露呈したようで、山羊男は焦りのせいか挙動不審になっていた。

 だが、私はその言葉に違和感を感じ、回顧する。


 ……あれ? 苺もどき狩りの時に扉を開けたのは、コンセルさんじゃなかったっけ?


 思い違いかと思わず魔王様の顔を見上げると、その視線の意味に気付いたのか、扉の仕組みを解説してくれた。


 この移動用魔方陣のある部屋は、魔王様が直接許可を出した者以外は、パスコードを入力しないと入れないのだが、コンセルさんなど、魔王様の仕事上転移部屋を使わせる必要があり、信頼に値する人達は既に魔王様が許可を出しており、魔力の質や流れなどが正常な状態の上、本人の意志であるならば、パスコードを一々入力せずとも、中に入れるのだそうだ。

 つまり、操られていたり脅されていると、どうやっても扉は開かず、パスコードを入力しなければならない。

 だが、許可を出せばいいことだ、と、魔王様はパスコードを誰かに話したことはなく、然もパスコード設定時に側にいたのは、マリンジさんのみだったそうで──……。


 何故、マリンジさんが山羊男に魔王様のコードを教えたかは、分からないが──……。

 この山羊男は、自分が現れた理由が分からず魔王様が慌てふためく様を想像して勝ち誇ったような笑みを浮かべていたのかと思うと、かなり恥ずかしい展開だ。

 私が微かに笑い声を漏らすと、山羊男は黒い毛皮に包まれた顔を赤く染めながら私を睨み付ける。


「き、貴様あ! いけすかねえ奴ってのは本当のようだなあ!! 第七大陸魔王シェーヴ様が、直々に引導を渡してやるぜえ!!」


 山羊男は自ら名乗りを上げ、背負っていた大きな鎌をこちらに向けて振り下ろそうとする。が、魔王様の指一つでその動きは強制的に制止させられる。

 鎌の刃部分に魔王様の人差し指が当てられ、山羊男が力を込めて動かそうとしても、鎌はピクリとも動かない。


 ……おお! 魔王様、力もごっついチートですな! てか、よく指、切れないな……。


 山羊男は体中の筋肉を盛り上げ、体を震わせながら魔王様を睨み付けた。


「邪魔すんなやあッ! エセ魔王ッッ!!」

「……失せろ、雑魚魔王」


 魔王様が軽く人差し指を押し返すと、山羊男の体が吹き飛ばされていく。


「ゴアアアアアアアッッッッッ!!!」


 その体は窓ガラスを破壊し、ベランダの床に叩き付けられてベランダの柵にぶち当たり、漸く制止した。

 完全に実力が違いすぎる。マリンジさんは何を考えて、こんなのに協力したんだ?

 それに……何故私を危険分子扱いするのかは、異世界人だからなのか、何か不審を抱かせる真似をしてしまったのか。だが、魔王様と連携せずに行動する理由が、今一つ分からない。

 しかし私を始末しようにも、魔王様の執務室を通させれば、甘味王である魔王様に阻止されると思わなかったのだろうか?


 ……そこまで頭が悪そうには見えなかったけど……何か別の意味がある、とか?


