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第11話後編:サソリ固めと逆エビとケーク・サレ~料理対決!三本勝負!

 二日目、私の作ったフォンダンショコラに、魔王様の瞳が光を放ち始める……かのように輝いていた。


「チョクラの生地にチョクラのソースが……ッッ!!」

「表面はサックリしてるのに、中がトロトロだ!」


 卵が半熟の状態でオーブンを止め、熱々のまま出したフォンダンショコラはなかなか好評だ。

 レモン汁を多めに入れた苺のソルベと、アングレーズソースというカスタード味のソースを添えてみた。

 フォンダンショコラにはラズベリーソース、というのも多いが、それだと少年と被るため、気に入っている苺もどきを使ってみた。


「ストレリイ味の氷と甘いソースがチョクラによく合いますね!」

「ええ。酸味の利いたストレリイとチョクラのケーキに、ソースが絶妙ですね。個々も美味しいのに、三つとも合わせると、更に美味しい」


 先生の賞嘆に、シロップおじさんも同意を示す解説風の弁で褒め称える……のは嬉しいが、シロップおじさんの言葉を聞いた少年が、ナプキンを噛み切らん勢いで私を睨み付けてくるので、気持ち悪い。


 ……お前は少女漫画のライバルか?!


「……一品じゃねーじゃねーか!!」

「料理も、一皿に幾つか料理が載ってて、一品扱いじゃなかったっけ? っつーか、一品っていう条件はなかったはずだけど?」


 来ると思っていた難癖に対し、私は用意しておいた言葉を吐くと、少年は拳を強く握り、怒りに体を震わせる。


「……お前はッ! 屁理屈ばっかだッッ!!」

「屁理屈じゃなくって事実でしょ?! 屁理屈ばっかいってるのは、そっち!」

「ッッてめえ!!」


 ファルムが私を擁護して事実を叫ぶと、少年は怒りに顔を紅潮させ、ファムルに向かって拳を突き出した。

 ファムルに届く寸前に私はその手首を掴み、外側に反らせて少年の体を崩し、投げ飛ばす。

 仰向けに倒れた少年の股の間に自分の右足を入れて左脇腹横に踏み込み、両足を掴んで膝部分でクロスさせ、少年の右足を自分の右腕で固定する。

 少年は右ふくらはぎに左足のすねが圧しつけられてアキレス腱に痛みを感じ、藻掻き出す。痛みから逃げようとする動きのお陰で、私は容易く自分の右足を軸に少年を引っ繰り返し、後ろに体重を掛けるよう重心を落とした。

