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真紅の影姫①

 埃臭い屋根裏でじっと時を待つ。


 真下の部屋から飛んでくる男たちの騒がしい話し声を聞き流しながら、アイリーシャは小さく開けた丸い穴から状況を確認した。

 中には男が三人。そして、部屋の隅にもう一人。両手、両足を縄で縛られて、猿ぐつわで口を塞がれている子ども。


 貴族の子どもが行方不明になっているとマリアから報告を受けたのは、昨日授業を終えて寄宿舎へ戻ってきたときだった。レブリオ王国学園の寄宿舎には、各家から一人世話係を連れてきていいことになっている。アイリーシャの世話係は当然のようにマリアなのだが、学園外との連絡役としても働いてもらっている。


 アイリーシャの学園生活は二年目を迎えていた。

 一年目はあっという間だった。デビュタントでのアイリーシャの評判は上々で、学園でも成績は常に上位、品行方正だった。そのため、生徒たちからもおおむね好意的な視線を向けられていた。


 ただ、相変わらず令嬢らしいことは興味がないし、デビュタントと同時に始まった王子妃教育で王宮と行ったり来たりの生活のため、友達を作る機会はないのだが。みんな公爵令嬢で第一王子の婚約者であるアイリーシャに遠慮気味で、必要以上に近づいてこないし。

 そんな忙しい中でも、世直し活動だけはなんとかして時間を作って続けている。


 マリアからの報告で、さっそく子どもの身元、周辺について調べたところ、子爵家の令息だとわかった。彼が王都へ買い物に来た際、護衛とはぐれてしまい、そのまま行方不明になったらしかった。目撃証言がないかヘーリング家の情報網を使って聞き込みをすると、身なりの怪しい男二人組と一緒にいたという話が上がった。


 そこで、最近下町で度々問題を起こしているグループ内にその二人組がいることが判明し、森の中にある彼らのアジトを突き止めて救出に向かったのだ。


 子どもを見たところ、怯えた表情をしてはいるが、ケガなどはなさそうでホッとする。


 そのとき、外でわっと声が上がった。


 合図だ。


 アイリーシャは、素早く笛のような竹筒を取り出すと天井穴に向かって構えた。男の一人に狙いを定めて、ふっと筒に息を吹き込む。


「ん?」


 筒から飛び出した細い針が、男の首筋に鋭く刺さった。男は怪訝な顔をした次の瞬間、目を見開いて苦しみ出した。


「ぐっ……あ……」

「おいっ、どうした?」


 残りの男たちが驚いて声をかけている。


「うごけ……な……」

「おいっ」


 苦しんでいた男は、もがきながらその場に崩れると、そのまま気を失った。


(よし、まず一人)


「なにが起きてんだ?」


 そう呟く男たちの背後に、音もなく降り立った。はっと、男たちが振り向くより早く、手刀を飛ばす。

 声を発する間もなく、男の一人がそのまま横に倒れた。


「なっ」


 最後の一人がアイリーシャの姿を認め、腰のナイフに手を伸ばした。


(させるかっ)


 ひゅっと空気を引き裂いて、右足で男の顎下を蹴り上げた。男は後ろへと倒れ、動かなくなった。


「よし」


 ふうっ、と一息ついてから急いで少年へと走り寄る。少年は、ううっと呻き声を上げながら、必死でアイリーシャから逃れようと体を動かした。


「大丈夫よ。私は助けに来ただけだから。あなたに危害は加えないわ」


 落ち着いた声でそう話しかけると、少年の動きが止まった。


「今から縄をほどきたいの。体に触れてもいいかしら?」


 少年はアイリーシャをじっと見上げたあと、こくりと頷いた。


「ありがとう」


 怖がらせないようにゆっくりと手を伸ばして、少年の猿ぐつわを外し、縄をナイフで切った。


「いい? よく聞いて。悪い奴はもうやっつけたから。外も大丈夫。ここにいる奴らは、私が動けないようにしておくから。あなたはこの小屋を出て待っていて。迎えがすぐ来るわ」


 すると、少年がぎゅっとアイリーシャの装束の裾を握って、ぶんぶんと頭を横に振った。

 優しく頭を撫でる。


「ごめんね。一緒には行けないの。でも、泣かずに頑張ったあなたなら大丈夫。小屋の入口にいたら、騎士団のお兄さんたちが来て守ってくれるからね」


 少年はきゅっと唇を結ぶと、しっかりと頷いた。


「偉いわね。格好いいわ」


 さあ、と出口へと促すと、少年はおずおずと立ち上がり、出口へと歩き出した。ふと、足を止めて振り返る。


「お姉さんは、『真紅の影姫』様……?」


(おお。子どもにまで知られてるのか)


 人差し指を口の前にかざして、ウインクする。


「内緒」


 少年は頬を緩めてアイリーシャを見た。それからぐっと顔を上げると、力強い足取りで扉を開けて出ていった。


(さてと)


 気を失っている男たちを素早く縄で締め上げると、屋根裏から外へと出た。木陰から様子を窺うと、少年がちょうど駆けつけた騎士団に保護されているところだった。


(よかった)


 安堵と一緒に、そっとその場を離れた。


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