8 謁見
中の殿にある『謁見の間』で、セルネイアは居心地の悪さを感じていた。
この天井が高く豪奢な広間は、壁も床も柱も大理石で作られている。歩くと靴音が響き、話す声は反響し、だんだんおかしな感覚になってくる。
(寒いし、頭が締め付けられているような感じになってくるから嫌なのよね。それに護衛騎士がいっぱいいるし、大臣や重臣は平民の出のわたしを馬鹿にしてる感じだし、宰相は意地悪だから嫌いだし、アッセンは敵だし……王太子のツェイン様は優しいからいいけど……)
距離は離れているものの、普段ほとんど会う機会がない男性達に取り囲まれているような状態で立っているのは落ち着かない。
(アッセンを見ないようにしてるのは、わざとらしいかな。でも、どんな顔をすればいいかわかんないからやっぱり見ないでおこうっと。あ~、陛下早く来て~)
自分を値踏みする臣下たちよりも、統治に重要な守護者として巫女姫を扱ってくれる国王の方が、セルネイアにとっては接しやすい存在なのだ。
胃が痛くなる思いで待っていると、
「待たせたな、一位巫女姫殿」
カッカッと大きな靴音を響かせて国王が謁見の間に現れ、セルネイアは左手を胸に当て左膝を折り、右足は後ろに引いて深く頭を下げるという、リンフェル王国流の正式なお辞儀をした。
「さあ巫女姫、そんなに畏まらなくてもよい、顔を上げよ」
正面の王座に着き、気軽に声をかけられたが、
(でもまだここで頭を上げちゃ駄目なのよね)
伯爵家の出であるアリアノールから教えられた作法を思い起こしながら、セルネイアはそのままの格好で話す。
「陛下、本日はお時間を頂き、ありがとうございます」
「いやいや、ちょうどこちらも話が聞きたかったのだ。第一王子を救ってくれたそうだな」
「はい。禊の最中に湖でお会いしまして、怪我が酷かったのでわたくしの馬車で城にお連れいたしました」
「今は奥の殿に?」
「はい、さようでございます」
「ふむ、なるほど……。ああ、顔を上げなさい。詳しく話を聞こうじゃないか」
「ありがとうございます」
ようやく体を起こし、セルネイアは控えめに王を見た。
茶色の髪に茶色の瞳。背が高くがっしりとした美丈夫だ。
(四十歳くらいだったわよね? 若いけれどさすが国王ね、威厳に満ちあふれているわ)
その横には王太子のツェインが並んでいる。王と同じ茶色の髪と瞳。ルディンの双子の弟だが、美しい顔は優し気で、体格はルディンよりずっと良い。あまり似ていない兄弟だ。
「して、ルディンの容体は?」
「日頃、奥の殿がお世話になっている医師に診てもらっておりますが、命の危機は脱したとのことです。ただ、動けるようになるまでに、ひと月程かかるのではないかと」
「そうか……いや、よくやってくれた、巫女姫。後で褒美を取らせよう。それから、ルディンはこちらの準備が整い次第、すぐに移動させると約束するぞ」
「ありがとうございます、が……あの……陛下、実はそのことで御相談したく参りました」
「ああ、準備が整い次第といっても数日中に移動させることを約束しよう。不安だろうが、しばし我慢してもらいたい」
「あ、いえ、そうではなく、ルディン様の傷が癒えるまで奥の殿でお預かりしたいのです」
セルネイアのその言葉に、広間がざわつく。
「ん? 巫女姫、今ルディンを預かりたいと申したか?」
「はい。わたくし、ルディン様をお守りするようにとの神託を受けたのです。もしかしたら、ルディン様の身に何か危機が迫っているのかもしれません。なので、傷が癒えてご自身で身を守れるようになるまでの間、奥の殿で静養していただこうと思っております。奥の殿は決まった者しか出入りしませんし、警備もしっかりしています。なんといっても神の声を聞くことができるわたくしが近くにおりますので、ご安心いただけると思います」
「いや、しかしなぁ」
「お願いいたします、陛下。もちろんこちらも警護は万全でしょうし、心配しすぎなのかもしれません。しかし、マールジューランのお言葉です。一位巫女姫であるわたくしは、それに従いたいのです」
「うーむ……ロベルト、どう思う」
「はっ」
宰相のロベルト・ジェイナルが、チラリとセルネイアに目を向けてから言う。
「巫女姫様の心配はわかりますが、奥の殿に滞在というのは賛成できかねます。……そうですね、西の塔の護衛を増やすということでどうでしょうか」
ロベルト・ジェイナルはそう提案したが、セルネイアは首を縦に振ることはできない。
(だってこの人、アッセンの父親でしょう? グルなんじゃないの? 弱っている間に暗殺しようとしているんじゃない?)