 魔王様は体中からドス黒い怒気を放ちながら、一歩ずつゆっくりと山羊男に向かって歩を移す。


「……貴様如きがどうにか出来ると思ったか? 己を知れ」

「……ウ……ぐっ! こ、これは、想定内だぜえッ!」


 斜に上体を起こした山羊男は、鎧の隙間から掌くらいの丸い球体を取り出し、魔王様へ投げ付ける。

 が、魔王様は虚空から大量の粒が集っている剣を具現させ、球体を軽く往なすと、剣先を山羊男の喉元へと突き付けた。


「……なっ?!」

「……やはり、術を授かっていたか……。……マリンジは何をしろといった……?」

「……な、なな何のことだかあ、ねえ……ヒッ!!」


 目を逸らし、体毛から冷や汗を滴らせる山羊男の喉に鋒が近付き、血が滲み出る。

 山羊男は喉を鳴らし、涙目で両手を上げ、降参の意を表した。


「……わ、悪かったああっ!! お、俺が、悪かったあ! 全部話すからよお! 剣を退けてくれやあッッ!!」


 その言葉に、魔王様は無言で剣を虚空へ帰す。が、山羊男の掌から、先程と同じような球体が飛び出し、魔王様に直撃した。


「……なっ?!」

「……ハハッ! やっぱり甘えなあ! こっちが本命だぜえ!」


 球体は魔王様に当たると、その光を四散させ、魔王様の体を取り巻き始める。

 その光に包まれた魔王様は、苦しそうに体を屈めながら光を追い払おうと手を動かすが、光はその場から離れようとしない。


「ま、魔王様?!」


 初めて見る魔王様の苦悩の表情に、私は慌てて魔王様の元へと駆け出す。

 それに気付いた魔王様は、眉をしかめながら私の方を向こうとし、懸命に口を開いた。


「……駄目だ、シホ……ッ! こっちへ来るな……ッ!!」


 魔王様の声は耳に届いたが、混乱のあまり何をいっているのか頭が上手く働かない私は、魔王様を包む光を動かそうと傍らにしゃがみ込む。

 これも魔力の粒の一種なのだろうか? だとすれば、どうにか動かせるはずだ。

 光に集中し、光の粒を操作し始める。


 ……かなり動かし辛いが、何とか動かせそうだ。


 除去可能な光を前に少し安堵の息を漏らす私へ、山羊男の鎌が頭上から振り下ろされる。


「シ、シホッッ!!」


 魔王様の絞り出すような叫びが響き渡る。

 私は咄嗟に魔王様から頂いた型でそれを受け止め、反射的にヘラを山羊男に向かって振り抜いた。


「ぐ、がああ?!!」


 私のヘラが、身をしならせながら山羊男の鎧ごと、その体を切り裂く。

 山羊男は胸元から鮮血を撒き散らし、鎌を構えつつ表情を歪ませながら傷口に手を当てた。

 

 ……こんな切れ味のいいヘラ、危なくないか?!


 ヘラの切れ味に困惑しながらヘラを見入る。と、山羊男が眉尻を吊り上げ、絞るような声で私に話し掛けてきた。


「……なるほどお……なかなかやるじゃねえかあ、嬢ちゃんよお……」

「……いや、そこまで痛手を負わせる気じゃ……」


 本当は受け止めるだけのつもりだったのだが、何故か反撃してしまった。……身に付いた習慣は恐ろしい。

 先程まで苦悶に満ちた顔をしていた魔王様も目を見開き、痛みに耐えながらも呆気に取られた表情で私を注視している。


「……一応、それも想定内といわせてもらおうかあ!」


 山羊男は鎌を片手で振り下ろし、もう片方の手を私に翳す。

 思わず型で鎌を受け流すが、翳された掌から出た術により、私の体を何かが拘束し、私はその場に倒れ込んだ。


 ……仕舞った、魔術の方には集中してなかった……!


 これはマリンジさんのではなく、前に召喚師の手下から受けた術に似ており、声を出そうにも口が動かない。

 辛うじて息は出来るのだが、声を発する分の空気を吐くことが出来ない。

 体を動かそうにも、指の関節一つ、動かすことも出来ない。


 そこへ山羊男が鎌を構え、私の側へと歩み寄ってきた。


 ……私の命もこれまでか……?!


「……不意に弱いってえ情報も本当みたいだなあ……!」

「……シホッッ!! くっ! き、貴様あ!!」


 魔王様は私の危険を察し、苦痛に満ちた表情で体を動かし、前屈みで全身に力を込める。それは全身の筋肉か、魔王様の魔力か。魔王様の体が膨張するようにも見え、服が弾けそうな音を立てつつ、魔王様の体内からほとばしる閃光が、体を纏っている発光体を圧迫し始める。


