第14話-2:異世界旅行とパンビー
「さ、食べるがよい! 此処は儂のお気に入りの食堂でのう!」
「おお! 美味そうですね!」
私は今、何故か何処かの宿屋にある食堂にいる。
大きな柱と煉瓦の壁が周囲を覆い、部屋の中央にある大きなテーブルを囲むように簡素な椅子が幾つも並べられている。
壁際にも、幾つか小さめのテーブルが設置されており、その一つにプレジアと向かい合って座っていた。
テーブルの上に出された食事は、城で出されるものとは雰囲気が異なる庶民風で、親しみが湧く豪快な盛り付けだ。
大きめの皿には野菜炒めが山盛りにされ、その上には大きめに切り分けられた肉の塊。そして全体にチーズのようなソースが掛けられていた。
備え付けはパンとスープに果物だろうか?
黒っぽい生地のパンに黄金色のスープ、そして半分に割られて紫色の果肉を見せた、柑橘っぽい緑色の皮の果物が置かれている。
……そういえばまだ昼食を食べていなかったな。
私が手元に置かれたフォークとナイフを手に持つと、既に食べ始めていたプレジアが口に肉を突っ込みながら話し掛けてきた。
「儂に敬語なんぞよいわい。もっと親しみを込めて話すのじゃ!」
「んあ?! そ、そうですね……」
見た目は幼女だが、話し方も風格も堂に入っている。
何だかタメ語で話しにくい雰囲気なプレジアさんは、きっと見た目通りの年齢ではないだろう。
私が躊躇いながら言葉を濁していると、プレジアさんは徐にナプキンで口元を拭き、両手を頬の辺りに当てながら瞳を潤ませ、上目使いで私に 視線を向けてきた。
「……おねえちゃん。あたし、おねえちゃんと、もっと、なかよくなりたいなぁ……♪」
「……うっ! あ、あざとッッ!!」
何というか、実にあざと可愛い……!
美幼女の潤んだ瞳とか、上目遣いとか、手の当て具合とか、緻密な計算によって為されているのであろうことはよく分かるのだが、実に可愛い……っ!
「……プ、プレジア! 今度その髪でポニーテールとかツインテールとか編み込みとか、やっていいかな?!」
「……まあ、構わんぞ?」
私の前のめりな気迫に若干押されつつ、プレジアは元通りの口調に戻り、再び頬を倍くらいに膨らむ程、肉を頬張り始めていた。
三~四人前ほどあった肉は、既に半分ほど無くなっている。
私も慌ててナイフとフォークを構え、肉を口に詰め込んだ。
「さて! 腹も満ちた所で、腹熟しと行くかのう!」
「早ッ! てか、野菜も食べなさい、野菜も!」
肉を平らげたプレジアはナプキンで口元を拭き、さっさと外に出ようとする。
下に敷いてある野菜炒めやスープ、パンに果物の立場は?!
私は机を人差し指で叩きながら、プレジアを睨み付ける。
私の様子にプレジアは眉尻と口端を下げ、物凄く嫌そうに私を見返した。
「……おぬし、『おかん』みたいじゃのう……。『おかん』という者はいたことがない故、よく知らんのじゃが」
「え?! 母親が……いたことがない?」
既に亡くなった、という含みの話し方ではなかったため、疑問に思い鸚鵡返しをすると、プレジアは目を瞠って首を傾げる。
「そもそも精霊は、精霊界にある『精霊の泉』に湧く精神体じゃ。人間のように親や性別、体や寿命などもないんじゃ。魔力が枯渇したら、体も残さず消え失せるのみじゃ。この体も、人間に合わせて具現化しておるだけじゃしの。……知らんかったかのう?」
「知らんかった……」
人間と精霊の違いがいまいち分からなかった私に、衝撃が走る。
精霊とは、心を持った魔力の塊みたいなものなんだろうか?
私が考え込みながらプレジアを凝視していると、プレジアは苦笑して私の肩を叩いた。
「……まあ、あまり考えずともよいことじゃ。それより腹熟しに行くぞ!」
意外と強いプレジアの力に引き摺られ、私達は食堂を後にした。
……野菜とか食べさせられなかったー!
けど、精霊だから、いいのか?!
という訳でプレジアと私は今、何やら薄暗い城の前にいる。
私達はプレジアの力で空から来たために辿り着けたが、城の周囲は底の見えないマグマに覆われ、容易には近付けないようになっていた。
城壁には蔦が絡み、上空を暗雲が立ち込め、黒い鳥のような生き物が飛び交っている。
……嫌な予感しかしねえ……!
「サクッと第七大陸魔王を倒してしまうのじゃ!」
「何で腹熟しに魔王討伐?!」
片手を元気よく上げ、笑顔で宣誓するプレジアに、声を荒げて疑問をぶつける。
然も第七大陸魔王って、さっき会った山羊男じゃなかったか?!
