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第13話 届かない声

あの日以降も、若菜は毎日仕事帰りに、

本屋をこっそり覗き続けた。

















( 今日はレジにあの人.... いる。昨日はレジのところには見えなかったなぁ。お休みの日って不規則なのかな.... )








毎日店内に入って、何も買わずに帰って行ったら、目立ってしまいそうだし、本屋に立ち寄るのは一週間に一度くらいにしようと、若菜は決めていた。











( この前立ち寄ったのは、先週火曜日だったから、今週も火曜日に立ち寄ってみよう。)
















そして、火曜日になった。

また若菜は素知らぬ顔をして、本屋の自動ドアの前に立つと、静かに扉が開いた。中に入った。若菜はこの前買った遊園地の本を胸に抱えていた。














いつも通り、コーヒーの香りがほのかにしてきて、静かな音でジャズが流れている。














若菜は、女性ファッション雑誌のコーナーへ向かった。 そして、何食わぬ顔で、買いたい本を探してるフリをして、そっと彼を探した。本棚に隠れながら、本棚の隙間から、誰にも怪しまれないように、レジに彼がいるかどうかを覗いてみていた。




































「 今日はお休みですよ 」






















....





















若菜「え?」


























突然の声に驚く若菜。







若菜の横にショートボブの小柄な可愛らしい女が現れた。











若菜 ( この子が今、私に話しかけたんだよな.. )










若菜に話しかけてきた女子は、森の小動物みたくて、愛くるしいオーラを本人も気付いていないだろうが、発していた。大体、こういうタイプの女子は、異性にモテる。そして、性格も良く、控えめで、空気が読めて、《《無難に良い人の領域にいる人》》ってところだ。















女子「お客様、吾妻(あずま)のこと、探してるんじゃないかと思って.........」











若菜「えっ? ......... あ、あずま?」









よくよく落ち着いて見てみると、その色白な山兎のような守ってあげたくなるような顔立ちをした女子も、白いシャツにあの深緑色のエプロン.. 本屋の制服を着ていた。私のことをお客様と呼ぶから、従業員だ。

その声のトーンは高く、アニメの声優のような甲高い声で、特徴があり、目立つ。しかし耳障りではなく、清潔感を感じさせる、聞き取りやすいハッキリとした話し方が、お客からも好感を持たれているのだろう。と若菜は瞬時にその女子を分析した。















女店員「 毎日、お客様、ここの前通りますよね。いつも、お客様の目線の先には、吾妻がいるから...... もしかしたら、吾妻に用事があるんじゃないかと思って...... すみません、違かったら、失礼なこと言ってしまっていたら。」
















若菜「えっ.........。」












女店員「 その本、ここで買ったんですか? 」








若菜「....はい....。」








女店員の名札には木原と書いてある。








若菜 ( なんかこの山兎....... 初対面なのに、結構ズゲズケ私の中に踏み込んで来るなぁ......。可愛い顔してる人ほど、周りに甘やかされてる環境にいたりするから、無難ないい子ちゃんも人との距離感が分からなくなっちゃう事、あるんだろうなぁ。それに私とこの子って歳近そうだし、わたしに話しかけやすいのかな。しかし、私はあくまでお客だよ.......。 若いし、まだ慣れてない学生のバイトなのかもなぁ.......。)











若菜は少しこの女店員に違和感を感じた。お客に対して、彼の話題を、積極的に話しかけてきすぎる感がある。きっと彼とこの木原って人は、かなり親しい仲良しな関係なのかもしれないと若菜は感じた。









木原「 何か、お困りでしたら、私が吾妻の代わりにお伺いしておきますが...........。吾妻にお伝えしますよ。」











若菜 ( さっきから、あずま、あずまって.....

そっか。あの人.... 吾妻って言うんだ。呼びつけじゃん....。 吾妻さんとか、吾妻君じゃないの..? やっぱり親しいのかな..... それか私の思いこみすぎ?単に従業員同士だからか? )









さっきから吾妻という名前が何回も出ている。しかし、若菜は声をかけられた驚きの方が大きく、気になる彼の苗字は吾妻なんだと、その情報は、だいぶ遅れて、若菜の脳に伝わってきた。









若菜 「 う.....ん...............。大丈夫です。

お気遣いありがとうございます。」







若菜は、この店員と会話をしていたら、気疲れしてきてしまった。


もうその場を離れたかった。













若菜 ( ただあの人を毎日眺めてるだけで幸せだったのに。私も調子に乗って、買った本を持って、あの人とお話したいなんて思ってここに来たのが間違いだった。

そうだよな。吾妻さんには、吾妻さんの世界がもう造られているわけだし、この子が彼女かもしれないし、私が急にその世界に、パッと入り込むなんてこと、できないよね..... )































若菜「 私...... 失礼します。」















若菜は、もう暫くここには来れないなと思って、本屋の出入り口を出て、自宅の方向へ早めに歩き始めた。




















若菜の胸の中で思い描いていた映像の前に、ストンと幕が降りた

思い通りにならない今日を、やっぱりまあ現実なんてこんなものだと飲み込む









代わり映えのしないいつも通りの一日が、静かに戻る。

うつむいて歩く若菜は、くたびれたシューズのつま先部分が壊れてきているのに気づく。
















若菜「この靴も、よく履いたから、変えないとな..」


























───恋すてふ

わが名はまだき

立ちにけり

人知れずこそ

思ひそめしか





















───











木原「 あっ! あのぉ~~~...... 吾妻ぁーーー........ 明日はいますよおーーーー~ー!」



















.................




















木原「 あのお客様........ 歩くの早いな........」












若菜は、足早にあっという間に、人波を縫うようにして去っていた。

木原が追いかけると、若菜の後ろ姿が人と人の隙間に、見え隠れしている。木原は、吾妻の明日のシフトを知らせてあげようと、大きめの声で声をかけるが、若菜はもうだいぶ先を歩いていて、雑踏に紛れ、全く若菜の耳には届くはずもなかった。

















今日も夕暮れが近づいていた。

乙女の届かない声は、炭の火がシュンと消えるように、薄暗い風景に混ざり消えていった。














続く





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