10 たまご粥
「ありがとう、女官長。女官長がああ言ってくれるなんて、驚いちゃった」
「セル様が努力されていることを何も知らぬ者に、好き勝手言われるのはいい気分ではありませんからね」
すました顔でそう言ったアリアノールだったが「そういえば」と真剣な表情になり、囁くように言った。
「先ほど王太子殿下が仰られたことは、聞かなかったことにいたしましょう」
「あー、そうね、そうしましょう」
(ツェイン様が、自分よりもルディン様の方が国王に相応しいと考えていたなんて……小さい頃から交流はあったけど全然気がつかなかったわ)
そんなことを考えながら奥の殿に戻ると、セルネイアはすぐにルディンの様子を見に行った。
「ただいま、カリナ」
「お帰りなさいませ、セル様。陛下のお許しはいただけましたか?」
「うん! 女官長がうまく言ってくれて」
「まあ、それはよかったです。ルディン様の容体も落ち着いていますよ。さあ、こちらへどうぞ」
カリナに促され、眠っているルディンを覗き込む。
「父はもう帰りましたが、飲み薬と塗り薬を置いて行きました。熱はありますが解熱剤を飲ませましたので、そのうち下がると思います」
「よかった~。顔色もいいわ、血の気が戻ってきたみたい」
「そうですね。ああ、そういえば腕の傷、縫わなくて済んだのですよ、塞がっていたので。セル様、だいぶ癒していたのですね。体調は悪くないですか?」
「大丈夫よ。カリナに言われてすぐ薬を飲んだおかげね。馬車の中でも眠ったし」
そんな話をしていると、
「……ここ、どこだ……」
ルディンが薄く目を開けた。
「ルディン様! ここは奥の殿です。気分はいかがですか? どこか痛いところは?」
「……最悪だ、どこもかしこも痛い。くっそっ」
「あっ! 駄目ですよ寝てなきゃ! 痛いって言いながら、どうして起きようとするんです!」
体を起こしかけたルディンの肩を押さえ、寝台に戻すセルネイアの隣で、カリナが手首を掴み脈を測る。
「正常です。わたしから再度伺いますが、具体的に痛い箇所はありませんか?」
「…………」
「吐き気や頭痛は?」
「…………」
「……では質問を変えます。欲しい物はありますか?」
「…………」
「わかりました。では、なにか話す気になったら声をかけて下さい」
「えー待って待ってカリナ、もうちょっとゆっくり聞いてあげないと!」
黙りこくるルディンに対し冷ややかとも感じられるような対応をするカリナに、セルネイアは慌てて言った。
「ルディン様は具合が悪くて言えないのかも。あ! もしかして知らない場所で緊張しているとか」
「そうは見えません。セル様に傷を癒してもらっておきながら、感謝の言葉もなくこのような態度をとるなんて」
「わたしは気にしてないし、きっと悪気はないわよ」
そう言いながら見てみると、ルディンはふてくされたように天井を見つめている。
「……ルディン様、お水飲みますか?」
そう尋ねると、プイッと横を向く。
「放っておけばよろしいのです」
「そういうわけには……あ、そうだ! わたし、お粥作ってくる! カリナは付き添ってて」
「セル様がわざわざお作りにならなくても。わたしが厨房に行って指示を出してきます」
「ううん、わたしが作りたいの! ちょっと行ってくるね。ルディン様、少し待ってて下さいね」
そう言うと、セルネイアは小走りに部屋を出て行き、小一時間で戻ってきた。
「カリナ! ルディン様は起きている?」
「ええ、おそらく。つい先ほど水を飲まれましたから」
「水飲んだの? よかった~。ルディン様、起きられますか?」
覗き込むと、それまで目を閉じていたルディンが目を開けた。
「……そこに置いてけ。後で食べる」
「できたら今、食べて欲しいんですけど。温かいうちに食べた方がおいしいので」
「……わかった」
漂ってくる匂いに空腹を覚え、ルディンはゆっくりと上半身を起こした。
カリナが背中の後ろにクッションを入れ、もたれかかれるようにする。
「じゃあ、食べさせてあげますね」
「余計なことするな、よこせ」
「え? でも怪我しているから……」
「右手が使えるから問題ない。ここに置け」
布団の上から太もものあたりをバンバン叩く。
「……わかりましたけど……食べられなかったら言って下さいね」
そう言って椀の載ったトレイごと置くと、ルディンは湯気が立っているその中身を見て「なんだ、これ」と眉を寄せた。
「巫女姫特製のたまご粥です! おいしいですよ~」
確かに匂いはいい。しかし、
「……なんなんだ、これ」
木のスプーンで中身をつつき、もう一度言う。
「こんなの見たことないぞ」
「コメ、麦みたいな穀物です。それを、乾燥させた魚と海藻を煮て作った『ダシ』というスープで煮込んで、溶いた玉子を入れて塩で味付けしています」
「大丈夫なんだろうな、これ」
口にしたことはもちろん、見たことも聞いたこともない物体に不安を感じ、ルディンはついそう言ってしまう。
「大丈夫に決まってるじゃないですか。わたしがまごころ込めて……あ、毒見が必要ですか? ちょっと貸して下さい」
ルディンが持っていたスプーンを取り、躊躇なく一口食べる。
「んーおいしい! おいしいですよ! さあどうぞ!」
「セル様のたまご粥は、本当においしいです。わたしも風邪で寝込んだときに作っていただき、食べたらすぐに良くなりました。さあ」
カリナにも言われ、ルディンは覚悟を決めて一口食べ、
「…………」
無言のまま、食べ続ける。
「どうですか? おいしいですか?」
明らかに『おいしい』という言葉を期待し、セルネイアが横から覗き込んでくるが、ルディンはそれを無視し、黙々とスプーンを口に運び、たまご粥はあっという間に無くなった。
「ん」
差し出された空の椀の載ったトレイを受け取り、セルネイアはもう一度「おいしかったですか?」と尋ねたが、ルディンは無言のまま、もぞもぞとベッドに潜り込んでしまった。
「まったく……巫女姫様がわざわざ作って下さったのにお礼も感想もなしだなんて……セル様、もう二度と、作って差し上げる必要ありませんよ!」
「でもまあ、全部食べてくれたし」
憤慨するカリナを宥めるようにセルネイアは苦笑しながら言う。
「とにかく、食べられたのはとてもいいことだわ。いっぱい食べていっぱい寝れば早く治るから、きっと。じゃあルディン様、ゆっくり休んで下さいね」
そう言って部屋を出ようとしたとき、
「…………で、いい」
「はいっ?」
セルネイアは寝台に戻り、ルディンの口元に耳を寄せた。
「なんて言いました? もう一度言ってもらえます?」
「……次の食事も、それでいい」
そう言うと、ルディンは横を向いてしまった。
「……だって。よかった、気に入ったみたいね」
にっこり笑うセルネイアに対し、カリナは、
「あまい! セル様はルディン様に対してあますぎです! ルディン様! それでいいとは失礼でしょう! とてもおいしかったから、また作って欲しい、でしょう!」
そう抗議したが、ルディンは何も言わず、結局そのまま眠ってしまった。
米や出汁用の乾物類は、巫女姫のために特別に用意されている食材で、奥の殿以外ではあまり知られていない、馴染みのないものです。




