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第12話前編:フレジェと戦闘態勢

 今日の菓子はフレジェという苺のケーキだ。

 型の中にアーモンド風味のスポンジを敷き、その上に苺を敷き詰め、クレーム・ムースリーヌという、クレーム・パティシエールというカスタードとバターまたはクレーム・オ・ブールというバタークリームを混ぜたものを苺が埋めるように流し入れ、上にゼラチンなどでとろみを付けた苺のピュレを載せたケーキだ。

 苺の程良い酸味とクレーム・ムースリーヌの軽やかな甘さが口の中で合わさる私お気に入りの菓子の一つだ。


「これ、美味しいですね! このクリームもいつもと似てるようで違うコクがありますね!」

「ギュールが入ってるのかな? ギュールの風味があるのに諄くなくて美味いな!」

「うむ、美味い。このクリームにチョクラを入れるともっと美味くなると思うが、どうだ?」

「有りは有りだと思いますが、自分はこっちの方が好みだと思われます」

「……そ、そうか……うむ……」


 感想を言い合うコンセルさんと先生に相槌を打ちながら魔王様が呟く。

 コンセルさんに率直な感想を述べられ、魔王様は少し項垂れながらケーキを頬張った。


 ……チョクラ大使様は何にでもチョコを入れようと思うからな。


「さてシホさん、今日はもう一段階上の風魔術でも覚えますか? きっと『はんどみきさー』がより動かし易くなると思いますよ」


 ケーキを食べ終えて一息つく中、先生が私に、気になることを話し掛ける。

 ハンドミキサーがより動かし易くなるとは、願ったり叶ったりな魔術だ。


 ……本来の用途とは大分違うようだが、この際気にしない。


 しかし、その前にやらねばならないことがある。

 いつも菓子作り用に砂糖を入れている壺が空になり、共用の砂糖が詰まっている大壺から補充しようとしたが見当たらず、菓子の時間になってしまったのだ。


「是非お願いします。けど、その前に厨房に寄ってもいいですか? シガルが切れそうなんですが在庫が見当たらなくて、おじさんに聞きたいんです」

「それは一大事だ! 私はこれから出掛けるが、シガルが無さそうなら直ぐコンセルにいって入手させろ」

「分かりましたー」


 食べ終わった皿を集めながら私が先生の問いに答えると、魔王様が血相を変えて詰め寄る。

 確かに魔王様には砂糖のない生活など、考えられないだろう。

 魔王様の態度に、先生も仕方ないとばかりに苦笑し、私は砂糖の補給を求めて厨房へと急いだ。


 厨房に入ると、少年が何やらジャガイモもどきを洗っているようだ。

 ジャガイモもどきが大量に入った木の樽を前に、少年が両手を翳している。


「……我らが力よ、彼の物の汚れを癒やし給え……」


 少年の掌から光の粒が現れ始め、ジャガイモもどきを覆い尽くす。

 光が徐々に消え失せていくとジャガイモもどきは泥一つない、綺麗に洗われたかのような姿へと変わっていた。


「何だそれ!! 狡いぞ!!」


 私の叫びに少年が喫驚し、こちらを振り向く。

 今まで必死で洗ってきた私は一体、何だったのか。

 義憤を伴い、ゆっくりと少年へ近付く私に、少年は戸惑いながら口を開いた。


「……皆使ってる生活魔術だろ。これで汚れ落とさねーでどーすんだよ」

「洗えよ、水で」

「そんなことしてたら日が暮れるだろ?! 効率悪ッ!」


 どうしよう、私の日常が全否定されてしまった。

 この怒りは、少年に八つ当たりすることで解消するしかあるまい。

 私が指を一本ずつ折り曲げて間接を鳴らしていると、少年は眉尻を下げて体を震わせながら、この魔術がこの世界では汎用性が高く、凡庸であることを教えてくれた。


「メイド長はこれで衣類を新品同様にしたり、城の掃除もしてるらしいぜ。この魔術が苦手な奴は、軽くはたく程度しか汚れが取れないらしいけどな」


 そういえば以前、苺もどき狩りをした時の汚れを魔王様が取ってくれたことがあったな。

 服が急に新品同様になって驚いたが、あれは生活魔術だったのか。