 スコーピオンデスロック、つまりサソリ固めだ。

 両足を固めた状態でエビ反りにする関節技で、大変に危険なので決して真似はしないよう、願いたい。

 反った体は呼吸し辛く、背骨と足も痛めつけられ、少年は言葉にならない叫び声を上げる。


「いぃぃぃいだだだだッッッ!!! 離せッッ暴力女!!!」

「……反省の色がないようだな」


 床を叩きながら暴言を放つ少年の背中へ更に体重を掛け、更に締め上げる。


「ふぎゃああああッッッッ!!!!」

「……ここは置いといて、ファムルは少年の料理を運んでて」

「……え?! ……わ、分かった……」

「分かった、じゃねーッッ!! 助けろッ!! メイドッッ!!」


 始めは不思議な技を掛けられた少年を、ファムルは心配そうに見つめていたが、痛みの割に尊大な態度を放つ少年の叫びを無視し、皿に載ったオムレツを運びにいく。

 魔王様達が少年の叫声に驚き、奥の間をそっと覗きに来たが、私は魔王様達に視線を向けると頭を振り、手出し無用を主張する。

 私の意を汲んだのか、魔王様達は踵を返し、食堂へと戻っていった。


 ……さあ、衆人環視は封じたぞ。

 私の教育的指導時間が始まった。


「……『メイド』じゃないだろう……? 先輩に向かって、随分と偉そうだな……?」

「なっ! メイドは、雑用だろ……ッ?! オレら、料理人とは……格が違ッいでででだだだだ!!」

「……城で働く先輩だろーが。態度だけは一人前ってかぁ? 先ずは礼儀だろーが。ファムルを尊敬し、敬えや。ファムル様と呼んで、かしずけや」

「言えッッッる、か! ……ああああッッ!!」


 喋られる余裕を与えてやっているせいか、サソリ固めを受けても少年の態度は頑なに変わらない。

 私は一旦、自分の足を少年から外し、うつ伏せの体をまたぎ、少年の足をそれぞれ自分の脇に抱え、少年の足を反り返らせながら私は肩部分に座るように重心を落とす。

 今度はボストンクラブ、要するに、逆エビ固めだ。

 体重を乗せているため、背中や腰がかなり辛い。然も、呼吸がし難く窒息死することもある。サソリ固め以上に危険な技なので、決して真似をしないよう、お願いしたい。


「ぐぎゃああああああ!!!」

「さあ、ファムル様と言えぁ!!」

「……だ、れが! い、いうかっ……ああああ!!!」


 私が肩へ更に体重を下ろすと、少年は技から逃れたくて藻掻いていた動きを止める。

 かなり痛いのだろう。少年はゆっくりと、嗚咽混じりに口を開いた。


「……ファ……ムル……さま……ッッ!!」

「……まあ、いいだろう。また思い上がっていると、違う技がお前を襲うぞ」


 私は警告しながら少年の足を離す。

 息も絶え絶えに体を起き上がらせる少年は、荒い呼吸で瞳を潤ませ、空を仰いでいる。

 その時点で、既に総評が決まっていた。


「……白ソースにギュールのオムレツは美味しかったけど、ちょっとくどかったな」


 白ソースはホワイトソースみたいなものらしい。

 バターを利かせたオムレツなら、ホワイトソースよりトマトソースの方が合うんじゃないだろうか。

 コンセルさんが少年のオムレツを丁寧に説明してくれる。

 オムレツに固執するのは、唯一、教わった料理だからだろうか。

 バターとホワイトソースを上手く生かせる料理もあるのに、残念だ。


「どちらも美味しかったですが、やはりギュールを利かせている所に白ソースは、濃厚すぎましたね」

「相変わらずアフが固い。メインとソースの調和もなっていない。料理を作る技術がまだ無い」

「……くっ!」


 漸く復活した少年は魔王様の厳しい評価を聞き、悔しそうに声を漏らす。

 何というか、甘い物じゃないと、かなり評価が厳しくなるようだ。


「……私も、チョクラのケーキに一票を」


 シロップおじさんが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 二戦目も満場一致で決まってしまい、少年の敗退が確定した。


