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黒肢病撲滅会議

 黒肢病は、両手足のいずれかの先が炭を塗ったように黒くなることから始まる。

 黒化は患者の体力を奪いつつ、日毎に進行。

 体が弱っているほど進行が早く、最短で三日も経つと該当部位を真っ黒に染め上げ、そのまま体へと広がっていく。

 そして、それが心臓に達する時、患者は死に至る。


「十年前にも、この奇病が流行したことがありましタ」


 そんな説明を受けながら、長老に先導され勝八は黒肢病の患者への面会に向かっていた。

 周囲には過激派蛮族もゾロゾロとついてきており、落ち着かないことこの上ない。


「その際ゾマの両親は彼らの看護を献身的に続け、黒肢病に感染しましタ」


 黒肢病の発生源は謎。

 ただし感染力は低く、該当部位に長時間触れなければ感染はしない。

 しかし、それが分かったのは彼らの犠牲があってからだった。


「ゾマの両親は幼い彼女を残して他界。他にも24人の死者が出ましタ。これは感染した者全てでス」


「なるほど……だから」


 さすがの勝八も、この説明は真面目に聞いていた。

 横ではゾマが彼の腕を取り、今にも倒れそうな様子のまま歩いている。


 ゾマの両親がいない理由。

 そして、彼女が黒肢病という名前に強いショックを受けたのはこれが理由だったのか。


「治療法は、現在も判っていませン」


 そう結び、長老は口を重々しく閉じた。

 勝八は背後の隊長達を見るが、彼らも首を横に振る。

 どうやら、そんな病気自体知らないようだった。


「……ここでス」

 

 勝八が納得していると、やがて長老は急ごしらえらしい簡素かつ大きなテントの前で立ち止まった。

 10人は余裕で入れそうなその規模に、ゾマが息を飲む。


「現在の発症者は3人。ただ、発見が昨日なのデまだ増える可能性はありまス」


「3人……」


 その数字を聞いてキュール君が力を抜きかけ、プルプルと首を横に振る。

 このままではその3人が確実に死んでしまうのだ。

 テントの規模と比べて人数が少ないからといって、安心して良いはずはない。


 それでも、限界の近いゾマの状態を見ると勝八も一息つかざるを得なかった。

 そのゾマが、勝八の腕を離れフラフラとテントに近づいていく。


「俺も行くって」


 彼女の肩を掴んで、勝八は腕を掴ませ直した。

 今のゾマを一人で歩かせるのは長老以上に危なっかしい。


「カッパチ……」


「一応言っておくけど、ゾマが命がけで看病するとか言い出したら無理にでも連れて逃げる」


 見上げてくるゾマと視線を合わせ、勝八は彼女へと告げた。

 彼は器の大きい人間ではないので、見知らぬ人間よりゾマの安全を優先したい。


 だが説明を聞く限り、触れさえしなければ感染は無いそうだし、何より止めてもゾマが聞くとは思えない。


「に、逃げるですっテ!?」


 逃げるという言葉に反応して、アリュナが裏返った声を上げる。


 止められるもんなら止めてみろ。

 そんな視線を返し、勝八は彼女と睨みあう。


「大丈夫ダ。使命を忘れたりはしなイ……」


 勝八を宥めるように、ゾマが頷く。

 その金色の瞳には強い意志が戻ったように見えた。


「ぼ、僕も行こう! 医術には心得がある!」


 そんな時、今まで押し黙っていたキュール君が声を上げた。

 ロケットつき神輿だけでなく医者の代わりまでできるとはどんな来歴だ。


 つっこもうかと考えた勝八だが、彼の青ざめた顔を見るとそうもいかない。


「ダメですワ! アナタは人質でス!」


 キュール君を止めたのは、勝八ではなくアリュナだった。

 取り巻きの一人がそれに合わせ、キュール君に槍を突きつけた。


「お前らも一緒に来ればいいだろ」


 その場を動こうとしないアリュナと取り巻きに向けて、勝八は呼びかける。

 だが、動くものはいない。

 触らなければ感染しないと言われても、やはり近づくのが怖いのだろう。


 勝八だってゾマを優先すると宣言した身だ。

 彼らを非難することは出来ない。

 

