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閑話2:Xデーにプレゼントクッキーとオペラ

小話をこちらに閑話として入れました。

よろしくお願いします。

「……シホ、今日は……いや、何でもない」

「……?」


 朝食の席、魔王様が私に何かを問い掛け、思い直して口を噤む。

 頬はほんのりと朱に染まり、何やらモジモジとしているように見受けられる。


 ……一体、何だ?


 私は疑問に思い魔王様の顔を見返すが、魔王様はその話題を避けるように日常的な雑談を饒舌に語り始める。

 触れて欲しくない何かがあるのだろうか?

 若干腑に落ちず、奥歯に何か挟まったような感覚で、私は午前の授業を受けに自室へと戻った。


「そういえば今日はXデーですね。シホさんは魔王様に何か贈りますか?」

「……はい?」


 何処ぞに攻撃予定でもあるのだろうか、いきなり先生から物騒な単語を聞き、私は目を見開いて先生を見つめる。

 私の様子に先生は少々驚いた様子で眉を上げ、私を見つめ返してきたが、私が異世界人である事を思い出したのか、軽く頷いてXデーの意味を教えてくれた。


「二月十四日は女性が男性にプレゼントを贈る日なんですよ。意中は勿論、お世話になっている方など……最近では同性の友人にも贈り合う習慣が出来ているようですね」


 どうも内容が元世界でいうバレンタインデーのようだ。

 どういう訳かこの世界でもあり、しかも日本バージョンに凄く近い風習らしい。


 元世界のバレンタインデーとは、豊穣祈願祭ルペルカリア祭が起源とか、兵士の士気低下を恐れ兵士の結婚が禁じられた時に、司祭であった聖ウァレンティヌスが結婚式を執り行った為処刑された日だとか言われていたと思うんだが、こちらにもそのような起源があるのだろうか。

 しかしなるほど、魔王様の様子が可怪しかったのはそのせいか。

 どうせならいってくれた方が助かるのだが、そういう恩着せがましい真似が嫌だったのだろうか。

 しかし、どうあっても魔王様は私の命の恩人だ、贈らない訳にはいくまい。


 ……同性もOKなら、先生とファムルの分も何か作らねばならないな。


 私が何を作るか考えていると、先生は真剣な表情で言葉を付け足す。


「ちなみに男性から女性へは、三月、七月、十一月の各十四日です。二月に贈り物を貰った相手へは三回返すのが義務なんです」

「……さ……三回、も……ッッ?!」


 ……取り敢えず、男でなくて良かった、といっておこう。


 授業を終え、私はチョコメニューを考えつつ部屋を後にした。


「よ! シホちゃん! 今日の菓子は何だろ?」


 厨房へ向かう途中、鼻歌を歌っているコンセルさんと出会う。

 その両手には、色取り取りで様々な形状の華美な包装が施された物体が山積みにされた、大きめの布袋が握られている。


 ……これが所謂いわゆるリア充爆発しろ状態か?! 羨ましい、私もチョコ欲しいぞ!! あ、この世界ではチョコではないのか。


 では、一体何をこんなに沢山貰ったのだろうか。

 コンセルさんの手に持っていたプレゼントを凝視していると、コンセルさんは慌てた様子で後ろ手にし、引き攣った笑みを浮かべながら私を見返した。


 ……隠さなくても取らないよ、隠し切れてないけど。


「いや、全部職場の義理でさ。……シホちゃんからは、もう少し愛のこもったプレゼントが欲しいな~」

「お返し、大変だね」


 コンセルさんの建前的言い訳は無視し、私はコンセルさんの背後からみ出しているプレゼントを注視したまま呟く。

 私の様子に、コンセルさんは冷や汗を流しながら私に交渉を持ち掛けた。


「……シホちゃんがくれたら、十倍にはして返すけど?」

「よし、乗った。今日の菓子にはカフィンも使おう。元世界では十四日はチョクラをあげる日なんだけどね」

「お、おお? やった……? ……へえ。みんな裕福なんだね」

「いや、向こうでチョクラはそんなに高くないし……効能とか使用目的が微妙に違うけど」


 コンセルさんの微妙な喜び方に疑問を抱きつつ、日本式バレンタインの説明をする。


 ……確かコンセルさんはコーヒーが好きだったと思うが、それでは嫌なのだろうか?