 人によって綺麗にする力が変わるようだが、便利な力が当たり前にあるとは羨ましい世界だ。


「……私も覚えたい。呪文を唱えればいいのかな?」

「ああ、汚れを落としたいものに手を翳して『我らが力よ、彼の物の汚れを癒やし給え』って唱えれば……多分出来るんじゃねーか?」


 丁度、砂糖を入れている壺が空っぽだ。

 この際だし、洗ってから補充するか。

 私は壺を調理台の上に置き、手を翳して呪文を唱える。


「……我らが力よ、彼の物の汚れを癒やし給え……」


 私の掌から光の粒が現れ、その粒は見る見るうちに視界を覆い尽くす……ってあれ? 光の粒が多くないか?

 視界を覆っていた光が徐々に消えていき、元の光景が見え始めるが、その景色も妙に眩しい。視界が戻っていないのかと手を眺めたりするが、いつも通りの変わらない状態だ。

 首を傾げて厨房をよく見てみると、少し汚れのあった厨房はピカピカに洗われ、無数の小さな傷が付いていた調理台も傷一つなく、至る所がキラキラと光を放っていた。


 何ということでしょう! わたしの手によって厨房が、ビ△ォーア▽ターされてしまいました!


 確かにちょっと厨房の床とか台の汚れが気になってしまったんだが……これって大丈夫なのか?!


「シ、シホさん!! 困ります!!」

「うわああああ!! ごごごごごめんなさい!!」


 シロップおじさんが赤い顔を青白く染め、慌てて私に駆け寄ってくる。

 大事な何かを綺麗にしてしまって今日の夕飯は抜きとか、そんな状態になってたらどうしよう?!


「……今回は無事でしたが、全体魔術は鍋の中身も綺麗に無くしてしまうことがありますので、今後は控えてくださいね」

「はい、すみませんでした……」


 シロップおじさんは眉尻を八の字に下げて私に注意する。私は九十度のお辞儀を何度も重ね、反省していることを懸命に示す。

 少年はそんな私を呆れ顔で見つめていた。


「……呪文唱えてる時に、床汚ーな、とか余計なこと、考えてたんじゃね? 魔術は集中して放てよな」

「……うん、ごめん……」


 ……今後、魔術を使う時は気を付けよう。

 呪文を唱える時は対象物にだけ、意識を向けるよう集中せねば。

 私は復習するように調理台に目を向け、空になった壺を見て、砂糖切れを思い出す。

 私は再び大壺が辺りにないか見回しながら、シロップおじさんに尋ねた。


「……すいません、シガルが無くなったので、補充したいんですが、在庫はどこですか?」

「実は昨日、補充係が持ってくるはずだったんですが……。……もう一度、連絡を入れてみますね」


 シロップおじさんは焦りを伴いながら厨房の奥へ移動する。


 ……まさか、砂糖が無い、とか?


 砂糖が無い、という事態が甘味王である魔王様の城で起こった場合、一体どんな惨劇が待ち受けているのだろうか。

 甘味としては、蜂蜜やメープルシロップのようなものがあるけれど、その風味が合わない菓子も多いため、長期間切らされるとキツいかもしれない。


「敵襲!!! シガルの大群が接近中!! 全員戦闘態勢へ!!」


 不意にコンセルさんの声が、城内に響き渡る。

 その声を聞いたシロップおじさんが慌てて剣を構え、外に飛び出していく。


 ……敵襲? シガルの大群が……敵襲?!


 コンセルさんの言葉に、剣を構えて外に出ようとする少年の腕を掴み、私は状況説明を請う。


「敵襲って……シガル? 何でシガルが敵襲?」

「野菜が暴れるのは常識だろ?! さっさと捕まえて煮出して絞らねーと!!」


 ……野菜が……暴れる、だと?!


 私の手を逃れて外へ移動しようとする少年をなおも抑え付け、私は質問を重ねる。


「……攻撃するのって、ストレリイだけじゃないってこと? てか、ストレリイも野菜に入んの?」

「木になるのは果物! それ以外は野菜!! 常識だろ!! いい加減、離せ!!」


 少年の要望に応えて手を緩めると、少年はそのまま厨房から駆け出していった。

 元世界では、果物と野菜の区分が色々あって難しい所だったが、こちらの区分は、木に生るか、生らないか、なのだろうか。

 然も少年がいう理論でいくと、木に生らないものは全部攻撃してくるのか?!

