3 出会い
水音に向かって進んで行くと繁みが切れ、目の前に湖が広がった。
太陽の光が湖面に反射して、とても美しい。
(……どうせならアッセンなんかの手にかからずこの中に……澄んだ水なら、俺の呪われた血も浄化されるかもしれない……)
そう考えながら水辺へと近づき、
「誰っ!?」
悲鳴のような声が響き、反射的に身構えその声の方を見たルディンは、フーッと息を吐くと忌々しげに剣を下ろした。
「……巫女か」
真っ白の服を身に着けた女性が、腰のあたりまで水に浸かって立ちすくんでいた。
白い肌、濡れた長い黒髪。服がぴったりと華奢な体に張り付いている。
ルディンは若く美しいその巫女を、遠慮なくジロジロと見ながら言った。
「白を身に着ける女は、神に仕える巫女だけだ」
「え、ええ、そうです。わたしは一位巫女姫、セルネイアです」
そう名乗った声は震えていて、ルディンはクックッと笑った。
「怖いか。だよなぁ、血まみれだもんな」
そう話しているうちに目の前が暗くなり、足から力が抜け、ルディンはその場に倒れた。
(……限界だ……水まで辿り着けなかった……くそっ!)
そう心の中で悪態をつくルディンの頬に、ポツン、と冷たい物が落ちた。
薄く目を開けてみると、巫女が覗き込んでいる。
(……紫色の目……)
彼女の濡れた髪から、また一つ雫が落ちる。
「あ、あの、お水、飲みますか?」
ああ、と呻くように返答すると湖へと走り、手に水を汲んで戻ってくる。
「口を開けて下さい」
両手をそっとルディンの口元へ近づけ、少しずつ水を落とす。
「……飲めました? ああ腕から血が出てる、どうしようっ、大丈夫ですか? って、大丈夫なわけないわよね。ちょっと待ってて下さい、供の者を呼んで来ますから!」
「……いい……人間いつか死ぬんだし、それが俺は今ってだけだ……生きてたって、楽しくもねえし……」
「そんなこと言わないで下さい! マールジューランもあなたを絶対救うようにと言ってました!」
「デタラメ言うな」
「デタラメじゃないです! わたしはマールジューランの言葉を聞くことができる巫女姫なんですから!」
「……俺は、神に救われるような人間じゃない……俺は、王家の呪いを受けた『闇王子』だ」
その言葉に、セルネイアの目が見開かれる。
「え……もしかして、第一王子のルディン様、ですか?」
「ああ、そうだ。西の塔に閉じ込められている、呪われた『闇王子』さ」
「闇王子……」
声が震えている。
(そりゃあそうだ、俺のことを恐れない人間など)
「闇王子がどうして!」
「は?」
「どうしてひとりなんです!? この傷、デルタージンとの戦いで? でもそんなの聞いてないわ! ああどうしよう! とにかく今人を」
その時、後ろの繁みがガサガサと音を立て、セルネイアは動きを止めた。
「……来やがったか……おい巫女姫、さっさと行け」
「そ、そんなこと言われても……あっ! よかった、うちの騎士ですよ!」
「うちの騎士に、命を狙われてんだよ、俺は」
「ええっ!?」
信じられないように大きく目を見開いたルネイアは、突然大きな声を上げた。
「キャ――ッ! 誰か来て――っ! カリナっ! 来てちょうだい!」
その叫びに、少し離れた木陰から女官らしき女性と護衛騎士が数人姿を現し大急ぎで駆けてくる。
「セル様! どうなさいました!」
「カリナ、ほらあそこ! 怪しい人がいるっ! 護衛の皆さん、やっつけちゃって下さい!」
「はっ! あ、あの、巫女姫様、ところでその者は……」
「この人はいいから、あっちの人をどうにかして!」
そう言われ、一人の護衛騎士が離れた場所から声をかける。
「何者だ! 我々と同じリンフェル国の者のようだが!」
「私はアッセン・ジェイナル。王太子殿下に仕える者。デルタージンの残党の攻撃を受け離れられた第一王子ルディン様を探して来た」
「こ、これは!」
護衛騎士達は慌てて頭を下げた。
「失礼いたしました。我々は一位巫女姫様の護衛です。巫女姫様は只今、禊の最中です。ここはどうかお引き取りを」
「ああ、そうしよう。幸いそちらにいらっしゃる方こそルディン様だ。怪我をされているご様子。すぐにこちらで手当てをする」
目を開ける力さえ残っていないルディンはその会話を聞き『やっぱりこいつにとどめを刺されるのか』と苦々しく思ったが、
「その必要はありません!」
先ほどまでとは全く違う、凛とした声でセルネイアが言った。
「ルディン様はこちらで治療し、城にお連れします。わたくしの馬車はすぐそこにありますから、その方がよいでしょう」
「しかし」
「何か異論が?」
渋い顔をしたアッセンの言葉を遮り、セルネイアは睨む。
「一位巫女姫であるわたくしの言葉に、何か不満でも? だいたい、あなた一人でどうするつもりなのです? 見ただけでわかるでしょう、ルディン様はすぐに治療が必要です」
「はっ」
悔しそうにしながらも頭を下げるアッセンを見て、セルネイアは満足げに頷いた。
「幸いわたくし付きの侍女のカリナは医術の心得があります。カリナ、ルディン様の治療を頼みます」
「かしこまりました、セルネイア様」
「さあ、そうと決まったらルディン様をお運びして」
そう言うとその場にアッセンを残し、セルネイア達はさっさと馬車へ移動した。
一位巫女姫は神の言葉を聞き伝える者として、王とも対等に話すことを許された特別な存在です。




