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癒しの至玉

「里の者なら誰にでも発症の可能性はあっタ。驚くことではなイ」


 自らの指先を眺めながら、ゾマは何か悟ったような調子で語る。

 一見ただ汚れてしまったようにも見えるが、彼女の指は世界の歪みが生み出した病、黒肢病を発症していた。


「いや、だけど……!」


 慌てて起き上がった勝八は、その手を掴んで反論しようとする。

 勝八が世界からいなくなった5秒足らずの間に、狙いしましたようにゾマが発症するなど明らかにおかしい。

 緩が言おうとしていたのはこの事だったのか。


「長老!」


 テントに入ってきた男が急かす。

 そうだ。発症したのはゾマだけではない。


 ゾマを目の仇にしていた金髪蛮族――アリュナも同じタイミングで発症したらしい。

 この事態をどう捉えて良いか分からず混乱する勝八。


「一度、外へ出ましょウ」


 彼を諭すよう、長老が言葉を発した。

 皺だらけの彼女の顔には、ひどい疲れが顕れている。


「あぁ……」


 それも気になったが、発症したのはその二人だけとは限らない。

 事態の把握のため、勝八達は一度外へ出ることにした。

 すると――。


「神の祟りダ……!」


「アリュナ様が神に反していたと言うつもりカ!?」


「お、俺は生贄には反対だったんダ」


 テントの外は喧騒に包まれていた。

 男達が口々に勝手な事を言い合い、アリュナはその中央でへたり込んでいる。

 彼女の左手には、ゾマと同じ黒肢病の兆候が顕れていた。


「神の使者……」


「わ、我々が間違っておりましタ。どうか天罰ハ……」


 勝八へと媚を売ろうとした男達だが、ゾマの手も黒く染まっているのを見、彼らは混乱を深めた。


「な、何が神の使者ダ!」


「それが本当なら今すぐ病気を治セ!」


 二転三転する男達。

 彼らの前で、勝八は大きく息を吸った。

 肺を膨らましながら長老とゾマへチョイチョイとジェスチャーし、耳を塞がせる。


「うるせぇ!!」


 強化された腹筋を使って思い切り怒鳴る。

 すると空気が爆発し、その衝撃波で前列の男達が尻餅をついた。


 こいつらに付き合っている暇は無い。

 何が神の祟りだ。

 アリュナはともかくゾマを祟る理由など緩には皆無だろうに。


 息を吐き出しても収まらない怒りにぐつぐつと煮える勝八。

 彼は男達が呆然としている間にフリオ隊長とキュール君へ手招きをした。


 すると、足取りの覚束ないキュール君が隊長に支えられるようにして近づいてくる。


「眼鏡が割れるかと思ったよ……」


 彼は自身の眼鏡を確かめながら、苦笑した。


「素晴らしい声量だ。良い隊長になれるぞ」


 一方でフリオ隊長は、冗談とも本気とも取れない眉毛でそんな賞賛をした。


「その、指のことは……」


 それに頷いた後、キュール君はゾマに視線をやり言葉を探す。


「……問題なイ」


 彼に対し、ゾマは目線を合わさず答えた。


 先程は気丈に振舞っていたが、やはり不安らしい。

 両親や里の人間が死ぬところを間近で見てきたのだ。無理も無い。

 だが、勝八に期待するなと言われ、気持ちの置き所が無くなっている。


 可愛い女の子の不安を受け止められなくて、何が神の使いか。

 自分を叱咤した勝八はもう一度息を吸い、今度はなるべく優しい声音で彼女に告げた。


「大丈夫だ。神様と俺で……絶対何とかする」


 その言葉にびっくりと、ゾマが顔を上げる。

 水を蓄えた金色の瞳の中で、くるんと光が踊った。


「カッパチ……」


 自分の名を呼ぶゾマに、勝八は強く頷いた。


 さぁ、これで後戻りはできなくなってしまった。

 いやそもそも、何とかしなければゾマが死んでしまうのだ。

 引くなどという選択肢はあり得ない。 


「我々に何か手伝えることがあるのかな?」


 そんな勝八達の様子を見比べてから、隊長が自分たちを呼んだ真意を問いただす。


 ここで間違える訳にはいかない。

 緩との会話をよく思い出してから、勝八は隊長達に告げた。


「あぁ、この辺にあって、なるべく希少な……それでいて有名な薬を教えて欲しいんだ」


 数が多いものを改変すると力がかかり過ぎ、そもそも設定に無い物体だと改変すらできない。

 緩が出した条件は、これで合っていたはずだ。


 慎重に、勝八は口にする。


「いくら高名な薬でも、黒肢病を治せるとは限らないよ」


「治せるようにするんだ。神様の力で」


 難しい顔で諭すキュール君には、そう言葉を返した。

 説明不足にも甚だしいセリフに彼は首を傾げる。


「薬の効果を変質させるということか。凄まじい力だな」


 だが、フリオ隊長には意味が伝わったらしい。

 彼は腕組みをして呟く。


「そこまで便利じゃないんだけどな」


 緩曰く、いっぱいの引き出しに何とかスペースを作って行う改変である。

 が、この説明は正しく出来る自信は無く、また、時間も無い。


 神様の苦労は自身の胸に仕舞って、勝八は一同を見回した。


「そんな訳で、この条件に合った薬を知らないか?」


 改めて尋ねると、ふむと全員が考え込む。

 