 私の話を興味深げに聞いていたコンセルさんは暫しの沈黙の後、躊躇いがちに口を開いた。


「……出来れば、今日の菓子、じゃなく、別の形で個別に……欲しいかな」

「ああ、プレゼントってことか。それって菓子でもOK?」

「ああ、勿論! 大したもんじゃなくてもいいんだ、簡単でちっちゃい菓子一個とかでもさ。……今日の菓子にカフィンを使ってくれるってのも、すっげー嬉しいけどな!!」


 コンセルさんは私の疑問を力強く肯定する。

 確かに皆で食べるケーキより、個別に何かを貰う方がプレゼント感があり、嬉しいものなのかもしれない。

 しょうがない。皆の分のクッキーも焼いて、個別にプレゼントするか。

 問題は包装だが、先生かファムルに分けてもらうか、菓子の材料が入っていた小さめの布袋に入れるとしよう。


「分かった。包装がどうなるか分からないけど、何か作るよ」

「おお! スッゲー嬉しい!! シホちゃん、有り難う!!」


 コンセルさんは荷物ごと諸手を挙げ、再び鼻歌を歌いながら足取り軽く去っていった。


「……よお、今日は……いい天気だな……」

「……そうだね……」


 厨房に入ると、スアンピが忙しなく視線を移動させ、人差し指と人差し指を重ならないよう小さく回転させながら近付いてくる。

 さすがに三人目になれば、どういう目的があって挙動不審なのか理解出来る。


 ……しかし皆、三回返しが嫌じゃないのだろうか。


「みんなにクッキーを作って配ろうと思うんだけど、スアンピはどんな味が好み?」

「え?! お、オレは……ユナモが入ったヤツかな……けど、ニ色のもいいしな……ん~……」


 スアンピは突然の私の質問に動揺しながら頭を抱えて考え込む。


 ……クラッシュアーモンド入りか、チョコ生地と作ったモザイククッキーか、なるほど。


「分かった、二色のにユナモを入れてみるよ」

「おお! それいいな!! ……ま、まあ、くれるっつーなら食ってやるよ!!」


 私の言葉を喜んで肯定したスアンピはいきなり顔を真っ赤に染め、悪態を吐きながら去っていった。


 ……ガキのくせにツンデレとは生意気な! いや、今のはデレツンか?


 まあいい、今はそれより時間が惜しい。

 私は魔王様用にチョコ味、コンセルさん用にコーヒー味、先生は紅茶味で、ファムルとシロップおじさんにジャムクッキー、スアンピ用にクラッシュアーモンド入りモザイククッキーを作り始めた。


