↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/53

君の異世界

 いじめごっこ。

 それは鉄の遊びである。

 考案したのが誰かは分からない。

 が、主犯格は5年2組の中心的女子、村北ひとえであったと勝八は記憶している。


 まずターゲットを決め、複数人で軽くいじめる。

 授業中後ろから紙玉を当てたり、発言を意味なく無視したり。

 そんな事を数日続けるのだ。


 そして相手が怒るか教師に密告(チク)るかした途端、「あれは遊びだった」と口裏を合わせる。

 テレビの真似だったとか、本気にするとは思わなかったとか適当な口上で逃げ延びる。


 もしくは「ごめんね○○ちゃん! やり過ぎちゃったよね!」と言って村北が抱きしめる。

 相手が怒り難い空気を作ったところで、即座に次のターゲットに移る。

 

 それが数人繰り返されるとやがて「これは遊びだ」という愚かな共通認識がクラス中に生まれていく。

 更には村北側から「怒るほうが空気読めてない」という認識をじわじわと押しつけられていく。

 その内やられる方も数日経てば嵐が過ぎると理解し、反抗よりも沈黙を選ぶようになった。


 やがて「いじめごっこ」での虐められようや期間はクラス内での立ち位置で決まるようになっていった。

 逆説的に長い期間虐められれば、それだけクラスでの地位も下がっていくようになったのだ。

 かといって怒ったりすればバースト。最下層まで落ちてしまう。


 この仕掛けを利用し、村北筆頭の主犯格グループが毘名中央小学校5年2組を掌握しかけたそんな時期である。

 村北が突如、クラスの端っこに丸まっているクラス内ヒエラルキーにおいてお豆さん扱いの雪代緩に牙を向けたのだ。


 両親不在、特に調子に乗ってる訳でもない教師陣からの受けは良い。

 標的にするにはリスキーな相手だ。


 だというのに、村北は緩を全力で虐めた。

 それは元々取れかけていた「ごっこ」という建前が剥がれる、完全に陰湿で凄惨な虐めであった。


 一方その頃勝八は、山でカブトムシ狩りに夢中になっていた。

 クラスのピリピリした空気に嫌気が差し、3つ上の中学生集団とバカをやるのが楽しくなっていたという理由もある。

 「いじめごっこ」は上記の理由で緩には関係ないと思い込んでいたという理由もある。

 村北が巧妙に勝八のいない所で事に及んでいたという理由もある。

 緩自身が、勝八には黙っていたという理由もある。


 ともかく、勝八がそれに気づいたのは、緩への虐めが始まって一ヶ月ほど経ってからだった。

 現場に到着した勝八は、その勢いで村北に性差を超越した拳骨を見舞った。


 それから事はようやく職員会議に発展。

 いじめごっこによる不満が一気に噴出し、村北は政権から完全に転落。

 それはそれとして勝八は帰りの会で女子に吊るし上げを食らい、そのまま小学校卒業まで総スカン。

 阿呆な男友達とのみ過ごす小中学生時代を送った。


 いや、そのまま女子グループに入れば良いのに、何故かこちらに付いてきた緩がいたので、正確には男子だけではなかったが。

 それはともかく。


 異世界から地球に戻るまでに、勝八はそんな夢を見た。



 ◇◆◇◆◇



 これは異世界で見た夢なのか。

 こちらで目覚める前に見た夢なのか。

 それとも、その狭間に意識が存在する場所があるのか。


 ぼぉっとした頭で取り留めの無いことを考えながら、体を起こす勝八。

 すると――。


「何してんだお前」


 夕暮れの中、緩が明かりもつけずに俯いているのを見て、勝八はぎょっとした。

 立ち上がって部屋の明かりをつけると、彼女が顔を上げる。


 泣きはしていないものの、その目にはたっぷりと水分が溜まっていた。

 よく零れ落ちていないものだと表面張力の偉大さを噛み締める勢いである。


「どうしたんだよ」


「勝ちゃん……」


 机の前に座り直した勝八に対し、緩が舌足らずな声で応える。

 こういう時に身構えると緩は続きを話しづらくなる。

 それを知っている勝八は、なるべく自然体で目線だけを彼女に合わせた。


「黒肢病の原因……やっぱり私かもしれない」


 すると緩は逆に視線を落とし、涙を落とすかのようにポツリと呟く。


「何でそう思う?」


 どくんと、体の内側が跳ねる感覚がする。

 そうなったのは、勝八の中にそんな予感……最悪の予想があったからだ。

 それを押さえ込み、勝八はゆっくりと彼女に問いかけた。


「魔物の設定とか……勇者さんの性格とか、私が考えただけで世界に反映されちゃう物があるかもって話はしたよね」


「おう」


 昨日……勇者の性格に関しては今日の話だ。