私の質問にプレジアは眉を顰め、唇を尖らせながら見上げてくる。
「じゃが、彼奴はサジェスにあんな怖い顔をさせたのじゃぞ? 死をもって償うべきじゃ!」
「……いや、でも魔王様が、魔王を倒しちゃ拙いっていってたけど?」
第七大陸の魔族を統べる魔王を殺したら、大陸の魔族は大パニックだろう。
そんな混乱は、人間を守る魔王様の意に沿わないはずだ。
現に、魔王様は殺しちゃ拙いといっていた。
私の言葉にプレジアも魔王様の発言を思い出し、眉間に皺を寄せながら腕を組み、思い悩むように目を伏せる。
しかし直ぐに妙案が浮かんだらしく、目を見開いて空を見上げ、満面の笑みで振り返った。
「なに、通りすがりの勇者が倒したことにすれば、何の問題もないじゃろうて!」
「勇者って通りすがんの?!」
「……シホはゴチャゴチャ五月蠅いのう……」
「せめて名目があればいいんだけどね……」
頬を膨らませて外方を向くプレジアがちょっと可哀想になり、私は魔王討伐という大義名分になりそうな、表向きの理由を求めて呟く。
私も魔王様のあんな怖い顔は初めて見たし、それに対する憤りを山羊男に感じなくもない。
それに自分も不意を食らって無力化されたことは、多少なりとも蟠りが残る所だ。
……自ら進んで関わろうとは思わないが。
しかしプレジアは上手い名目が見つからないのか、口元に手を添え首を傾げている。
……どうしよう。この可愛い生き物、持って帰って撫でくり回したい……!
「……サジェスを怒らせた、では拙いのかのう……? 他に何が……?」
「うんうん。魔王様の元に返って、ゆっくり甘い物を食べながら魔王様に相談しよう?」
「甘い物?! いやいや、まだ儂は本懐を遂げておらんのじゃ! サジェスの元へは帰さんぞ?!」
宥め賺してみたが、なかなかプレジアはこの場を離れようとしてくれない。
……困ったな。
私が考え倦ねていると、背後から人の気配がする。
……あれ?! ……まさか……?!
……いや、ここは異世界だ、有り得ない。
「……史帆、か?! 探したぞ!」
「……やっぱり、玲子……か?!」
己の中に浮かぶ人物像を否定していると、向こうから私に声を掛けてくる。
中学時代の親友、兼元玲子だ。
真っ黒な長い髪を、ポニーテールというよりは侍結いという方がしっくりくる髪型に結い上げた、精悍な顔付きの美女だ。
一七十センチほどあるやや高めの身長に、ほっそりとした体と、すらりと伸びた四肢。
ハイネックの黒いシャツの上には、銀の軽鎧のような物を纏っている。
下は茶色いキュロットのような物に銀色の長いブーツを履いており、その手には細長い剣が握られていた。
……何故こんな所に? てか、ちょっと見ない間に随分大人っぽくなってないか?
久しぶりの再開に複雑な心境で玲子を見つめていると、玲子は片手を腰に置き、眉を吊り上げながらこちらを睨み付けた。
「……探した、と言っているだろう? こんな遠くで何をしていた! ご両親がずっと心配なさっているぞ?!」
「……それは、此処にいるお前も、ってことになるんじゃないか? 何故こんな所に?!」
探した、という割に淡々と話しているのは、玲子の性格だ。
こいつのことだ。恐らく私が突然行方不明になった噂を聞き、色々当てもなく探してくれていたんだろうが、きっと途中で会う人々に戦いを挑み、もっと強い奴と戦いたくなり、本来の目的を忘れて流離っていたのではないだろうか。
しかし、こんな所に──……一体どうやってここまで来たんだろう?
