第五話「そにゃことにゃいわい!」
夏だった。
暑かった。
「……暑い」
天沼智史は、奏綴神社の石段に座りながら空を見上げた。
青空。
蝉。
容赦のない日差し。
夏である。
「夏じゃからな」
隣で奏さまが麦茶を飲んでいる。
今日も普通にいた。
もはや驚かない。
人間、慣れる生き物である。
「神様って暑くないんですか?」
「暑いぞ」
「暑いんだ」
「故に文明を活用する」
そう言って、奏さまは携帯扇風機を取り出した。
「めちゃくちゃ俗」
「快適じゃ」
「順応しすぎなんだよなぁ…この神…」
奏さまは満足そうに風を浴びている。
黒髪がふわりと揺れた。
こうしていると、本当にただの綺麗な女の子に見える。
いや、かなり綺麗だ。
紫色の瞳。
白い肌。
長い黒髪。
巫女装束。
静かな神社の空気も相まって、やたら絵になる。
「……そういえば」
「なんじゃ」
「奏さまって十九とか二十くらいに見えますよね」
奏さまは麦茶を飲みながら頷く。
「うむ」
「それ、本当の姿なんです?」
奏さまは少し考えるように空を見た。
蝉の声。
風の音。
そして。
「神は概念じゃ」
「急にスケールでかいな」
「故に、本来の姿というものは特にない」
「えぇ……」
奏さまは当然みたいな顔で続ける。
「今の姿は趣味じゃ」
「変幻自在かよ」
「できるぞ」
「マジで?」
「うむ」
奏さまは少し得意げに頷いた。
「老人にもなれる」
「へぇ」
「犬にもなれる」
「神様すげぇな」
「あと巨大化もできる」
「雑に強いな!?」
奏さまはふふん、と胸を張る。
「神なので」
「便利だなその返し……」
智史は少し笑った。
しかし。
「でもまぁ」
「なんじゃ」
「どう見ても歳下ですよね」
数秒、沈黙。
奏さまの動きが止まる。
「……ほう?」
「いや、見た目の話ですよ?」
「続けよ」
「なんかこう、小娘感あるというか」
ぴく。
奏さまの眉が動いた。
「そにゃことにゃいわい!」
次の瞬間。
奏さまが二頭身になっていた。
「縮んだ!?」
石段の上で、ぷかぷか浮いている。
頬を膨らませた二頭身神様が。
「お主、失礼すぎるのぢゃ!」
「語尾おかしいですけど」
「おかしくにゃい!」
「悪化した!?」
奏さまはぷんすか怒っていた。
小さい。
すごく小さい。
さっきまでの神秘感はどこへ行った。
「私は由緒正しき神なのぢゃぞ!」
「はいはい」
「扱いが雑!」
「だってその姿で言われてもなぁ……」
「むぅぅぅ……!」
奏さまは空中でじたばたした。
完全に子供である。
「見た目など器に過ぎぬ!」
「その器が幼いんですよ」
「違う!」
「小娘感が」
「ない!」
「ある!」
「にゃい!」
「そこ否定する時だけ語尾どうしたんですか」
奏さまは真っ赤になっていた。
ぷるぷる震えている。
智史は耐えきれず吹き出した。
「ふっ……ははっ」
「笑うでない!」
「いや無理ですよこんなの!」
奏さまは不満そうに唸る。
しかし数秒後。
ふっと元の姿に戻った。
「戻った」
「神は気分で形を変えるのでな」
「感情で縮んでませんでした?」
「気のせいじゃ」
「めちゃくちゃ分かりやすかったですけど」
奏さまはふん、とそっぽを向いた。
風が吹く。
長い黒髪が揺れる。
元に戻ると、やっぱり綺麗だった。
夏の光の中に立つ姿は、妙に現実感がない。
「……まぁでも」
智史はぽつりと言う。
「その姿、似合ってますよ」
奏さまが少しだけ目を瞬かせた。
「……そうか?」
「ええ」
智史は肩をすくめる。
「なんか奏さまって感じします」
「ほう」
奏さまは少しだけ嬉しそうに笑った。
そして。
にやり、とする。
「眼福料として百十円」
「請求の角度が新しい!?」
「お主もこういうのが好きであろう?」
「否定しづらい言い方やめてもらっていいですか!?」
「正直でよろしい」
「認めてないですからね!?」
奏さまは楽しそうに笑う。
風が吹く。
蝉が鳴く。
静かな奏綴神社に、今日も智史のツッコミが響いていた。