 しかし、ストレリイは植わっている本体の付近を浮上して攻撃してきたが、城に乗り込んでくるとか、どういう状態なんだ?

 私は城内の様子を探りに厨房から外に出る。

 城内の人間も各々の武器を携え、外へと向かっていく。


 ……シガルがどれくらい強いか分からないが、私も出た方がいいのだろうか?


「あ! シホちゃん! 武器がいるなら貸すよ!」


 身の置き所に困り、右往左往していると、柄から刀身が、軽くS字を描くような剣を手に持ったファムルが、私の元へと駆け寄ってきた。


 ……ファムルも戦闘に出る、だと?!


 目を見開いて武器を見つめる私の態度に何か思ったのか、ファムルは剣を胸に抱えて不安そうに呟いた。


「……私の魔術だとシガルを駄目にしちゃうから、剣を借りてきたんだけど……やっぱり難しいかな?」

「……うーん、私はシガルの強さを知らないから、何とも……」


 私はファムルの問いに言葉を濁しつつ、空を見上げる。


 ……そういえば、シガルは何かの野菜を煮詰めたものだと聞いているが、私はその野菜が何なのかすら知らないな……


「……ところで、シガルってどんな野菜?」

「うーんとね、真っ白い筒状の細長い植物で、筒の所々に節があって、真ん中当たりに目玉が飛び出してるの」

「……目玉?! そんなのあんの?!」


 シガルの正体を尋ねてみると、サトウキビを白くした外見に目玉が生えているらしい。

 根っこをバネ代わりに器用に跳び回り、その撓る体で攻撃してくるそうだ。

 然も目玉の直ぐ下の節は口のように開閉可能で、奇声を発することも出来るらしい……


 ……どうしよう、気持ち悪くて戦う気にならない。

 ってか、今までそんなものを大量に食べてきたのか……加工品、恐るべしだな。


「あ、シホちゃん、手伝ってくれるのか!! スゲー助かる!! ファムルちゃんは危ないから中に避難してた方がいいぞ!」

「え? ……で、でも……」

「大丈夫! その分シホちゃんがやってくれるから、な!」


 私がファムルの言葉に想像を膨らませていると、コンセルさんは何やら忙しそうに走り回り、私達の側を通り掛かって声を掛けてくる。

 コンセルさんの言葉にファムルは恐縮し、縋るような瞳で私を見つめていた。


 ……何故、私が手伝うと断定されてしまったのだろうか。


 然もファムルの分まで担当させられてしまった。

 まあ、ファムルを危険に晒すのは私としても本意ではないので仕方ない。

 それに、一番砂糖を使っているのは間違いなく私なのだから、シガルを狩る義務が魔王様の次くらいにはある……のかもしれない。


「……分かった。ファムルの分も狩ってくるから。その剣、貸して」

「うん! アリガト、シホちゃん! ……でも、くれぐれも気を付けてね!」

「私がファムルを残して逝く訳がないだろう?」


 私はファムルに親指を立てながら満面の笑みを浮かべ、ファムルから剣を受け取る。

 ファムルはほんのりと頬を染めながら、私の言葉に何度も頷いた。


「シホちゃん男前!! けどそれいうと死亡率がグンと上がるから気を付けろー」

「コンセル様!!!」

「ゴメン、ゴメン。シホちゃんなら絶対大丈夫だから、つい」


 コンセルさんがおどけた表情ではやし立てる。

 その言葉にファムルは真っ青になってコンセルさんを睨み付けた。


 そうか。こっちの世界でもフラグってあるのか。

 それによると私は死んでしまうはずなのだが、私なら大丈夫って、どういう意味だろうか。

 ……一度コンセルさんとは腹を割って話し合った方がいいようだな。


「コンセルさんの処分は置いといて、ちょっくら一狩り行ってくるよ」

「え?! 俺の処分って?! ちょ、シホちゃぁぁんッッ?!」

「シホちゃん、気を付けてね!!」


 縋ろうとするコンセルさんは無視し、私はファムルの言葉だけ受け止めて颯爽と城の外へと向かっていった。

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