第七話「夏祭りの外で」
祭囃子の音が、風に乗って遠くから聞こえていた。
八月。
夏祭りの季節だった。
町の神社には幟が立ち、屋台が並び、人が集まる。
浴衣姿の子供。
カップル。
笑い声。
提灯の灯り。
夏というのは、そういう季節だ。
一方で。
「静かですねぇ……」
奏綴神社は、いつも通りだった。
人はいない。
屋台もない。
幟もない。
蝉だけが元気だった。
「うむ」
奏さまは縁側に座りながら頷く。
今日も巫女装束だった。
夏でもブレない。
「祭りとかやらないんですか?」
「昔はやっておった」
「へぇ」
「人ももう少し来ておった」
奏さまは麦茶を飲む。
その横顔はいつも通りだった。
でも、少しだけ遠くを見ていた。
智史は境内を見回す。
小さな神社。
古い拝殿。
静かな空気。
祭囃子だけが遠い。
「……まぁ」
智史は少し笑う。
「これはこれで嫌いじゃないですけどね」
「ほう?」
「人混み、苦手なんで」
「軟弱じゃな」
「神様だって暑いとか言うじゃないですか」
「暑いものは暑い」
「俗だなぁ」
奏さまは不満そうに眉を寄せた。
「神をなんだと思っておる」
「もっとこう……超越した存在?」
「蝉はうるさいし夏は暑い」
「妙に現実的なんだよなこの神様……」
風が吹く。
遠くで太鼓の音が鳴った。
祭りだ。
この辺りで一番大きな神社だろう。
たぶん今頃、かなり賑わっている。
「奏さま、祭り行きませんか?」
「よその神社の祭りになど行けるか」
「なんでです?」
「ライバルじゃ」
「神社界隈そういうのあるんだ……」
奏さまは腕を組み、ふん、と鼻を鳴らす。
「敵地視察みたいになるであろう」
「そんな物騒なものなんです?」
「うむ」
「絶対違うと思うなぁ」
智史は苦笑した。
「でも屋台とかありますよ」
「…………」
「焼きそばとか」
「…………」
「たこ焼き」
「…………」
「りんご飴」
「うぅむ……」
「揺らいでる」
奏さまは真剣な顔だった。
かなり悩んでいる。
「かき氷もありますね」
「……何味じゃ」
「食いついた」
「祭りなど興味ないが?」
「説得力ゼロなんですよその顔」
奏さまは少し咳払いをした。
「神として、民の文化を確認する必要がある」
「屋台目当てですよね?」
「違う」
「じゃあ何味が好きなんです?」
「いちご」
「即答!!」
境内にツッコミが響く。
奏さまは不満そうにそっぽを向いた。
「……だが」
「?」
「私はここを離れられぬ」
ぽつりと。
そんなことを言った。
智史は少しだけ目を瞬かせる。
「え?」
「神社の神なのでな」
奏さまは静かに笑う。
「長く空けるわけにはいかぬ」
「…………」
「まぁ、行こうと思えば行けるが」
「行けるんかい」
「暑いし人多いので嫌じゃ」
「結局そこなんだ」
奏さまは少しだけ笑った。
風が吹く。
木々が揺れる。
祭囃子だけが遠い。
「……でもまぁ」
智史は空を見上げる。
「僕はこっちの方が好きですけどね」
「ほう?」
「静かで」
風が気持ちいい。
蝉の声。
木の匂い。
少し古い空気。
「落ち着くんですよ、ここ」
奏さまは少しだけ黙っていた。
そして。
「……そうか」
小さく笑った。
その顔が少しだけ嬉しそうで。
智史はなんとなく、それ以上何も言えなくなった。
代わりに。
遠くで。
どん、と音がした。
「……花火?」
次の瞬間。
夜空に大きな花が咲いた。
赤。
青。
金色。
夏の夜空に広がっていく。
「おぉ……」
智史は思わず声を漏らした。
奏さまも空を見上げている。
紫色の瞳に、花火の光が映っていた。
静かな神社。
誰もいない境内。
遠くの祭り。
ここだけ、少し世界から離れているみたいだった。
「……祭り、行かなくても十分ですね」
「うむ」
奏さまは静かに頷く。
「悪くない」
風が吹く。
花火がまた一つ、夜空に咲いた。
そして。
「花火鑑賞料として百十円」
「雰囲気返せ!!」
「夏の特別料金じゃ」
「シーズン課金やめてください!!」
奏さまは楽しそうに笑った。
夜空の花火より、そっちの方がずっと賑やかだった。