 人質とか生贄の件は別だけれど。

 後でグーで殴るのだけれど。


「後で症状を報告してくれ。何か手助けできるかもしれん」


 今すぐそうしてやろうかと考えた勝八に、隊長が落とし所を与えてくれる。

 さすが勝八が憧れたフリオ隊長である。


 設定とか名前とか忘れていたけれど。

 先程まで存在すら忘れていたのだけれど。 


「それでハ……」


 勝八の内心はともかく、長老は話がまとまったと見て入り口を潜る。

 ゾマの足が動き出したのを感じ、勝八もまた中に入った。


 テントの中に入ると、人々のうめき声がまず聞こえる。

 床を見ると、確かに老人、少年、女性の三人が布の上に転がされていた。


 そして、彼らの手足は――。


「これは……」


 黒くはなっている。なってはいるが、それだけではない。

 腕の輪郭がぼやけ、グネグネと波打っている。

 指はクレヨンで書いたような一本線に変じており、長さが不ぞろいになっている。

 サンプルが少ないのではっきりしたことは言えない。

 だが彼らの片腕片足は、勝八が今まで見た魔物と類似した姿となっていた。


「ちょっと失礼」


 ゾマの隣を離れた勝八は、うなされている女性の傍にしゃがみ込み、変形した右手を触る。

 すると、フワフワした綿菓子のような感触がした。


 これは、間違いない。


「世界の歪み……」


 確信した勝八は、彼女の手を握ったまま呟いた。


「カッパチ」


 ゾマの短い警告に、我に返って女性の手をそっと離す勝八。

 復活できる体とはいえ、修復には時間がかかるのだ。

 それにゾマへ注意した手前、自分が感染するわけには行かない。


「やはりこれは、通常の病気ではないのですネ」


 今のはあくまで重要な調査だからセーフ。

 尚も睨んでくるゾマに、視線で訴えかける勝八。

 すると、長老が何やら確信を深めた調子で呟いた。


「あぁ、これは世界の歪みって言って……えーと、バグって言っても分からないよな」


 何とかこの具象に関して伝えようとする勝八だが、彼が説明下手なうえ原因も分かっていないのでどうにもならない。

 

「神の罰ですカ?」


「それは違う」


 そんな勝八でも、それだけは違うとはっきり言える。

 長老の質問に、彼は早口で答えた。


「あいつはこの世界の人間を罰しようとなんて思ってない。皆を、助けようとしてるんだ」


 そう、緩は誰かを懲らしめようなどと考えてはいないし、破壊神でもない。

 今回の病気だって、彼女が知れば何とかしようとするだろう。


「黒肢病も、治るカ?」


 幼い娘のような頼りなさで、ゾマが尋ねてくる。


 ゾマの捻挫も治せなかった緩だが、勇者の周りにあった歪みは直した実績がある。

 おそらく単なる病より、病兼世界の歪みの方が直しやすいはずだ。


「あぁ、きっと大丈夫だ」


 とにかくゾマを元気にしたい一心で、勝八はどんぶり勘定で安請け合いの返事をしてしまった。


「そうカ……!」


 彼の答えに、ゾマの顔がパァと輝く。

 その表情を見てから「あれ、これって治らなかったらまずくないか?」と気づく勝八。


「えーと、もしかしたらダメかも……」


 今更になって弱気な下方修正をしようとすると、ゾマの顔が再びどんより曇る。


「と、とにかく神様と相談してくるから!」


 旗上げゲームのような変化に狼狽しながら、結局勝八は結論を先延ばしにした。

 そういえば約束の帰還時間はとっくに過ぎているはずだ。

 彼が考えていると――。


「来た……!」


 体の末端が痺れ、魂が離れていくような……いや、まさしく魂が剥がれる感覚がしだした。


「5秒ぐらいで戻る。ええと、期待はそんなにせず、かといって希望は失わずに待って……!」


 ゴミにもならないような事を言い終える前に、視界が暗転していく。

 最後にゾマが自分を受け止めるのが見えて、勝八の意識は途切れた。




◇◆◇◆◇




「黒肢病って、知ってるか?」


 異世界から戻り、相変わらず心配そうな顔をしている緩に、勝八は尋ねた。

 キョトンとした顔で「黒死病(ペスト)?」だとか首を傾げる緩。

 袖の無い中衣(ベスト)でも食材をすりつぶした物(ペースト)でもないと否定した勝八は、彼女に異世界での出来事を説明した。


 そして――。


「……そんな病気、私作ってないよ」


 机に向かい合い話し終えたときには、緩はすっかり落ち込んでいた。

 自身の未熟さが原因で過去にも死人が出ていたと聞けば、彼女がそうなるのも無理はない。


「分かってるって。お前がそんな設定作るわけないのは」


 しょげている緩の頭をポンポンと叩いて、勝八は彼女を慰めた。

 彼女に触れることに対して段々と躊躇いが無くなっている自分には気づいているのだが、他の慰め方を彼は知らなかった。


「で、この歪みって直せるか?」

 