 さすがの勝八もそれは覚えている。


「だから私、思ったの」


 勝八が頷くと、緩は机の上に置いた本をペラペラとめくりながら語りだした。


「私が嫌な気持ちになったり、ショックを受けただけで世界が歪んじゃう事もあるんじゃないかなって」


「それは……」


 彼女の仮説に、勝八は明確な反論をすることが出来なかった。


 そもそも世界創造に関しては緩にしか分からないことが多すぎる。

 彼女がそうだと言ってしまえば、大抵のことはそういうものかと納得してしまう準備が勝八にはあった。


 だが、今回の件に関しては受け入れがたい。

 そもそも彼女が黒肢病を異世界に発現させてしまったとして、そのきっかけはなんだ。


「勝ちゃんが死ぬ直前、すごく苦しそうな顔してて……それから死んじゃったって聞いて、とっても悲しかった」


 勝八だった。


 その時の感情を思い出したのか。

 小さい体をますます小さくする緩


「で、でもあれは結局大丈夫だったって言っただろ!」


 自分が原因なこともあって、勝八はそれを必死で励まそうとする。


 第一己が溺死したことなど先程まですっかり忘れていた。

 そこまで緩が気に病むことではない。


「勝ちゃんに慰めてもらって、落ち着いたけど……それでもやっぱり、もやもやは残って……その、勝ちゃんがキスしたとか」


「え、何したって?」


 だが、緩もあれで勝八の死に対して納得したわけではないらしい。

 他にも理由はあるようだが、後半はごにょごにょと音量が小さくなり勝八には聞き取れなかった。


「ともかく。そのせいで世界が歪んじゃったんじゃないかって。タイミングも合ってるし」


 もう一回言ってくれと頼もうとした勝八に被せるように声を出し、緩は顔を上げる。

 彼女の瞳は真剣そのものだ。


「……考えすぎだろ」


 それを向けられた勝八は、つい瞳をあらぬ方向へと逸らしてしまった。

 緩の思い次第で世界が歪む。

 そう言われ、勝八にも思い当たることがあったからだ。


「じゃぁ勝ちゃん」


 緩も、勝八の仕草でそれに気づく。


「もう一回異世界へ行った時、何か変わったことはなかった?」


 そうして彼女は、勝八に王手をかけるように問いかけた。


 ――無かった。

 そう言いたいが、嘘をつくということは彼女の理論を認めたのと一緒だ。


 何よりこの真っ直ぐな瞳で見つめられれば、どんな嘘もたちまち暴かれてしまうだろう。 


「……アリュナとゾマが、黒肢病にかかった」


 観念して、勝八は息を吐きながらそう答えた。


「やっぱり……」


 それを聞いた緩は、勝八に向けていた瞳をまんまると見開いてから、糸が切れたかのように頭を垂れる。


「お前のせいかはともかく、その……黒肢病のことがショックだったのか?」


 まだ緩のせいだと認めきれない勝八は、とりあえず彼女に尋ねた。

 だがそれを、緩はお下げをでんでん太鼓のように振って否定する。


「アリュナって子の話を聞いて、私、小学校の時のこと思い出しちゃった」


 彼女の言葉を聞き、勝八の体がびくりと震える。

 その件は、勝八と緩の中で暗黙のタブーとなっている話題であった。

 だがそれは水面下にずっと潜んでおり、こうして今、勝八の目前に顔を出したのだ。


 そうだ。勝八とてアリュナの振る舞いを見ていじめごっこの主犯格、村北の事を思い出した。

 だから束の間にあんな夢を見たのだ。


 いや、その少し前……緩にアリュナの話をした時にも、彼女と村北を重ねてはいなかっただろうか。

 だから緩は、二人を同一視した。

 その結果――。


「無意識だったけど、きっとそのせいで、その子に呪いが行っちゃったんだと思う」


 ぎゅっと、心臓の辺りを掴みながら、緩が呟いた。


 神が特定の人間を「呪う」。

 神話ではよく聞く話だ。


 緩が村北や、それに似た人間を呪ったとしておかしなことはない。

 むしろ虐められたことに関して恨み言一つ漏らさなかった緩を、勝八は心配していたぐらいだ。


 それでも、今回のケースに関してはおかしな点がある。


「じゃぁゾマはどうなんだよ」


「それは……」


 それを指摘すると、緩は言葉に詰まった。

 やはりおかしい。

 ゾマはアリュナ達に虐められる側だったし、世界の歪みを治すため協力してくれると言っていた。

 そんな彼女を、無意識下だろうと、緩が呪う理由が無い。


「ゾマはお前に疎まれる理由が無いだろ。ただの勘違いだって……」


 それを根拠に緩の説を否定しようとする勝八。


「あるよ」


 だがそれを、緩が遮った。

 今まで聞いたことが無いような、固い声音だった。


「え?」


 ぽかんと口を開ける勝八。