そんな事を考えていると、
「そうだな、それがいいだろう。なあ、巫女姫」
王に同意を求められ、セルネイアは慌てて首を振った。
「ルディン様に何かあってからでは遅いのです! ルディン様がいないと戦に勝てませんよ? そもそも! これまで何度も助けてもらってきたのに、西の塔に閉じ込めておくなんて酷いです。今回マールジューランがルディン様を助けるように仰ったということは、ルディン様は呪われた存在なんかじゃ」
「セル様!」
後ろに控えていたアリアノールが、小さいが、強い口調でセルネイアの名を呼んだ。
ハッとして振り返ったセルネイアに『それ以上は言ってはいけない』というように小さく首を横に振る。
「……申し訳ございません。出過ぎたことを申しました、お許し下さい」
失言だったと気付き、セルネイアは深く頭を下げた。
「ああ、いい、いい、頭を上げよ。巫女姫がこの国のことを一番に考えているのはわかっている」
王にそう言われホッとしたが、状況はあまり良くない。
(つい興奮しちゃった。どうしよう、このままじゃルディン様が西の塔に戻されちゃう。なんて言えば納得してもらえるんだろう……)
そう焦っていると、
「……巫女姫様は、第一王子殿下を大変お気に召したようですが……なんでも神託と言えば思いのままになると思われては困りますなあ」
からかうような言葉を発したのは宰相だった。
王と同じ年に生まれ、遊び相手、側近、そして宰相となった王が一番信頼している男のその言葉に、その場にいる重臣達も同意する。
「確かに、神が言ったと言えば、我々は何も言えないですからなぁ」
「自分に都合のいいように言っているのでは?」
「若い娘のことだ、殿下に恋でもしたか」
わざと聞こえるように話すヒソヒソ話が聞こえてきて、セルネイアは思わず赤面して下を向いた。
巫女姫は特別な存在であり、正式な地位はないが実質、王と対等の発言力を持つはずなのだが、
(……悔しい。みんな、わたしを小娘だと思って馬鹿にして)
キュッと下唇を噛んだ、その時、
「セルネイア様はこれまで、御自分の欲のために偽りの神託を告げたことなど一度もございません」
凛としたアリアノールの声に、嘲笑がピタリと止む。
「セルネイア様はまだ若いですし平民の出で、皆様から見て心許無いかもしれませんが、前の一位巫女姫であるわたくしの姉が、自分よりも神の声を正確に聞くことができると実力を認めていた、歴代の巫女の中でも屈指の力の持ち主です。そして、その力を正しく使っておられます。教育係としてセルネイア様の努力を見てきたわたくしとしては、今皆様が仰った言葉は、聞き流すことができないものです」
そう言いながら周りを見回すと、先ほどまで笑っていた者達は気まずそうに視線を逸らした。
アリアノールは伯爵家の出だし、この場にいる多くの者達の母親や祖母のような年齢だ。そんな彼女の言葉を、茶化すことができる者はいなかった。
「奥の殿の女官長として、我が主を侮辱されたことに対し、謝罪を求めます」
「あー……まあまあ、女官長殿。別に誰も、巫女姫殿を侮辱したりはしていませんよ」
アリアノールと同じくらいの年の大臣が、とりなすように言う。
「陛下の御前ですし、どうかここは穏便に……」
「……いかがいたしましょう、一位巫女姫様」
そう言いセルネイアを見たアリアノールの口元が、ほんの少し上がっているのに気づき、セルネイアは咳払いをしてから言った。
「わたくしも出過ぎたことを申しましたので、それに対するお叱りと受け止めます。ですが女官長が言ったように、自分に都合がいいように神の言葉を伝えたことなど、誓ってございません。九歳で親元を離れ、この王都に連れて来られてからずっと、国のために力を尽くして参りましたのに……。先代様がお亡くなりになり、マールジューランの声はわたくしにしか聞こえないので証明できませんが……信用していただけないのであれば、今後神託することはもう……」
胸に手をあて『とても傷ついている』というアピールをしつつセルネイアが言うと、
「無論、信用している」
そう答えるしかなかったのだろう。王が、決断する。
「巫女姫の言う通りにしよう。ルディンは奥の殿で治療させることにする。医師、護衛等、必要があれば手配するので言うように。皆よいな」
その言葉に全員が深く頭を下げ、王は満足げに頷き席を立った。
やった! ルディン確保!
今回は長くなっちゃいました。




