第10話 乙女の衝動
「いらっしゃいませ、どうされましたか?」
( ハッ! ヤバっ。)
若菜が我に気づき、慌てる。
本も何も持たずに、レジに直行してしまった。
若菜は急速に、自分の心臓の音が聞こえてくるのが分かった。
ドキドキドキドキドキドキドキドキ........
(どうしよう.......緊張しちゃってる.........)
(きっとぉ、きっとぉ、目が泳いじゃってるだろうな..汗 )
この目の泳ぎを止めようと、目に力が入り、さらに若菜の表情は不自然になった。
若菜「 あっ ちゃっ (汗) ぅちょっ あちゃっ(汗) ちゃっ ちゃっ ちゃっ ちゃっ (汗) あっにょっ....あっ.....あっにょ......、 あにょぉ........... 」
店員「 ..アニョハセヨ? 韓国の方なのかな? 」
若菜が大きく横に首を振る
若菜「ぁあっ! ぃっいや、....そ、そうじゃないんです......」
若菜が自ら起こした緊急事態に、泣きそうになる。
何でも良かった。若菜は、レジの前の『遊園地おすすめ100のエリアスポット』という本を、すぐ手に持ち、
若菜「 あぁ........ あっ あのっ、あのぉっ、あ...あのぉっ..... あっ! あっ!!! ぁあ............ あのぉ、あの....、これ欲しくて。(汗)」
若菜は、そう言うと、ポカンと空いた口が塞がらないまま、店員の顔を見つめた
彼と目が合うと、若菜はそのまま、硬直した。
若菜「....あ゛..あ゛.. 」
更に心拍数が上がる
若菜 ( あっ。 あぁーー〜............
───ふわぁ~~~ーー~~ん。♡
ぁあ..
こんな目してるんだ。
黒目が茶色。
色素は薄めなんだ。 )
彼の瞳をずっと見ていたら吸い込まれそうで、
若菜は目眩がして倒れそうになった。
目線をレジのカウンターにあるお釣トレーに移した。
店員「 ありがとうございます。 1155円です」
( 直接接してみると、意外と、思っていたよりも冷たい感じがするのは気のせいか。いや、店員としての対応は、合っている。
.........顔が熱い。赤くなってるかな わたし。。。。)
右手で頬を触って、さりげなく確認する若菜。
緊張してるのがバレないように、若菜は、下向きかげんにいた。
若菜は会計を済ませると、自動ドアが静かに開き、若菜は足早に店を出ていった。
外の空気が、すっと店内に流れ込む
雨の匂いが、ほんの少しだけ混ざっていた
店員はレジカウンター越しに、今のお客の後ろ姿をなんとなく目で追った
───ずいぶん慌てていた人だな
そう思いながら、そのお客が駅の方へ向かうのを見つめていた
歩き方が少し妙なのに気づく
右足が出ると、同時に右手が出る
次は左足と左手
ぎこちない、少し不思議な歩き方だった
店員は、思わず小さく首を傾げる
「……あれ」
その人の後ろ姿は、もう人混みに紛れかけていた
後輩の木原苺花がやってくる
「どうしたんですか?」
「いや、歩き方が、不思議なお客がいて。右手と右足が一緒に出てた 」
木原はしばらく目を細めて考えるようにして、突然ぽつりと言った。
木原「……あっ、それって..」
店員「どうした」
木原「緊張すると、歩き方変になったりしますよ」
店員が眉を上げる
店員「そうなのか?」
木原はうんうんと頷いた
木原「私も経験あるなぁ、しかもそれで転びました」
店員は思わず小さく吹き出す
店員「危ないな、それ」
店員がもう一度外を見る
さっきの客の姿は、もう見えない
店員はレジの上のレシートを整えながら、小さく言った
「……大丈夫かな、あの人 」
──────
───
若菜 ( あっ、名札見ればよかった(汗) 。緊張しちゃってそれどころじゃなかった。名前、なんていうんだろう.. 綺麗めな糊のきいた白いシャツに深緑色のエプロン。女の人みたいな、色白の長い指がスッとした綺麗な手だった。お釣りが出るように支払ってよかった。レシートとお釣り渡される時に、少しだけ彼の手が私の手に触れた。彼の手は温かくて、体温が高かった。)
若菜は自宅に着くまで、終始、あの本屋の男の人のことばかり考えていた。
広葉樹の街路並木が、雨を受けて濡れ、さっきのエプロンの色に似た深い緑色になり、葉は雨の重さで垂れている。石畳の歩道も濡れて、街灯が反射して、まるで宝石みたく光ってみえる。
街路樹を抜けた横断歩道で、信号が赤になり、若菜は信号待ちをした。
( 思ってたより、意外と冷たい人だったな.. 毎日、ウインドー越しに見えていた彼とは少し印象が違かったなぁ。カッコイイのは確かに近づいてみても、かっこよかったけど。
バレていなかったかな... 私の動きとか、表情とか。 彼に私の気持ち、見透かされていなかったかな..... 怪しい人物の動きになっちゃってたかもなぁ.... 行かなければよかったかも.....
───でも、本屋に立ち寄らなかったら、彼に会わなかったら、この少し物悲しさを誘う感傷的な感情を誘発させる景色も、憂鬱さも、まだずっと私は引きずり感じながら、歩いていたと思うし、それよりかは、自分で行動を起こしてあの本屋に入ってみてよかった。)
ただ真っ直ぐいつも通り、
家に帰っていたら...............
きっと私は
「わたし ひとりぼっち」
この傘に囲まれた小さな世界の中で、しくしくと泣きながら、そう呟いていたと思う。
続く