 彼の顔を見て下唇を食むと、緩は視線を落として語りだした。 


「私は、ずっと本の外から見てるしか出来ないのに、その子は、勝ちゃんとずっと一緒にいて……冒険して。勝ちゃんも、楽しそうにそれを話して」


 震える声。

 まとまらない内容。


 その歯がゆさが、そのまま緩の心境を表していた、


「私、嫉妬しちゃってた」


 観念するように、緩は息を吐く。

 「いじめごっこ」で物を隠されても嫌味を言われても、緩はじっと我慢していた。

 事が終わって勝八が「もう一回叩いてこようか」と言った時も困ったように笑っていた緩。

 彼女が見せる仄暗い感情に、勝八はしばし戸惑った。


「嫌な子だよね、私。きっとこのまま異世界探索を続けてたら、こういう所をいっぱい勝ちゃんに見せちゃうと思う」


 勝八の返事が無いことに自己完結した緩は、自虐的な笑みを浮かべ、しかし耐え切れずに口をへの字に結びなおす。


「だから、もうやめよ? あの世界のことは、私が自分で何とかするから。だから……これ以上は」


 そうして彼女は、決定的な口にしようとした。


「そうやって人の話を聞かずに暴走するクセは直せ」


 それを遮るように勝八は声を上げる。


 ビクリと震えた緩が、目を見開いて彼を見た。

 まったく。自分の世界に没頭してまくし立てるのは設定を喋っている時と同様で、勝八のよく知る彼女の悪いクセだ。


 だが、知らなかったことも沢山ある。


「確かにびっくりした。お前がそんな事考えてたなんて。それから、気づかなかった自分にも。……ごめん」


 緩の悩み、葛藤に、まるで気づけなかった。

 もう二度と彼女の変調を見逃すまいと誓っていたのに。


 後悔が湧き上がり、勝八は彼女に謝罪した。


「そ、そんな。勝ちゃんは悪くないよ!」


 頭を下げる勝八に、緩がわたわたと彼の体を起こそうとする。

 先程までの憂いた雰囲気はそこに無く、ほぼいつも通りの緩である。

 だが、それに甘えてはいけない。


「幼馴染みでも、知らないことって沢山あるんだな」


 そもそも勝八は、彼女が神様をしていることなどずっと知らなかった。

 緩は黒く染まっていく世界を相手に、ギリギリまで自分ひとりで何とかしようとしてきたのだろう。


 それでもどうしようもなくなって、勝八を頼った。

 今回は、頼ってくれた。

 勝八にはそれが嬉しかった。


「今回の事、きっと俺が解決してみせる。お前が何度落ち込んで、それで世界を歪ませたって、俺が何度でも直してみせる」


 ならば、それに応えたいと勝八は思った。

 根拠は無い。勝八は阿呆なのでこの先何が起こるかも分かっていない。

 今回の病だって、勝八のせいで出来たようなものだ。


 それでも、勝八は緩の目を真っ直ぐに見つめて言い切った。


「そんなの……勝ちゃんにいっぱい迷惑かけちゃうよ」


 耐え切れなくなったかのように、緩が瞳を反らす。

 逃げる彼女の心を追いかけるように、勝八はその手を取った。


 緩だって分かっていない。

 言ってもらえないことのほうが、頼ってもらえないことのほうがずっと苦しいのに。


「お前の心と異世界が繋がってるなら、もっと知りたい。それで、お前の助けになりたい。俺がそうしたいんだ」


 異世界が緩の心を映しているなら、異世界に行き、その歪みに触れることで彼女の痛みを知ることが出来るかもしれない。

 今度こそ、彼女が傷つく前に守ってやれるかもしれない。

 ならばここで引くわけにはいかない。

 だから――。

 

「だからお前の異世界を、俺に見せてほしい」


 かつて緩に頼まれた事を、今度は勝八のほうから願った。

 あの時は成り行きだった。

 しかし今は、本気でそう思っている。


 彼女の手を痛めないように、だが、思いが伝わるように、勝八は力を篭める。


「勝ちゃん……」


 反対に、緩の手から力がふっと抜けた。

 異世界の四隅に二人の肘がつき、上半身が寄せられていく。


「あ」


 緩が何かの雰囲気を察して目を閉じかけた時、勝八はあっと声を上げた。


「言っておいてなんだけど、早速俺だけじゃ何ともならないことがある」


 何かを台無しにされた緩が、半目の状態からぷくりと膨れる。

 だが彼女は、すぐに顔を横に向け息を吹き出した。


「黒肢病の薬、見つかったんだね。うん、二人でがんばろう」


 それから、緩は勝八の手をぶんぶんと振って笑顔を見せる。


「勝ちゃんとなら私、がんばれる」


 どうも締まらない。

 まぁ、緩が元気になったのなら良いか。

 

 柔らかに微笑む彼女を見て、勝八はそう思い直したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。