7 奥の殿
周囲をぐるりと高い城壁で囲んだその城は、王都を見渡せる高台にあった。
跳ね橋を渡って城門を潜ると広い前庭があり、その先に東西南北に高い塔がそびえる大きな白い城。
中に入ると広く長い回廊が続き、大広間や舞踏の間、晩餐の間、客室等、客を迎える為の部屋が並ぶのが『前の殿』と呼ばれる部分だ。
その先にあるのが、王の間や王族が生活する空間のある『中の殿』。
そこをさらに進むと、城の中で一番神聖な空間である『神殿』。そしてその神殿を越えた最奥に、セルネイアが暮らす『奥の殿』はあった。
奥の殿で暮らしているのは、巫女姫、女官、侍女、メイド、料理人で四十名くらい。すべて女性で、男性は国王であっても巫女姫の許しを得なければ中に入ることはできなかった。
「だーかーら、ルディン様には怪我が治るまで奥の殿で過ごしていただきたいの」
「ですから、どうして奥の殿なのかとお尋ねしているのです」
「だってマールジューランがおっしゃったんですもの、お助けするようにって」
「マールジューランがおっしゃったと言えば、なんでも思い通りになると思ってらっしゃいませんか?」
「お、思ってないわよ」
「…………」
必死に訴えるセルネイアを渋い顔で見ているのは、白髪を高い位置に結い上げた細身の老女だ。両手を胸の下で組んでしゃんと背筋を伸ばした姿は、少しの隙も見られない。
彼女は、女官長のアリアノール。現在七十歳。八十一歳で亡くなった前巫女姫、フェリシアの年の離れた妹だ。
伯爵家の出でセルネイアの教育係だったので、慕っているし頼りにしている一方、一位巫女姫となった今でも一番怖い人物だ。
(でもここで頑張らないと! それに、マールジューランが言ったというのは本当だもん)
セルネイアはグイッと胸を張った。
「とにかく! この奥の殿の主はわたしです。ルディン様はここで傷を治すんです! ……だってね女官長、マールジューランは本当におっしゃったの、リンフェル王国のために大切な人だから絶対に助けるようにって。……心配なのよ、わたし。中の殿の人達は、ルディン様をちゃんと看病しないで西の塔に戻しちゃうかもしれないじゃない? 弱っているときに暗殺者にでも狙われたら、いくらルディン様でも危険だわ」
「セル様は、城の中に第一王子殿下のお命を狙う者がいると?」
「え? えーと、それは……」
(あのアッセンっていう人、王太子ツェイン様の側近だし、父親は公爵で宰相だから、本当の事を言ってももみ消されるか、下手したらルディン様とわたしとまとめて暗殺の対象にされるんじゃないかって、カリナが言ってたんだよね……怖いっ! 言えないっ!)
そう思い、セルネイアがもじもじしていると、
「……わかりました、いいでしょう」
何かを察したのか、しかたなさそうにアリアノールが折れ「ホント?」とセルネイアが顔を輝かせる。
「ありがとう! 女官長!」
「……なんやかんや言って、既に殿下を奥の殿にお迎えしての事後報告ではないですか」
アリアノールは大きなため息を吐いた。
「しかも、セル様の隣の部屋にお通ししてしまって……動けるようになったら、すぐに離れた部屋にご移動いただきますからね」
「えー? 別にいいじゃない。隣の方がなにかと便利なのよ」
「いけません。若い男女が隣同士の部屋だなんて。ところで、国王陛下のお許しはいただいたのですか?」
「……えーと……ツェイン様の側近のアッセン殿は知っているから、報告していると思うけど……」
「つまり、お許しを頂いていないのですね?」
「……はい」
うなだれるセルネイアに、アリアノールはもう一度大きくため息を吐き「しかたがありません。わたくしが一緒に参りましょう」と言った。
「女官長~、ありがとう! カリナにはルディン様に付き添っていてもらわなきゃいけないし、わたし一人で行くのは心細かったの。女官長が一緒なら心強いわ!」
「ああ、その第一王子殿下の件ですが、カリナだけではなくきちんとお医者様に診て頂いた方がよいのではないですか?」
アリアノールは声を落として言った。
「大きな怪我は、セル様が癒されたとのことですが」
「ええ、それもあって御殿医様に診てもらうのはマズイから、カリナのお父様に来てもらえるように頼んだの。もうすぐ来ると思うわ」
「それはよかった。ではこちらも早速遣いを出して、陛下へのお目通りをお願いいたしましょう」
こうしてセルネイアとアリアノールは、ルディン滞在の許可をとるため、中の殿へと向かうことになった。
アリアノールは頼りになります