「……納得いかねえ!! オレの料理の何が拙いんだ!!」


 眉根を寄せて歯を食いしばりながら、少年はテーブルを叩く。

 そりゃ、料理と菓子だと食べるシチュエーションが違うし、用途も違う。

 納得いかない少年の気持ちも分かる。

 私がゆっくりと少年に近付いていくと、少年は、又何かされるかと勘違いし、ビクリと体を動かして冷や汗を掻く。


「……な、何か用……」

「何で材料を、肉や魚に指定しなかったのか、聞いてもいいかな?」


 私は少年の言葉に自分の言葉を被せ、質問をする。

 少年の眼前で口を開く私に、少年は後退りしながら質問の意図をはかりかね、首を捻る。


「……使ってるとこ見たことねーし。多分、菓子ってそういうの使わないんかなって……勝負が成立しないで勝っても、意味ねーだろ」

「……なら、次が本当の勝負だね」


 初戦は、私がノリで砂糖を選び、少年を不利にしてしまった。

 それを、ノーカウントにしようという意味が通じたのだろう。

 私の挑戦に、怯えていた少年の瞳の色が変わり、闘志が宿り始める。

 いつもの不遜な殺気ではない、いい闘志だ。


「……ぜってー! 負けねえ!!」

「私もだよ」


 眉を吊り上げ、睨み付ける少年に、私は漢の笑みを見せ、食堂を後にした。



* * *



 最終で勝たなければサドンデス。それはちょっとご免被りたい。

 厨房で思い悩む私に、シロップおじさんは戸惑いながら歩み寄ってくる。


「……シホさん、お願いがあるんですが……」


 いつも世話になっているシロップおじさんの頼みならば、やぶさかではない。

 私は頷き、シロップおじさんと向かい合い、言葉を待つ。


「勝負はもう決まっていますが、出来れば、こてんぱんにあいつを叩きのめしてやってくれませんか?」


 シロップおじさんの発言に、私は耳を疑い、目を見開く。

 シロップおじさんは、大分少年を可愛がっている。それは態度でよく分かった。

 それを、完膚無きまでに叩きのめせと?

