表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ごめんね、もう少し  作者: 仲町鹿乃子
2・香奈→楡井君
22/50

5-2

 楡井(にれい)は、笙子(しょうこ)がもう塾に通っていないことを知っていたのだ。

 最初から、笙子がもう塾生ではないという前提で話をしていたのだ。


 楡井と笙子は、単に同じ校舎だけの間柄、なんだろうか?

 和可奈(わかな)も知らないことを、楡井が知っているのは、塾が同じ校舎だから?


 それに、小論文。

 小論文に力を入れている塾を、小論文に特化したい笙子が辞めるのって、おかしい。

 つまり、母に言ったあの理由は、嘘?


香奈(かな)


 父に名前を呼ばれる。

 はっとした。

 わたしが「香奈」だと告白した後、母はすぐに「香奈」とか「香奈」と呼びだしたけれど、父はそうではなかった。

 その父が「香奈」と呼んだ。

 名前を呼ばれて嬉しい、というよりは、怖い、と思った。


「香奈は、無理して塾に、通わなくてもいいんだ」


 ゆっくりとした声で、父が言う。

 母の顔を見ると、母もわたしを見て頷いている。


「香奈は、香奈として生きなさい」

「――え? なに言い出すの」


「香奈」

 今度は母に呼ばれる。

「香奈が、笙子として生きようとしてくれたの、感謝しているの。慣れないところで、慣れない場所で、勉強まで。でもね」

 そう言うと母は、なんとも言えない優しい顔でわたしを見た。

「今、ここにいるのは、香奈なんだから。香奈として生きて欲しいのよ。無理しなくていいの。香奈でいいの。そのこと、わたしとお父さんとで話したのよ。そうしたら、同じ思いだったのよ」


 両親からの優しい視線を体に感じた。

 でも、だめだ。

 この先はもう、聞いちゃいけない。

 わたしじゃなくて、この体の中にいる笙子に聞かせちゃいけない。


「香奈――」

「いやっ!」


 わたしの大声に、母が怯んだ顔をした。


「そんなの、ダメ。言わないで」


 ――ダメだ、そんなこと言われたら。


 ――そんな、優しいことを言われたら。


「笙子は戻って来るから。絶対に。わたしは、それを信じているから」


 わたしは、まるで自分自身に言い聞かせるかのようにきっぱりとそう言うと、その場から逃げだした。





 香奈として生きる。

 その甘い言葉が、笙子を戻そうとする気持ちを麻痺させる。



 ――そうだ、このままでいいじゃない。



 そんなこと、このわたしが、考えないはずない。

 笙子を戻そうと強く思う気持ちの裏側には、こんな汚いずるいものがある。

 でも、今までは、それは自分の心の中だけでの葛藤だけだった。

 それが、両親までがそんな思いを抱き始めたのだとしたら。


 ――時間が無い。


 早く、笙子、戻って来て!

 わたしが嫌な、すっごく嫌な姉にならないうちに……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手 by FC2

cont_access.php?citi_cont_id=447020331&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