第四話「届けたい気持ち」
夏の夕方だった。
蝉の声が少しだけ弱くなり、代わりにひぐらしが鳴き始めている。
奏綴神社は相変わらず静かだった。
人の気配はない。
風だけが、古い木々を揺らしている。
天沼智史は拝殿の縁側に座り、スマホの画面をぼんやり眺めていた。
「…………」
再生数、二十七。
昨日投稿した新曲。
頑張って作った。
歌詞も、アレンジも、かなり悩んだ。
でも伸びない。
コメントはゼロ。
登録者も増えていない。
「まぁ、いつものことか……」
独り言のように呟く。
すると隣で麦茶を飲んでいた奏さまが言った。
「また伸びぬのか」
「その言い方やめてもらっていいです?」
「事実じゃ」
「容赦ないなぁ」
奏さまはストローを咥えたまま、智史のスマホを覗き込む。
「ふむ」
「なんですか」
「少ない」
「知ってます!!」
境内にツッコミが響いた。
奏さまは少し不思議そうな顔をする。
「何故そこまで落ち込む」
「いや落ち込みますよ普通」
「そういうものか?」
「そういうものです」
智史はスマホを伏せた。
風が吹く。
木漏れ日が揺れる。
「……まぁ」
智史は苦笑する。
「別に、今さらなんですけどね」
「ほう?」
「売れないの、慣れてるんで」
奏さまは黙っていた。
智史は空を見上げる。
青空の向こうに、ゆっくり雲が流れていた。
「高校の頃からやってるんですよ」
「長いな」
「もう半分意地ですね」
「やめようとは思わぬのか」
「思いますよ、そりゃ」
何度も。
向いてないんじゃないか。
才能ないんじゃないか。
もう歳だろ。
そんなこと、何回考えたか分からない。
「でもまぁ」
智史は笑う。
「好きなんですよね、結局」
奏さまは、その言葉に少しだけ目を細めた。
風が吹く。
鈴が鳴る。
「お主の曲は素晴らしい」
静かな声だった。
智史は少しだけ目を瞬かせる。
「急に褒めるじゃないですか」
「事実じゃ」
「神様補正では?」
「いや」
奏さまは首を横に振る。
「私は芸事の神じゃぞ」
「そうでしたね」
「その程度は分かる」
奏さまは、空を見る。
夏の光が、紫色の瞳に淡く映っていた。
「お主の曲は真っ直ぐじゃ」
「それ、良い意味です?」
「良い意味じゃ」
「ならよかった」
「だが」
奏さまは続ける。
「今の時代には合っておらぬ」
「うわぁ」
智史は苦笑した。
「やっぱそうです?」
「うむ」
奏さまは妙に真面目な顔だった。
「今は皆、傷つかぬように生きておる」
「…………」
「鬱々とした時代じゃ」
風が吹く。
木々が揺れる。
「そんな中で、お主のような真っ直ぐな歌は怖いのじゃ」
「怖い?」
「刺さるから避ける」
奏さまは静かに言った。
「人間はそういうものじゃ」
智史は少し黙った。
言われたことは、なんとなく分かる気がした。
「……神様って時々妙に核心突きますよね」
「神なので」
「便利だなその返し」
奏さまは少し得意げだった。
「安心せよ」
「何をです?」
「あと六十年ほどすればドンピシャじゃ」
「その頃俺もう生きてないかも!」
「なんと脆い」
「人類の寿命ナメてる!?」
奏さまは不満そうに腕を組む。
「芸というのは時代を超えるものじゃ」
「まぁ、そういうのもありますけど」
「届けたい気持ちは時をも超える」
その声だけ、少し静かだった。
智史は、思わず奏さまを見る。
奏さまは空を見ていた。
「お主が届けたいのは」
風が吹く。
長い黒髪が揺れる。
「今生きている人間だけか?」
「…………」
智史は言葉を失った。
蝉の声。
夏の空。
静かな神社。
奏さまの横顔だけが、やけに遠く見えた。
「歌というのはな」
奏さまは続ける。
「百年後、誰かを救うこともある」
「…………」
「お主の子孫の時代に届くと考えてみぃ」
奏さまは少し笑った。
「悪くはなかろう?」
智史は、少しだけ笑った。
「……まぁ」
それは。
悪くないかもしれない。
今じゃなくても。
誰にも見つからなくても。
いつか。
どこかで。
誰かに届くのなら。
「だから作れ」
奏さまは当然みたいに言う。
「芸とは、そういうものじゃ」
智史はしばらく黙っていた。
風が吹く。
鈴が鳴る。
夏の匂いがする。
「……そうですね」
ぽつりと呟く。
奏さまは満足そうに頷いた。
「うむ」
そして。
「では百十円」
「なんで!?」
「感動料じゃ」
「最低だこの神様!!」
「良い話を聞いたであろう」
「課金システムみたいに言うな!」
奏さまは呆れたようにため息を吐く。
「まったく……」
「なんですか」
「芸術には対価が必要じゃ」
「自分で感動させて請求するの、泣き泣き詐欺って言うんですよ!」
「人聞きの悪い」
「その顔で言うな! 罪悪感すごいんだよ!」
奏さまは、少しだけ楽しそうに笑った。
夏の風が、静かな神社を吹き抜けていった。