 だが、今は緩に触れて自分が癒されている場合ではない。

 勝八が問いかけて頭から手を離すと、緩は子犬のような唸り声を出した。


「ちょっと難しい……かも」


 もっと撫でろという我侭な催促ではない。

 彼女は、この台詞を言いたくないので唸っていたのだ。


 勝八としても、その結論は望ましいものではない。


「勇者の時みたいに、黒肢病自体を消しちまうのは?」


 一度緩は歪みとやらを解消したはずだ。

 同じ方法で何とかならないかと勝八は提案する。

 

「設定自体が無いんだもん。消しようがないよ」


 しかし、緩はそれに息を吐きながら答える。

 そう、先程呟いたように、彼女は黒肢病の設定など作っていないのだ。

 完全に管轄外だ。それ自体を弄ることは出来ない。


「一回黒肢病の設定をでっち上げて、それを消す」


「同じ名前の病気ができて、それがすぐ消えるだけになると思う」


 勝八にしてはナイスアイデアが浮かび顔を近づけて提案するも、緩は上半身を反らして却下した。

 この返答の早さは、彼女も一考したからだろう。


「うーん……」


 それでも諦めることが出来ず、勝八は夏の暑さに茹だる番犬の如く唸った。

 彼の脳細胞は限界に近い。

 既に頭痛が発生していた。


「……あんな見た目だけど、病気として治療は出来るんだよな?」


 その痛みの中、一つの閃きが頭をよぎって勝八は緩に問いかけた。


「うん、それは出来るはずだよ。勝ちゃんが魔物を殴れるのと一緒で」


 すると、緩から初めてYESの返答を引き出せた。

 期待に逸る胸を抑え、勝八は本題を切り出す。


「なら……黒肢病の特効薬の設定を作るとかは!?」


 相手を超悪質ではあるが病として扱うことも出来るなら、それを治療する薬を創造してしまえば良いのだ。

 自分を天才と褒め称えたくなるほどのナイスアイデアである。


「あんまり影響力が強い薬を作ると、新しい歪みができちゃうし……」


 しかしこれも却下である。

 勝八はついに机へと突っ伏した。


「ご、ごめんね! 私がダメな神様だから!」


 寸でで異世界本を持ち上げた緩が、勝八に謝罪する。


 気にするなって。そのために俺がいるのさ。

 目線だけを向けて勝八が訴えると、驚くべきことにそれで伝わったらしく緩は口をへの字にして頷く。


 以心伝心は素晴らしいことだが、それはそれとして勝八には疑問があった。


「あの勇者とかの能力も緩が作った設定だろ? 何でアイツは作れて薬は追加出来ないんだ?」


 そもそもこの世界は、緩が設定を追加していき創造した物のはずである。

 何故それが、今は出来なくなってしまっているのか。


 実はアバターを作った時から勝八には疑問であったが、完全に聞きそびれたり忘れたりしていたのである。


「容量がいっぱいなの」


 そんな勝八積年の疑問に、緩は本を自らの膝元に置きながら答えた。


「容量?」


 勝八が顎を視点に首を傾げると、緩は「パソコンとかの方が分かりやすいかもだけど」と前置きしてから説明を始める。


「引き出しの中に物がいっぱい詰まってて、新しくは入れられない状態。無理に入れると中身が歪んじゃうの」


「……引き出しの中から勇者の美形設定とか、要らないもんポイしちまうとかは?」


 分かりやすい説明に、今度は反対側へと首を傾げる勝八。


「その、勝ちゃんから見るとひどい勇者さんだったと思うけど、それでも勇者ブレイブレストはいろんな活躍をして歴史に干渉してるの。多分」


 すると、話が段々難しくなってきた。

 多分とついたのは、緩自身もその目でブレイブレストの活躍を見た訳ではないからだろう。


「この前設定が消せたのは、あれが歪みの原因だから。普通の設定を減らすと歴史に矛盾が出て……やっぱり歪みが出来ちゃう」


「要するに、新設定の追加は望めないって事だな」


 緩の説明を聞き終え、勝八は何とかそれだけ把握した。