「満月の夜にしか咲かなイ月下夜草という物があル」


 最初に発言したのはゾマだった。


「ゾマ。満月は一昨日終わったばかりデス」


 だがそれを、長老がやんわりと否定する。


「悪い。今から三日……二日以内に取れるもので頼む」


 ゾマに謝って、勝八は条件を一つ追加した。

 いくら理想の薬が取れても、患者達が死んでしまってからでは遅い。

 

「ペガス医療部で、画期的な毛生え薬が開発中らしいよ」


 ゾマがむぅと唸っていると、今度はキュール君がそんな候補を出す。


「もう一度ペガスに潜入するのは難しいだろう。それに、噂程度では有名という条件に外れる」


 だが、今度は隊長がその意見を却下する。

 確かにキュール君の言いようでは、新薬とやらは人々に広く知られているとは考え難い。


 緩の性格からしても、わざわざ毛生え薬の設定を作るとは思えなかった。


「そうだな。ちょっと違うかも」

 

 一応保留にはしておいて、勝八も隊長に同意した。


 その後も、路肩で売っていた惚れ薬や四つ歯の食人ラフレシアなど様々な意見が出た。

 だが、どれも緩の出した条件に完全合致はしない。

 遠巻きにする蛮族たちが彼らの会議を不審そうな目で見つめ、勝八がそれを睨むことで牽制し、30分。


「薬や魔法じゃなくても……何なら石でも良い。なんか無いか?」


 ゾマの死に対する緊張感。

 タイムリミットが迫る焦り。

 それらを台無しにする阿呆な会議。


 勝八の精神は、急速に磨耗していた。

 投げやりにならないよう気をつけても、ぞんざいな言い回しになるのは避けられない。


 しばしの沈黙の後、フリオ隊長がポツリと呟いた。


「……ユニクールに伝わる、癒しの至玉というものがある」


「隊長!」


 それを聞くと、疲れで項垂れていたキュール君が弾かれたように顔を上げる。


「様々な傷や病気をたちどころに治す宝玉で、ユニクールが平和の国として呼ばれる象徴にして所以だ」


 キュール君を一瞥で宥めてから、隊長は件の至玉について語りだした。


 勝八も、ユニクールの成り立ちに関しては緩に聞いた覚えがある。

 詳細はまるで覚えていないが、象徴とまで言われる物ならば彼女の設定にも書き込んであるはずだ。

 効果に関しても、設定を追加する必要も無いのではないかと思われるほどピッタリである。


 ……まさか本当に石が出てくるとは。

 自身の予知能力に当惑する勝八。

 その横でゾマが口を開いた。


「しかし、ユニクールは滅んだはずダ」 


「あぁ、滅んだ。その際に癒しの至玉も失われたと……世間では思われている」


 それに対し隊長は重々しく頷くと、電車で寝るサラリーマンのように腕組みをし瞑目する。


「違うのですカ?」


 癒しの至玉に関しては知っていたのか。

 長老が口を挟む。


「実際には、癒しの至玉はユニクール城跡に隠されたままなのです。ペガス側もそれに勘付いていて、我々を監視していた」


 それに答え、ゆっくりと目を開く隊長。

 彼の瞳には、まるで荒れ果てたその情景を映しているかのような哀愁が溢れていた。


「えーと、つまりそれを俺に貸してくれると」


 回想が政治劇にまで及びそうになり、勝八はとりあえず話題を戻した。

 そういう話になると勝八ではついていけないし、時間も足りない。


「うむ……そういう事になる」


 元々それ以上語るつもりも無かったのか。

 隊長はあっさりとそれに従うと勝八の問いを肯定した。 


「しかし隊長、あの場所は……!」


 だがそんな彼を、キュール君が引き止める。

 国の至玉を自称神の使いに貸し出すなどという暴挙を諌めたのかと一瞬思ったが、それにしては言い回しが妙である。


 勝八が首を捻っていると、隊長が左右の眉毛を眉間で繋げて語った。


「ユニクール城は、現在も魔物の巣窟となっている……それも、武の国ペガスが攻めあぐねる程の大量かつ凶悪な魔物の、だ」


「それは……大変だな」


 ずずいと隊長の顔が迫ってくる。

 それに引きながら、勝八は頭脳を一片も使っていない感想を返した。

 魔物と言われても例の竜やウロボロスレイヴしか見たことが無いので、凶悪というイメージがどうしても湧き辛い。


「一説には、魔王の指揮で癒しの至玉を探索していると言われてるね」


 隊長の脇にいるキュール君が魔王などという単語を出しても完全にスルーである。


「ならば、もう取られてしまったのではないカ?」


 脳の容量が満杯気味の勝八の代わりに、ゾマがもっともな事を尋ねる。


「いいや。それなら魔物は引き上げているはすだ。それに……」


 だがそれを否定した隊長は、腰ミノの中から古びたペンダントを取り出した。