 驚きのあまり、口を開いたまま声が出せない状態に陥る私にシロップおじさんは軽く頷き、補足説明を話し始めた。


「……あいつは、今は少々腐ってますが、ここでより一層、シホさんに叩きのめされれば、きっと改心して大きく飛躍する。……そんな気がするんです」


 少年は負けん気が強い。

 私という年齢が近い、然も女に負けたという事実を受け止められれば、それをバネに、今まで以上に切磋琢磨出来るだろうというのが、シロップおじさんの読みだ。

 だが今の彼は、私にまだ負けを認めようとしない。

 料理と菓子では土俵が違うため、いまいち受け入れにくいのだろう。

 だから、圧倒的な差で勝て、と。

 ……無茶をいうな、シロップおじさんは。今が私の精一杯だというのに。

 しかし、他の手段でなら、何とかなるかも知れない。

 それも、賭けの要素がかなり入るので、不安ではあるが。


「……それなら、分かりやすいようにちょっと土俵を近付けてみますよ。……上手くいくか分かりませんが」

「……お願いします!」

 私の返事に、シロップおじさんは満面の笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。


 ……そんなに期待に満ちた目をされても、どうなるか知らないぞ……



* * *



 翌日、いつものように厨房に入ると、少年は遠くからこちらを窺いながら注視している。

 少年自身も認めるような勝ち方が、果たして私に出来るだろうか。

 私は普段感じないような緊張を伴いながら袖を捲り、材料を台に並べた。


 まずは少年の番だ。料理の載った皿が、魔王様達に配られる。

 皿の上にはパンが載っていた。


「アフの風味が豊かなブレンだな」

「干した果物が沢山入っていて、甘味があって香ばしいですが……」

「……カフィンに浸すタイプではないようだが……。それにしては固いな」


 ブレンとはパンの事でいいのだろうか。

 固い以外、何処が拙いのか分からないが、もしかしたらドライフルーツと、卵の風味を利かせたパンが、合わないのだろうか。

 みんなが微かに眉根を寄せ、苦笑している。

 少年もそれを察してか、エプロンを強く握り締めて項垂れた。

 そんな少年を尻目に、ファルムが私の作った物を食堂へ運ぶ。


 ……邪険にされてムカ付いてるはずなのに、ファムルは優しいな。


「……これは? ケーキなのに甘くない?!」

「え、えと、それは『ケーク・サレ』という、甘くないケーキで、食事に出される物だそうです」


 コンセルさんの奇声が、食堂を木霊する。

 それを聞いたファムルは、慌てて手元のメモを読み始めた。

 出した物は、少しのニンニクをバターで香りを出し、乳清を煮込んで作ったカッテージチーズと細かく砕いたナッツ類に塩漬け薫製肉を刻み入れた、塩ケーキだ。

 それぞれの単語が分からない為、メモに説明は省いたが、いつもの勢いでこのケーキを食べたら吃驚すると思い、書いてみた。

 ファムルが私のメモを辿々(たどたど)しく読み上げる。


 ……文字が下手でご免よ。


 それでも漸く文章が書けるようになった私を、私は褒めてやりたい。


「中に入っているのは、ギュージーとノイドマ、ユナモに塩漬け薫製肉か。ここまでフワフワした塩辛い生地ってのは何か不思議だな!」

「でも凄く美味しいですね! ギュールとアーイの香りも食欲をそそりますし、ブレンの代わりに食べたいです」

「……うむ、確かにブラン代わりに食事で取りたいケーキだな」


 聞いていると混乱するが、ギュージーがチーズ、ギュールがバター、ノイドマが硬いナッツでユナモはアーモンドだったはず、だ。

 内容から察するに『アーイ』がニンニクのようだ。

 案の定、一口目はかなり吃驚されたが、それなりに気に入ってもらえたらしく、皿のケーキは瞬く間に消えていく。


「……甘くない、ケーキ……?!」

「良かったら食べてみる?」


 愕然とする少年に皿に載ったケーク・サレを手渡す。

 これは一応、少年の為に作ったようなもんだ。是非とも食べてもらいたい。

 皿を受け取った少年はフォークを握り、ケーク・サレを切り分けて口に運ぶ。


「!! あ、甘くないのにフワフワしてる!!」


 砂糖を入れなくても膨らみやすいように、別立てにしてみた。

 砂糖を入れないとメレンゲが固くなりにくい為、ファムルに手伝ってもらって乾燥卵白を作り、そこに足す事で、何とか固さを保たせた。

 ケーキを焼いている途中で表面に切れ目を入れ、膨らみの手助けもしてみた。

 ベーキングパウダーのない世界で砂糖を封じられ、どうなるかと思ったが、何とかフワフワになって、一安心だ。

 少年は甘くないケーキを口に運び、愕然とした表情になっている。


「……砂糖がフワフワにしてるのかと思った」

「確かに砂糖は卵──アフの粘度を上げて膨らみを保つ。けど、それ以外にも膨らむ要素が色々ある。アフをよく泡立てるのは勿論、粉を何度もよく篩って空気を含ませるとか、小麦粉はサックリとよく混ぜるとか。……アフの白身と黄身を分けて、よく泡立ててからオムレツを作る技法もあったと思うけど」

「……そんなことが……」

「私は素人だからそんなに知らないけど、おじさんの仕事をよく見ていると分かることも多いはず。分からなくても真似して、何の為にやってるか自分で探るのも、面白いんじゃないかな?」

「……うん、そうだな」


 私の言葉に何か気付くことがあったのか、少年は顔を上げ、瞳を輝かせながらケーク・サレを頬張る。

 そんな少年の表情に、シロップおじさんも感極まり、目頭を押さえていた。


「まずこれを盗んでみるぜ!! シホ、今すぐもう一度作れ! 横で見て盗むから!!」

「……これはこれで美味いが……勘弁してくれ」


 甘味王の魔王様が、甘味欲しさにギブアップを唱える。

 私も、何度もこれをおやつに食べるのは勘弁だ。

 やっぱり私は甘い菓子の方が好きだ。

 私は厨房から作ってあったチョコムースを持ってきて、テーブルの上に並べた。


「魔王様、甘い菓子を作っておきやしたぜ」

「おお!! チョクラか! でかした!!」


 甘くないケーキの後は、やはりチョコ菓子だろう。

 魔王様は鼻歌でも歌いそうな雰囲気で左眉を上げ、ムースを平らげている。

 ……ホントにチョクラ大使だな。


「ファムル様、スプーンをどうぞ」

「え?! ……あ、ありがと??」


 少年の折り目正しい態度にファムルは大きな目を更に見開き、狼狽えながら私を見つめる。


 ……うむ、教育も上手くいったようだな。


「おい、シホ! これも盗むから作れ!」

「……そのうちね」


 私にも丁寧な態度を取るよう、いえばよかったな。

 私は苦笑いを浮かべ、チョコムースを口に入れた。

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