4 癒しの力
城に向かう馬車の中、座席に上半身を横たえさせたルディンを向かいに座ったセルネイアは見つめた。禊で濡れた服は着替えたが、長い黒髪から時折雫が落ちる。
「カリナ、どう?」
床に膝をつきルディンの傷を見ていた、セルネイアの専属侍女であるカリナが顔をしかめて答える。
「出血が多く、そのせいで意識が朦朧としているようです。まずは止血しなければ……あっ! なにをしているのですか!」
カリナが薬箱を開けている間に、セルネイアはルディンの腕の傷に手をかざして「う~~~っ」と呻り出し、カリナは慌ててその手を押した。
「駄目ですよセル様! 癒しの力を使用してはいけないと、先代様が仰っておられましたでしょう?」
「だって……こういうときに使わないでいつ使うのよ」
「どんな場合でも使わないんです! ああもう……大丈夫ですか?」
「ん~、気持ち悪い」
「まったくもう……ああでも、セル様のおかげで血は止まったようです」
腕に包帯を巻き、血で汚れた顔を拭き、痛み止めと化膿止めの薬を飲ませる。
「……とりあえず、城までは大丈夫だと思います。さあ、次はセル様ですよ。これを飲んで下さい」
「イヤ。それ、飲んだ後ずっと喉の奥から変な味がするんだもの」
「駄目です。これを飲んでおけば、この後の回復が全然違いますから。癒しの力を使ったりするからですよ。セル様は癒しの力を使うと、数日寝込むんですから」
そう言われ、セルネイアは渋々承諾する。
「……わかった……水はある?」
「治療に多く使ってしまったので、残りわずかですが」
「これだけ? ま、どうにか飲めるか……」
カリナの差し出した丸薬を、セルネイアは顔を顰めながら飲み込んだ。
「う~え~、まずい~」
「そう思うのでしたら、もう軽々しく癒しの力は使わないことです。ですが、正直なところセル様のおかげで助かりました。このままでは危険な状態だったと思います。……ルディン様、ですか……闇王子の」
「うん。こうやって間近で見るのは初めてよね」
ふたりは、気を失っているのか眠っているのかわからないが、とにかくぐったりとして目を閉じているルディンをまじまじと見つめた。
「リンフェル王家に生まれる双子の兄は呪われている。いずれ闇に捕らわれ、王家に害をもたらす。それゆえ、西の塔に死ぬまで幽閉しなければならない……でしたよね」
「でもカリナ、そんな言い伝えウソだと思わない? なんかこう……王家の暗い、覇権争いの歴史が生み出したデタラメ伝説というか」
「わたしにはわかりませんわ。さあ、セル様も少しおやすみになられては? 膝に頭をどうぞ」
「え? でもわたしの髪、まだ濡れてるから……」
「わたしの膝が濡れるくらい、どうってことありません。さあ」
笑いながらポンポンと自分の膝を叩く彼女は、セルネイアより二歳年上で、しっかり者で賢く、厳しいが優しい姉のような存在だ。
「ありがとう、カリナ」
癒しの力を使った後の疲労感に襲われはじめたセルネイアは、カリナの膝に頭を乗せ目を瞑ったが……、
「……やっぱり、さっきの薬の味がして気持ち悪い……お水が欲しい……」
そう言ってすぐに体を起こした。
「我慢できませんか?」
「……無理……吐きそう……」
「ああ! 待ってください、どこかで水をもらいますから!」
慌ててカリナは連絡用の鈴を鳴らすと馬車がゆっくりと止まり、護衛騎士が馬車の小窓を開けた。
「どうかなさいましたか?」
「水が必要です。どこかでもらえないかしら?」
「それなら、すぐそこに農家がありますので、そこでもらいましょう」
「よかった! じゃあセル様、ちょっと行ってきますね。布も濡らしてきますから」
そうしてカリナは馬車を降り、中はセルネイアとルディンのふたりきりとなった。
「うう……気持ち悪い……ルディン様は大丈夫かな……こんなところで道草している場合じゃないのにごめんなさい」
心配になったセルネイアが、向かいの席のルディンを覗き込むと、
「……お前、癒しの力を持ってるのか」
「ヒッ! 起きていたのですか? ……大丈夫ですか?」
驚くセルネイアに、ルディンが重ねて尋ねる。
「お前、癒しの力……」
「ええ、持っています。でも、誰にも言わないでもらえますか? この力を使うとすごく体調が悪くなっちゃうんです。だから秘密にして使わないようにしているので」
「それなのに、どうして俺に使った」
「えっ?」
「俺は、呪われた闇王子だ。いずれ国に害をもたらす存在だぞ?」
「そう言われていますが、そんなのわたしは信じておりません。事実、ルディン様のおかげで戦に勝ち、国は守られているじゃないですか」
「フン、味方にまで命を狙われるような奴だぞ、俺は。こんな奴、死んだ方がよかったんだ。放っておけばよかったのに、っ痛っ! 何すんだ!」
「うるさいですよ」
ルディンのおでこを思い切り指で弾き、セルネイアは不機嫌に言った。
「そんなこと言わないで下さい。そりゃあ、いつも西の塔に幽閉されてるのに戦には駆り出されて、味方にも命を狙われて……つらいのはわかります。他人を信用できないのも当然でしょう。でも、だからといって片っ端から疑わないで下さい。わたしはルディン様に生きてほしいから、具合が悪くなるのを覚悟して癒しの力を使ったんですよ。それなのに感謝もされず、グチグチ文句を言われて……そんなの具合悪くなり損ですよ」
セルネイアは、驚いたように自分を見るルディンとしっかり視線を合わせて言った。
「マールジューランが、ルディン様を救うようにとおっしゃったのです。リンフェル王国の為にルディン様は重要な方なのです。神様の言うことは絶対です! もう黙って、早くよくなるように安静にしていてください」
そう言うとセルネイアは座席を降り、ルディンの前にひざまずいて、さっき弾いたおでこを撫でた。
そして光を遮るように、手をルディンの目の上に置く。
「……誰にも、殺させませんよ。わたしがお守りしますから、安心して眠って下さい」
何か言いかえしてやろうと思ったが。
視界を遮られ、そして、その視界を遮る手の暖かさと重みが気持ち良くて。
ルディンはそのまま眠りにつき、セルネイアも、カリナが戻ってくる前にそのままの格好で眠ってしまった。
過去、酷い貧血で鉄剤を飲んでた時期があるのですが、ものすごく具合が悪くなるので何度か変更し、結局サプリにするしかなかったことがあります。効き目があっても、具合悪くなっちゃうのは辛いです。