私が玲子のこれまでの行動を想像していると、玲子は溜息を吐きながら更に眉を吊り上げた。
「……あれから五年も経つ。お前の両親の心配は、私の親の比ではないわ! そもそも私は初中後旅をしているからな。多少の事では心配なんぞ……」
「ちょっと待った!! 今、何年って?!」
私がこの世界に来て、まだ半年も経っていないというのに、妙な日数を聞いてしまった。
私が玲子の胸座を掴み、驚愕の面持ちで玲子に迫ると、蚊帳の外にいたプレジアが私と玲子の間に入り込み、私の顔を覗き込んだ。
「……此処じゃなんだしのう。攻め込む気も失せた故、儂の隠れ家にいかんか? 儂にも其方のご婦人を紹介してほしいのう」
確かに聞きたいことは山のようにある。
恐らく玲子もそうなのだろう。
プレジアの顔を不思議そうに見つめつつ、その言葉に納得がいったらしく微かに頷いている。
こうしてプレジアと玲子、私は第七大陸魔王城前を後にした。
小さな村の片隅、木々に囲まれた空間の中にプレジアの隠れ家はあった。
その家は、隠れ家という名に相応しく、少々小さい。
石造りの壁に囲まれた木の扉を開けると、いきなり台所が存在し、その奥にテーブルセットの置かれたリビングダイニング、そこから左の扉を抜けると、ベッドが置かれた私室がある。
私室には梯子が置かれているため、恐らく屋根裏でもあるのだろうが、一見平屋の小さな家だ。
ただ、一部屋一部屋は結構な広さがある。
台所も十畳はありそうな広さで、外と同じ高さの床には、打ちっ放しのような石が敷かれている。その扉側の壁際には洗い場とコンロ、魔術冷蔵庫の上にオーブンが並べられ、右奥の壁には食器棚などが並べられている。
部屋の中央には恐らく作業台なのだろう。椅子のない、少し背の高いテーブルが置かれていた。
私は台所の作業台に、プレジアに買ってもらった小麦粉と砂糖、卵に牛乳を並べ、置いてあった木のボウルに卵黄と砂糖を入れ、混ぜ始める。
メレンゲも作り、そこに卵黄液を入れてサックリと混ぜ、粉を篩いながら混ぜ入れる。
浄化魔術で綺麗にした天板に、これをこんもりと載せ、表面をある程度平らにしてから、分量外の薄力粉と粉砂糖を順番に篩い掛ける。
そこに、包丁で格子状に筋目を入れてから、オーブンで焼いていく。
その間に、中へ入れるカスタードクリームを作っていく。
砂糖と卵黄をよく擂り混ぜ、小麦粉を入れて粉が見えなくなる程度に軽く混ぜる。
そこに沸騰直前まで温めておいた牛乳を少しずつ加え混ぜてから、その液を漉しながら鍋に移し、中火に掛ける。
液にとろみが付き、更にもったりするまで混ぜ続けたら、カスタードは完成だ。
何時もは冷やすことが多いが、今回は全体に冷ます時間がなさそうなので、温かいままでもいいだろう。
焼けた生地を横から半分の厚みに切り、下の生地にカスタードと入手した果物を載せ、生地で挟んで再び上から粉砂糖を篩えば、フランスの伝統菓子、パン・コンプレを日本人が改良したと思われる、パンビーの出来上がりだ。
パン・コンプレは、パイ生地でアーモンドクリームを包んで粉砂糖を振り掛けた、クリスマスの定番菓子であるガレットデロワが大きめのメロンパン型をしている、とでもいえば分かりやすいだろうか……?
しかしこれがなかなかに手間の掛かる菓子であり、材料も足りないため、今回は自由度の高そうなパンビーにしてみた。
パンビーという名前は、乳酸菌の入った天然酵母パンである田舎パンの『パン・ド・カンパーニュ』と、卵の別立てスポンジである『ビスキュイ』からその名前が付いたらしい、型いらずのケーキだ。
生地にアーモンドプードルを入れたり、クッキーっぽい生地を敷いたり、チーズクリームやバタークリームを挟んでも美味しい。
私も、もう少し工夫したかったが、材料と時間が足らず割愛した。
……それにしても、浄化魔術がなければ危うく使えないものになる所だったヘラが、結構便利で驚いた。
木のボウルでさえ、ヘラが器用に撓り、割と綺麗に掻き集められる。
これが金属のボウルなら、どれだけ綺麗に集められるのか、と思うと……戻って、早く金属のボウルで試したくなってしまう。
「おお! これが噂の菓子か!! 可愛い形じゃのう!」
丸いパンビーをリビングダイニングへ運ぶと、プレジアが嬉しそうに出迎えてくれる。
玲子も口端を緩めながら、こちらを見詰めている。
「ほ、ほわああ?!」
「久々だが……やはり史帆のケーキは美味いな! いや、可成り腕を上げた、か?!」
プレジアは切り分けたパンビーを口にすると、奇声を発しながら瞳を大きく見開き、パンビーを凝視している。
玲子も満足げに頷きながら、パンビーを口に運び、感嘆の声を上げた。
ふわっとした軽いスポンジに、濃厚なカスタードが、その旨味を引き出して後を引く。
バターを使っていないから軽い食べ応えで、食べても食べ飽きない味だ。
「う、美味いいいいいっっっ!! マリンジはこんな美味いものを食っておったのかっっ!」
マリンジさんは一回しか食ってないし、然もその時はリンゴもどきに食われたから、確か大分簡単なパイで済ませたと思うが。
しかし、そんなに喜んでもらえると、もっと凝ったものを作りたくなるじゃないか。
……そうだ! 今度、魔王様にパフェの容器を作ってもらうか。
そんなことを浮かれながら考えていると、玲子が突拍子もないことを口にした。
「……ところで此処は随分、日本と文化が違うようだが……どの辺りなんだ? 空港はあるのか? ……む! 仕舞った……。私はパスポートを持っていなかったな……」
考え込んで眉間に手を当てる玲子を、私は呆気に取られて見入る。
……そ、そこからかあああ?!
てか、マジでお前、どうやってこの世界に来たんだ?!
私が頭の中で思考を渦巻かせていると、プレジアもフォークを口元に添えたまま、小首を傾げて私を見つめてくる。
「……にっぽん? とは何じゃ? くうこう? 聞いたこともないのう?」
……こ、この二人に、どうやって説明すればいいのか……?!
助けて、魔王様っ!