「包装が無くて布袋で悪いけど。ほい、ハッピーバレンタイン」

「ん?! ……い、色気ねーな!! ……しょーがねーから貰ってやるけど……」


 私が小さな布袋を差し出すと、スアンピは外方そっぽを向きながら袋に手を伸ばす。

 しかし、こういう態度を取られると渡したくなくなるのは世の常だろう。

 私は袋を掴もうと伸ばされたスアンピの手から袋の場所を微妙に移動させ、スアンピの行動を阻止する。

 その手に掴むはずだった布袋の感触が無く、スアンピは訝しげに手元に視線を移動させた。


「……てっ!! てめえっっ!!」

「てめえじゃない。物を頂く時は畏まって頭を深々と下げ、両手で謹んで受け取るのが常識だ」

「……っ!! ……あ、有り難く頂戴致します……」

「うむ。あ、シロップおじさんも、どうぞ!」

「え?! わ、私もいいんですか?!」

「お返しは毎食でもう頂いてますから、遠慮無くどうぞ。あ、スアンピは三倍返しで」

「何でだよ?!」


 私がシロップおじさんに別の袋を手渡すと、おじさんは嬉しそうに袋を開け、満面の笑みを浮かべる。

 スアンピは不服そうに私を一瞥しながらも、直ぐに袋の中へと視線を動かし、不気味な笑みを浮かべた。


 昼食というインターバルを挟み、今度は今日の菓子を作り始める。

 タンプル・タン……アーモンドプードルと砂糖を同量で、アーモンドプードル入りの生地であるビスキュイ・ジョコンド生地を焼き上げ、沸騰させた生クリームに擂り潰したチョクラと砂糖を加え、よく混ぜてガナッシュクリームを作る。

 別の鍋に砂糖と水を入れて沸騰させ、コーヒーを加えてシロップを作る。

 バターを白っぽくなるまで泡立てておき、砂糖を加えてよく混ぜた卵黄に沸騰した牛乳を少しずつ加え混ぜ、弱火に掛けながら煮詰める。

 それを漉し器で漉し、氷水を当てながら粗熱を取り、練ったバターに混ぜ合わせ、バタークリームを作る。

 バタークリームは卵白を使用したイタリアンメレンゲタイプ、卵黄を使ったパータボンブタイプ、卵黄に牛乳を加えたアングレーズタイプがあるが、今回は一番口溶けの良いアングレーズタイプにしてみた。

 そこにコーヒーシロップを加え、バタークリームをコーヒー風味にする。

 ビスキュイ・ジョコンド生地を4つに切り、コーヒーシロップを染み込ませ、ガナッシュを塗る。

 上に生地を重ねシロップを染み込ませ、バタークリームを塗る。

 これを繰り返し、暫く冷やしてから溶かしたチョコを塗り、四方を切り落とせば、オペラの出来上がりだ。

 残ったガナッシュを絞り出し袋に入れ、ハッピーバレンタインと英語で書こうとしたが、バレンタインの綴りが分からず『HAPPY』だけになったが、まあいいだろう。

 クッキーを先生とファムルから貰った可愛らしい布袋に入れ、食堂へ急ぐ。


「……今日は随分遅かったな。八分の遅刻……」

「すみません、午前中これ作ってたので! はい、ハッピーバレンタイン!」


 案の定、既に席へ着いて不機嫌そうに腕を組む魔王様の目の前に袋を差し出す。

 魔王様は目を見開いて布袋を見つめたまま、ゆっくりと袋の上部を握り締める。


「……そ、そうか……今日はXデーだったな……有り難く受け取っておこう」

「シホちゃん、俺は?! 俺のは?!」

「はい、コンセルさんの分。先生もこれ、どうぞ」

「おお! やったー! アリガトな、シホちゃん! お返し期待しててくれ!」

「まあ! 私も良いんですか?! 有り難うございます、嬉しいです!!」


 若干芝居掛かった口調で魔王様は呟き、袋を注視する。

 コンセルさんと先生も嬉しそうに袋の中を覗き込んでいた。

 その間にオペラを皆に切り分け、私も席に着く。

 スッと口溶けの良いバタークリームにまったりとしたチョコのコクがよく似合う。

 その中に漂うコーヒーの淡い苦みとアーモンドの香ばしい香りがする生地が甘さと調和し、飽きさせず味わえる。

 ……我ながら上出来だ。


「お!! このケーキにもカフィン使ってくれたのか!! スゲー嬉しーな!!」

「……うむ、やはりチョクラは菓子の王だな。カフィンもまた、チョクラと出会うために生まれたといっても過言ではない」

「ユナモの香りが仄かに香って、カフィンとチョクラに合いますね!」


 クッキーに見入っていた三人も、切り分けられたオペラを前に視線を移動させ、口に運ぶ。

 満面の笑みでオペラを堪能するコンセルさんに、左眉を上げながら相変わらず過言なことをいう魔王様、頬に手を当てろけるような表情浮かべる先生の顔を、私はフォークを銜えたまま見つめた。

 ……ハッピーバレンタイン!

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