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デビュタント③

 レブリオ王国の王城内にある王宮には、舞踏会や夜会に使用される広間が規模に合わせて二つある。今夜のデビュタントは、国中の貴族が参加するため、大きいほうの広間で行われる予定だ。


「リーシャ、足元気をつけて」


 へレーナに続いてロベルトの手を取って、馬車からゆっくりと降りる。ふわりとドレスの裾が舞った瞬間、周りの目線が一斉にアイリーシャに刺さった。


「ヘーリング公爵閣下と公爵夫人よ」

「とすると、あの方が殿下の……」

「まあ、とても佳麗な方だわ」

「公の場にあまり出てこられないのでしょ? なにか事情があるのかしら」


 ひそひそ声の中、両親に連れられて王宮内へと進む。王宮仕えの使用人がすっと近づいてきた。


「ヘーリング公爵閣下、ヘーリング公爵夫人、ヘーリング公爵令嬢様。控え室にご案内いたします」


アイリーシャはカイルの婚約者として王族たちと一緒に入場しなくてはならないので、まずは王族の控え室へ案内される。社交界デビューという舞台だが、それに加えて正式にアイリーシャをカイルの婚約者としてお披露目する場でもあるのだ。


「おお、ロベルト」


 アイリーシャたちが部屋に入ると、アーロン・オーゲンスタイン国王が笑顔を見せた。


「レブリオ王国、国王陛下並びに皇后陛下、王子殿下にご挨拶申し上げます」


 ロベルトに従って、へレーナとアイリーシャも同時に腰を下ろして挨拶をする。


「かしこまらなくてもよいよい。いつも通り楽にしてくれ」


 許しが出たので、顔を上げて姿勢を戻すと、アーロンから少し離れたところに立つカイルと目が合った。


(あら、エスコートする気なのね)


 王家主催でしかも婚約者のお披露目となったら、さすがにカイルも参加せざるを得なかったようだ。


(ん?)


 最近はアイリーシャと顔を合わせる度に、鋭い視線を向けるカイルの目がいつもと違う気がした。心なしか柔らかいというか、少し動揺しているようにも見えた。

 とりあえず笑顔で誤魔化そうと、にこりとしてみる。すると、カイルは慌てたようにふいっと顔を背けてしまった。


(なんなの、一体)


「リーシャ、とても素敵ね」


 レブリオ王国王妃であり、カイルの母親でもあるグレーテルが笑顔で話しかけてきた。グレーテルは昔からアイリーシャのことは娘のように可愛がってくれている。カイルとの不仲も耳に届いていると思うが、カイルの肩を持ったり、アイリーシャを責めたりすることもなく、いつも変わらない態度で接してくれるのだ。


「ありがとうございます、皇后陛下」

「あら、嫌だわ。いつもみたいに伯母様と呼んでちょうだい」

「はい、グレーテル伯母様」

「小さかったリーシャがいつの間にか大人の女性になってしまって。カイルもリーシャが綺麗すぎて、どうしていいかわからないのよね?」

「い、いえ、そんなことは――」


 突然に話を振られたせいか、珍しくカイルがもごもごと言い淀んでいる。ふふふ、とグレーテルは笑いながら、再びアイリーシャに顔を向けた。


「今日の主役はあなたなのよ、リーシャ。十分に楽しんでね」

「はい。ありがとうございます」

「リーシャ、私たちは会場で待っているよ」


 ロベルトとへレーナが控え室を出ていき、王族とともに残された。アーロンとグレーテルと談笑して入場を待つ中、カイルは一人ソファに座ってじっと窓の外を眺めていた。その姿を盗み見る。


(黙ってたら、ちゃんと王子に見えるのよね)


 カイルの見目は決して悪くはない。母親のグレーテル譲りの柔らかな栗色の髪に、深みのあるダークブラウンの瞳。王族特有のオーラもまとっていて、令嬢の中にも憧れる者はそれなりにいる。これで横柄な態度さえなければ、もっと支持が得られるだろうに。


(マルクス殿下に期待する声もあるしね)


 マルクスはカイルの弟で、第二王子だ。頭脳明晰で剣術も優秀。真面目なのはカイルと同じだが、愛想がよく柔軟な態度で周りを魅了している。まだ十三歳で公では公務に参加してもいないのだが、彼を次期王に推す声がすでに上がってきているほどだ。

 それがカイルにも伝わっているのかどうかは知らないが。


「お時間でございます」


 案内係に声をかけられ、会場へと移動するために部屋を出た。護衛に囲まれながら、アイリーシャは陛下夫妻とカイルの少し後ろを歩く。すると、カイルが立ち止まりアイリーシャと並んだ。怪訝に思ってカイルを見上げると、カイルと目が合った。


「――お前も、黙っていれば、それなりに見えるのだな」


(は?)


 カイルが無表情な顔でアイリーシャを見下ろしていた。


(おいおい。毎回、毎回、それはこっちの台詞だっての!)


「殿下も今夜はとても素敵ですわ。さすが、最高級の素材を使ったお召し物ですね」


 衣装のおかげで立派に見えると嫌味を言ったのだが、カイルには褒め言葉としか伝わらなかったらしい。ふん、と得意げな顔をして前を向いた。


「もうすぐ学園に入学だが、私の婚約者という自覚を持って過ごすように」


(……あ、忘れてた)


 レブリオ王国では、十五歳を迎えた貴族の子どもたちは、王都にあるレブリオ国立学園に三年間入学する義務がある。この世界でも、前世と同じように一年十二ヶ月という概念が存在するのだが、季節は温暖期と寒冷期の二季からなり、寒冷期の始めとなる七月が入学月と定められている。

 今は五月なので、二ヶ月後には入学なのだがすっかり忘れていた。入学準備もマリアに任せっきりだったし。

 カイルはアイリーシャより一歳年上なので、一学年上で去年入学している。


 興味のないことにはとことん興味がないのだな、と改めて自分の性格を自覚しながら、アイリーシャは、はいはい迷惑はおかけしませんよ、と最大限の作り笑いでカイルの言葉に応えた。


「第一王子カイル殿下、並びにヘーリング公爵令嬢・アイリーシャ様のご入場です」 


 すっと出されたカイルの腕に、軽く手を添える。

 わっと歓声が上がった。


 アイリーシャは顔を上げ完璧な笑みを浮かべると、社交界という名の戦場へと足を踏み入れた。


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