11 客人
リンフェル王国の一位巫女姫に与えられる『奥の殿』。セルネイアはそこの主人だ。
奥の殿で暮らしているのは、女性ばかり。
まずは神の声を聞くことができる巫女。複数人いる場合もあるが、現在はセルネイアただ一人である。
次に女官。女官長を筆頭に現在六名。女官は王や重臣達とのやり取りや、儀式の段取り、収支等を管理している。
そして侍女。セルネイア専属のカリナと、女官たち専属の六名、その他流動的に仕事をする三名。
そしてそれとはまた別に、嫁入り前の行儀見習いとして奥の殿に来ている貴族や豪商の令嬢。あまり仕事はしない名前ばかりの侍女がいる。巫女姫に仕えたという経歴は彼女たちの価値を上げるため、親がコネを使い、多額の寄付をして数年娘を預けるのだ。現在は三名が、自分専用のメイドを連れて滞在している。
掃除や洗濯、その他の雑用をこなすメイドが十八名、料理人が三名。
そして現在、異質な客人が一名……。
「カリナ! カリナ!」
広い奥の殿を、セルネイアはカリナの名を呼びながら歩いていた。
「カリナー、どこにいるのー?」
「セル様!」
回廊の突き当りから姿を現したカリナが、小走りに駆けて来る。
「あ、よかったカリナ。あのね、ルディン様が」
「逃げましたわ!」
「はー、やっぱり……」
ため息を吐くセルネイアに、カリナは深く頭を下げる。
「申し訳ございません。よくおやすみのようだったので、つい目を離してしまい……薬を取って戻ると、お部屋に姿がなく」
「いいのよ、カリナのせいじゃないわ」
自分より二歳年上のカリナを、セルネイアはなぐさめる。
「いつも寝台から出ようとするとわたし達が止めていたでしょう? きっと、抜け出す機会を窺っていたのよ。まだ動かない方がいいのに……」
「それほど時間は経っておりませんし、奥の殿の出入口には護衛騎士がおりますから、外には出ていないはずです。皆にも声をかけて探しましょう!」
「あー、無理無理」
カリナの提案に、セルネイアは首を横に振った。
「近くにいた女官や侍女達に一緒に探してって頼んだら、大騒ぎになっちゃって」
「大騒ぎ、ですか?」
「そう。行儀見習いのお嬢様方なんて、感情的になって奇声をあげたり泣き出したり……だから、全員食堂で待機するように指示したわ」
「まあ! 主人に探させて、自分たちは何もしないつもりでしょうか!」
「仕方ないわ、ルディン様は恐れられているから。本当は、全然怖くないんだけどね」
「まあ、そうですが……では、わたしは向こうを見て参ります」
「お願いね。わたしはもう一度、ルディン様の部屋に行ってみるから。女官長に皆を宥めてもらっているあいだに、どうにかふたりで探しましょう!」
「かしこまりました!」
そう言うと、カリナはパタパタと走って行き、セルネイアもルディンの部屋に向かった。
「ルディン様~?」
部屋に入り、名前を呼びながら見回したが、やはり姿はない。
「ああもう、一体どこに……あら?」
テラスへと出るガラス戸に掛けられたカーテンが、大きく揺れている。
(もしかして?)
フワリと風に膨らむカーテンを押さえてテラスに出たセルネイアは、散々探したルディンの姿を見つけて大きくため息を吐いた。
「……ここにいらっしゃったのですね」
声をかけたが、床にペタリと座るルディンは何も反応しない。
「わたしが呼んでいたの、聞こえていましたよね? 返事してくれてもいいじゃないですか」
「……そんなのするかよ」
たしなめるように言ったセルネイアに、ルディンは面倒くさそうに答える。
「風に当たりたいから外に出たんだ。動くな、出るな、横になってろ、とばかり言うお前らにみつかったら、寝台に連れ戻される。なのにわざわざ返事なんてするわけねぇだろ」
「それはそうかもしれませんが……でも本当に、まだ横になってた方がいいです。さあ、中に戻りましょう」
「嫌だ。十日以上経ってるんだ。怪我なんてもう治ってんだよ」
そう言って動こうとしないので、しかたなくその横にセルネイアも座った。
「おい! 巫女姫が直に床に座るな」
「あら、第一王子様こそ、こんな床にお座りになるなんて」
「俺はいいんだよっ!」
プイッと横を向いたルディンが少年のように思え、セルネイアはクスクスと笑った。
(魔王と呼ばれて恐れられているけれど、全然怖くない。わたしより一つ上だけど、子どもっぽいところがあるし。戦場では仲間でさえも恐れる残忍な戦い方をすると聞いていたから、もっともっと大きくてガッチリしているかと思ってたけれど、背はあまり高くないし、筋肉質ではあるけど細身だし)
「……なんだよ。なにジロジロ見てんだよ」
「あまり魔王っぽくないなーと思って」
「はあっ?」
凄むように睨んでくるが、
「そんな顔したって全然怖くないですよ。カリナが言っていました、ルディン様は弟みたいだって。わたしもそう思いますし」
「なんだって?」
「だってそうなんですもの。ルディン様は十八歳ですよね。でも、わたしより年上とは思えません。ルディン様は好き嫌いが多いお子ちゃまです」
「はあ? 別に好き嫌いなんて」
「小魚を炊いた物、全然食べてくれないじゃないですか。あれ、作るのに時間がかかるんですよ。ルディン様のためにわざわざ作らせてるのに……骨にいいんですよ? カルシウムがいっぱいで」
「なんだ? そのカルシュームって」
「えっ、わたしそんなの言いました? あれ? なんだろう、カルシウム……」
セルネイアは、自分でも意味がわからない言葉を発してしまうことがたまにある。
「なんか、骨にいい成分のような気がするけど……」
「……とにかく、俺は骨を折ったわけじゃないから食べなくていいんだよ。これからも食わないから出させるなよ。あんな、そのまんまの形の魚なんて食えるかよ。目が気持ち悪いだろうが」
「えっ? もしかしてルディン様、魚の目が嫌なんですか? もしかして怖いとか?」
「怖いわけないだろう!? ただ、いっぱい目があって気持ち悪いだけで……笑うな!」
顔は手で覆っているが、肩の揺れでセルネイアが笑っていると気づき、ルディンはふてくされたように横を向く。
「すみません、つい……はい、もう笑いません!」
どうにか笑いを止め、セルネイアはルディンを見た。
「じゃあ、そろそろ中に入りましょう。あ、そうだ、カリナにルディン様が見つかったって教えなくちゃ ! きっと怒られますよ~。じゃあ、ちょっと行ってきますね!」
そう言うとセルネイアは先に部屋の中に入った。
突然自分でもよくわからない単語が出てきちゃうのは、力のある巫女姫あるある、です。