 緩も勝八では理解しきれないと悟り、説明を端折った感もある。


 これもダメか。

 勝八の心に暗雲が立ち込める。


「あ、でも」


 そんな時、緩が小さく声を上げた。

 彼女は膝に置いた本をめくりながら呟く。


「あの世界にもう存在してる薬に、黒肢病の治療ができるって設定を追記するなら大丈夫かも」


「おぉ、できるじゃねーか!」


 緩はやれば出来る神様だった。

 嬉しくなって体を起こす勝八。


「でもそうすると、今度はその設定を何に足すのかが問題になるんだよね……」


 だが、緩は反対に背筋を大きく曲げた。


「その辺の小石とかじゃダメなのか?」


 彼女が何を悩んでいるか分からず、勝八はとりあえず案を出してみた。


 道端の小石:飲むと黒肢病が治る。


 というような按配である。小石を飲むのは辛いだろうが、死ぬよりはマシだろう。


「それじゃ、数が多過ぎて結局大きな力がかかっちゃうよ。そもそも小石の設定なんて作ってないし」


 しかし、それに対して緩からのダメ出しが入る。

 なるほど。彼女が危惧していたのはそういうことだったのか。


 アホなことを言ってしまったが、理解は進んだ。

 何でも言ってみるべきだという好例である。


「つまり、そこそこ希少で手に入りやすい石が必要なわけだな。川原の平べったくて丸い石とか」


「石に拘らないで良いんだけど……」


 一つ賢くなった勝八は、更にアホな事を言って緩を困り顔にさせた。


「て言うか、薬とか薬草のほうがいいな。そのほうが私も設定を追加する時イメージしやすいし」


 彼女は切り替えるように設定本を机の上に乗せ直すと、改めてパラパラとめくる。


「うーん。でもペガスの近くにある薬草ってどれが良いかなぁ。私、薬草の群生地とかは設定してないのが多いんだよね」


 先程から選別に苦労しているようだ。

 思えば緩は、世界の様子を直に見ることが出来ない。

 例えペガス近郊に生えていると設定した薬草があったとしても、既に取り尽されていたり枯れていたりする事も考えられる。

 

 何より暇だ。


「こういうのは現地民に聞いたほうが早いだろうな。もう一回異世界行ってくる」


 そのような訳で、勝八は勝八で独自に情報収集をすることにした。


 ゾマは薬師の見習いだし、キュール君は医療の知識もあると言っていた。

 彼女らに聞いた方が、より地域密着型の薬を手に入れられるだろう。


「うん。そうだね。私もこっちで探してみるから、お願いできるかな?」


 珍しくまともな勝八の提案に、緩はお使いを頼む母親のような喜色を見せて手を叩いた。

 両面作戦である。

 今までに無い「協力し合っている」という感触に、勝八の心も躍った。


「一時間ぐらいで引き上げてくれ」


 彼女に言い添え、勝八は再び寝転がる。


「あ……」


 その時、緩が何やら声を発した。


「どした?」


「ううん、何でもない!」


 首を起こして勝八が聞くも、緩はお下げをふるふる振って誤魔化す。

 どう考えても何かあった様子だが、まぁ一時間後に戻ってくるわけだしその時聞けば良かろう。

 そう考えて、勝八は枕に頭を埋めた。

 そして、彼が異世界に舞い戻ると――。


「た、大変です!アリュナ様が!」


 いきなりそんな声が響き、勝八は目を見開いた。

 後頭部の感触がゾマの膝枕変わっていたことも衝撃的だったが、その時目に入った光景がそれを忘れさせる。


「アリュナ様の手に、黒肢病の兆候が!」


「ゾマ……お前の指」


 ゾマの指の先が、クレヨンを押し付けたような黒い塊に変じている。


「あぁ、なってしまったようダ」


 自身の指を見、ゾマは存外冷静にそう返す。

 勝八がいない5秒の間に、世界は新たな歪みを生み出していた。

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