 この世界の人間は有袋類なのではないか。

 真剣に考え出す勝八。


「封聖の鎖。これが無事であることから、癒しの至玉に施された封印が破られていないことが分かる」


 緩の発想からして、封印が破られるとこの鎖も切れますよ的なアイテムだと推察する勝八。

 そんな大事な物を股間に入れるのもどうなのだという気もするが、話の腰が完全に折れそうなのでそれはつっこまないでおく。


「分かった。じゃぁユニクールに行けばいいんだな」


「危険だ!」


 代わりに勝八がそう結論づけると、キュール君は懸命にそれを止めようとしてくる。


「この山のどこかに一本だけある薬草とか、どこそこの高名な魔法使いが一人だけ使える魔法とかよりずっとマシさ」


 だが、勝八にとっては腕力で解決できる課題なら他よりも大分易しい。

 どちらにしろ他に候補も無いのなら、行くしかないのだ。

 ゾマの命がかかっているし、彼女に約束もしてしまった。


 勝八が覚悟を決めたのを見て、隊長は青春万歳とでも言わんばかりに口角を上げて頷く。


「ならばこの封聖の鎖を持っていくが良い。合言葉は……」


 そして彼は先程まで股間にあった鎖を差し出してくる。


 だがその時、ユニクール&合言葉の組み合わせに、突如勝八の脳に閃光が走った。


「――鎖解き放ち開け封されし扉。エル・チェイネン・エン・ドアラ」


 何かに憑かれたように、彼はその文言を口にする。

 驚愕したのは隊長である。


「何故代々王族と近衛隊長にしか受け継がれていないホーリーワードを知っている!?」


 いつもは泰然としているフリオ隊長が、まさか敵国の刺客かとばかりにファイティングポーズを取った。


「いや、まぁ……神の使いですから」


 彼の超反応に驚きながら、勝八は適当に答える。


 「勝ちゃんは変な事ばっかり覚えてる」と緩に言われた覚えがあるが、これもその一つであった。

 設定はまるで覚えられないのに、緩の作る妙な詠唱を一発で覚えてしまうことがあるのだ。

 

 ていうかドアラて。

 そのツッコミが、勝八の脳にホーリーワードの存在を強く強く刻み付けていた。

 ちなみに本人にそれを告げるとひどくむくれられ、3日ほど口を利いてくれなくなったのも勝八は覚えている。


「ううむ、神の使い恐るべし。思えば君はみっちゃんのことも知っていたな」


 普通なら癒しの至玉を狙ったスパイと思われても仕方の無い所業である。

 しかし本人の人徳か、それともこんなアホがスパイなはずが無いと判断されたのか。

 隊長は唸り声を上げながらも納得する。


 そういえば、みっちゃんとやらは無事であったのか。


「では、改めて鎖を……」


 聞くに聞けない勝八に、隊長は鎖を手渡した。

 こちらに関してはばっちぃと言うに言えず、結局そのまま受け取る勝八。


 それから、勝八に複雑な思いを抱えさせつつも話はひと段落。

 そろそろまた緩の元へ戻る時間となった際、長老が勝八に尋ねた。


「アリュナの傍に行ってよろしいでしょうか?」


 すっかり存在を忘れていた娘の名前に、勝八は蛮族過激派の方を見る。

 一時間経っても、彼女はまだそこで放心していた。


 いや、年頃の娘が後3日と少しで死ぬと言われたら、あんなものなのかもしれない。

 その辺りは同情しても……。


「あの娘も黒肢病で両親を失くし、それから自身の居場所を確保するのに必死だったのです」


 惑いかけた勝八の耳に、長老の語りが入る。

 それを聞いて、やっぱり許すのは無しだと勝八は思い直した。


「どんな事情があろうが、孫が間違った時は婆ちゃんがガーっと叱ってやらなきゃダメだ」


 暗い過去悲しい事情があったからといって、他人を脅したり過激なテロに走ったりして良いはずがない。

 あの様子では、それ以外にも日常的にゾマへ嫌がらせをしてきたと考える方が自然だろう。

 多分。きっとそうだ。

 勝八の頭にその光景が浮かぶ。

 

 いじめごっこ。鉄の遊び。うずくまる小さなお下げの少女。

 ぶるぶると頭を振る。違う。それは別の記憶だ。


「俺なんて幼馴染みの婆ちゃんなのにめっちゃ叱られたからな」


 誤魔化すように、勝八は笑った。

 少々不自然な物になったかもしれない。


「分かりました……病気が治ったら、きっと」


 何かを悟って、長老が頷く。

 アリュナが嫉妬する必要も無いほど、この婆様は孫に甘い。


 勝八だけはなぁなぁで甘やかさないようにしよう。

 心に決めて、勝八は緩の元へと戻った。

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