第六話「神のスマホ」
夏の夕暮れだった。
ひぐらしが鳴いている。
風は少し涼しくなっていた。
奏綴神社の縁側に、天沼智史はぐったり座っていた。
「……伸びない」
「またか」
隣で奏さまが麦茶を飲んでいる。
「いや、“またか”じゃないですよ」
「いつものことではないか」
「その言い方やめてもらっていいです?」
智史はスマホを見つめる。
新しく投稿した動画。
再生回数、三十一。
コメント、一件。
しかも外国語。
「なんて書いてあるか分からない……」
「世界進出では?」
「ポジティブだなこの神様」
奏さまはふむ、と頷く。
「登録者は?」
「増えてません」
「ほう」
「その“ほう”やめてください」
奏さまはストローを咥えたまま空を見る。
「難しいものじゃな」
「まぁ、趣味ですからね」
「半分嘘じゃな」
「…………」
図星だった。
趣味だ。
好きだからやっている。
でも。
少しくらいは届いてほしい。
少しくらいは認められたい。
そう思ってしまう。
「……まぁ」
智史は苦笑する。
「売れたいですよ、そりゃ」
「うむ」
「でも才能ある人なんていくらでもいますし」
「うむ」
「年齢的にも微妙だし」
「うむ」
「……全部肯定しかしないですね今日」
「聞いておる」
「雑な聞き方だなぁ」
奏さまは少し考えるように空を見た。
そして。
「仕方ない」
「?」
袂をごそごそし始める。
「……何してるんです?」
「む」
次の瞬間。
スマホが出てきた。
「なんで!?」
「何がじゃ」
「神様スマホ持ってるの!?」
「持つぞ」
「めちゃくちゃ現代適応してる!!」
奏さまは当然みたいな顔だった。
「文明は便利じゃ」
「そこ否定しないんだ……」
しかも最新機種だった。
「待ってください、それ俺のより新しくないです?」
「去年変えた」
「神様機種変するの!?」
「電池の減りが早かった」
「生活感あるなぁ!!」
奏さまは慣れた手つきで画面を操作する。
「どれ、お主のチャンネルは……」
「いや待って待って待って」
「うむ、登録してやろう」
「神様の登録者増えた!?」
「ありがたく思え」
「いや普通に嬉しいな!?」
智史は複雑な顔になった。
人類初の“神様登録者”だった。
奏さまは満足そうに頷く。
「うむ。これで増えた」
「一人だけですけどね!?」
「一は大事じゃ」
「まぁ、そうですけど……」
奏さまはスマホを見つめながら言う。
「なんなら私も配信を始めようかと思っておる」
「やめてください」
「即答」
「絶対変なことになる」
「“神様系配信者”じゃ」
「"系"じゃなくて、リアル神様なんだけどなぁ……」
「ありがたい説法配信」
「コメント欄絶対カオスですよ」
奏さまは少し考えるように頷く。
「スパチャは百十円からじゃ」
「最低額設定すな!!」
「百円では足りぬ」
「配信でもそれ言うんだ!?」
「昨今の物価高を考慮しておる」
「配信界隈に生々しい現実持ち込まないでください!」
奏さまはふむ、と腕を組む。
「“今日のご神託:物価高”」
「世知辛いなぁ!!」
「“人類よ、節約せよ”」
「急に生活情報番組みたいになる!」
奏さまは楽しそうだった。
完全に遊んでいる。
「お主も付き合え」
「それはイヤ」
「何故」
「絶対疲れる」
「人気出るぞ?」
「それ俺の心が死ぬやつなんですよ」
奏さまは少し不思議そうに首を傾げた。
「そんなものか?」
「だって奏さま絶対伸びるじゃないですか」
「当然じゃ」
「否定しないんだ」
「神なので」
「便利だなその返し……」
智史は苦笑する。
「まぁ実際、奏さまって配信向いてそうですもんね」
「うむ」
「顔良いし」
「うむ」
「喋りうまいし」
「うむ」
「なんか悔しいな……」
奏さまは少しだけ笑った。
「だが、私はやらぬ」
「……え?」
風が吹く。
夕暮れの光が、境内を赤く染めていた。
奏さまは静かに空を見る。
「私は神じゃ」
「はい」
「芸を見守る側でよい」
「…………」
「主役は、人のものじゃろ」
智史は少し黙った。
ひぐらしが鳴く。
風が吹く。
夏の終わりみたいな空気だった。
「……奏さま」
「なんじゃ」
「時々めちゃくちゃ良いこと言いますよね」
「神なので」
「便利だなぁその返し」
奏さまは少しだけ得意げだった。
そして。
「続けるのじゃ」
静かな声。
「そして届けよ」
智史は少しだけ笑った。
「……そうですね」
奏さまは満足そうに頷く。
「うむ。ありがたかろ」
「まぁ、ちょっとは」
「では百十円」
「最後ォ!!」
「感謝の気持ちは形にせよ」
「毎回請求に繋げるのやめてもらっていいですか!?」
奏さまは楽しそうに笑っていた。
その横顔を見ながら。
智史も、少しだけ笑った。