「くはあああっっっ!!!」


 魔王様が大きく息を吐くと、その力に押し出されるように、魔王様の体から光の粒が吹き飛ばされ、周囲に霧散していった。


「……な、な! 精霊王の術を吹き飛ばしただとお?!」

「……語るに落ちたな、シェーヴ……。今更ではあるが」


 鎌を構えながら後退りする山羊男に、魔王様は眉間の皺を可能な限り引き寄せ、魔王らしい、暗黒の気迫を伴いながら詰め寄っていく。

 と、魔王様の部屋から小さな影が素早く私の横を通り抜け、魔王様と山羊男の間に入り込む。


「ちぇすとーーー!!」

「?!!」


 山羊男の前に立ちはだかった小さな女の子が、両手を左上から右下へと振り抜くと、そこから十本の閃光が走り、山羊男の体を切り刻む。

 更に少女は右上から右下へ、何度も腕を振り下ろし、山羊男の体を粉微塵に破壊する。

 山羊男が声を上げる間もなく、血飛沫を撒き散らしながら細切れになると、私の体を拘束していた力が失われ、体の機能を取り戻した。


「……相変わらず手荒い転移魔法だな……」

「やはり殺した方が良かったかのう? サジェスにあんな顔させたような奴じゃしのう……サジェスのあんな顔、儂ゃ初めて見たぞ」

「……いや、流石に魔王を倒すのはまずいだろう。……すまない、プレジア。助かった、有り難う」

「いやいやいや、どう見てもサジェスが倒す所じゃったし、儂は余計なことをしたかと思ったんじゃが、そういってもらえると嬉しいのう!」


 少女は魔王様の言葉に頬を染め、頭を掻きながら笑みを浮かべている。


 ……あの細切れ行為は、転移魔法だったのか。


 確かに、床には血の後が多少残ってはいるが、それにしては出血量も少なく、何より、細切れで残っているはずの男の肉片が見当たらない。


 ……こんな状態になって転移するなら、どんなに遠くても、自分の足で歩く方がマシだろう……。


 しかし、それよりもこの幼女だ。

 年の頃は四~六才くらいだろうか?

 真っ赤な緩いカーブを描く長い髪は、一房ずつ頭の両端上部で結い上げたツーサイドアップにし、レースの付いた銀色の詰襟ブラウスの上には、銀糸の刺繍が入った黒いケープを纏っている。

 胸元から裾に広がる膝上の赤いフレアワンピースの腰部分を幅広のリボンで結んでおり、白いタイツか靴下に黒の革靴を履いている。


 ……随分と可愛らしいお嬢さんだが、何者だろうか?


 気の強そうな、くりっと大きな金色の眼も、実に愛らしい。

 その可愛さに思わず見惚れていると、魔王様が何やら焦りながら声を掛けてきた。


「……どうした、シホ。まだ何か具合が悪いか?」

「……いえ、こちらのお嬢さんは?」

「儂か! 儂はサジェスのコレじゃ!」


 幼女は見た目に反し、下品な笑みを浮かべながら中指を立てる。


 ……中指、だとッッ?!


 元の世界だと結構危険なワードが入るのだが、こちらの世界ではどうなのだろうか?

 私が驚愕の表情で少女を見つめていると、魔王様が少女に正しい使用法を説明しつつ、私に弁明する。


「……違うぞ。恐らくお前がいいたいのは小指…………いや、全く違う。精霊界の友人だ」


 なるほど、意味はどうやら元世界と一緒でいいらしい。

 精霊界というと、この子も精霊なのだろうか?

 私は魔王様から視線を外し幼女に目を向けると、首を傾げながら幼女は中指と小指を見つめ、口を尖らせて考え込んでいた。


 ……何か可愛いな、このコは!


「……ところで、プレジア。何用かあったのではないのか?」

「おお! そうじゃ、そうじゃ! 忘れる所じゃったわい!」


 魔王様が話し掛けると、幼女──プレジアは頭を上げ、真っ直ぐに私を見つめる。


「此奴とじっくり話がしたかったのじゃ! という訳で暫く借りてゆくぞ!」

「なっ?!」


 プレジアが私に抱き付いたかと思うと、その体を一気に浮上させる。

 結界は激しい音と光を漏らしつつも、プレジアは物ともせず結界を突き抜ける。


 ……この結界、本当に大丈夫なんだろうか?


 結界の心配をしつつ、抗う術のない私はプレジアにその身を任せた。

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