デビュタント②
アイリーシャとカイルは二人が幼いときに、王家からの申し入れで婚約が決まった。
アイリーシャはまだ八歳だったこともあって、婚約と言われてもピンとこなかったし、なんせ世直し計画にしか興味がなかったので、ロベルトに任せっきりにしてしまった。今となれば、もう少し慎重に考えるべきだったなと激しく後悔している。
なぜなら、アイリーシャとカイルはとてつもなく相性が悪かったのである。
血縁上ではいとこで、母親同士は仲がよかったので、相手が王族といえど赤ん坊のころから会う機会は度々あった。
五歳まではまだよかった。アイリーシャが令嬢らしく振る舞っていたからだ。
しかし、アイリーシャに前世の記憶が戻り、世直しに精を出すようになってから二人の関係は悪くなっていった。そんな中、婚約が決まってしまったのだ。
『アイリーシャ。お前はもっと令嬢らしく振る舞えないのか』
(は?)
いつかの王城に連れていかれた母親たちのお茶会で、カイルと二人庭園を散歩していたときに突然、カイルから言われたことがあった。婚約して一年ほど経ったころだった。
前世の影響でお淑やか令嬢ではなくなったが、家族に迷惑をかけないよう、貴族としての最低限の矜持は守ってきたつもりだった。だから、こんな風に普段の行いを咎められるような覚えはない。
わけもなく軽蔑の含まれた視線まで向けられ、内心腹が立ちながらも笑顔で返す。
『……恐れ入りますが、カイル様。私はヘーリング家に恥じるような振る舞いをしないよう、日々心しております。私のどこかに落ち度がありましたでしょうか』
するとカイルは、はあっとわざとらしいため息をついた。
『そういうところだ。令嬢のくせにやたら気が強くて、妙に嫌味を含んだ言い方をする』
(令嬢のくせにね。あんただって上から目線で嫌味じゃない)
ここで言い返してカイルの不興を買えば、父親に苦情が行き、世直し計画に影響が出るかもしれない。ぐっと堪えて笑顔を保つ。
『もっと、かわいげがあったらいいのだが』
ふいっと背を向けてカイルは先に歩き出した。
(お前もな!)
心の中でカイルへと叫ぶ。
カイルはプライドだけは高い。王族は誇り高くあれと育てられたのだから、無理もないのかもしれない。しかし、それがいつの間にか彼の視野を狭め、自分が正しいと思う物事しか認めなくなってしまった。そして、そこから少しでも外れるものを蔑むようになった。
気が強く、自分でなんでもこなして自由に振る舞う、お淑やかな貴族令嬢とはほど遠いアイリーシャは、カイルにとってその最たるものだったのだろう。
苦言という名の嫌味なんてアイリーシャが聞くわけもなく、完全に無視して世直しに精を出していた結果、カイルとは埋めることのできない溝ができてしまった。
婚約して三年ほど経ったころには、義務のお茶会ではほとんど会話もなく、貴族間のパーティーでも視線すら合わせない状況になっていた。アイリーシャの誕生日も、明らかにカイルの使用人が用意したであろう贈り物が送られてくるだけだった(アイリーシャはカイルへの誕生日プレゼントは一応自分で選んでいたが、一度も礼を言われたことはない)。
今回のデビュタントも本来ならば婚約者であるカイルがエスコート役であるべきだった。今のところ嫌々ながら入場のエスコートだけはしていたが、関係がこじれて七年も経つと、今回は本当にエスコートされるのかと毎回怪しんでしまうのだ。
ロベルトはカイルの叔父にあたるせいかカイルに多少情があるらしく、アイリーシャとの仲を取り持とうと努力しているようだが、へレーナとクリスティアンはアイリーシャ第一主義なので、もうすでに諦めている。クリスティアンに至っては、諦めるどころかカイルに対して敵対心すらあるようだ。
こちらから婚約解消できればいいのだが、王命なのでいくら血縁関係があってもそれは難しい。
正式に結婚するまではまだ時間があるので、それまでに関係修復すべきなのだろうが、アイリーシャ的には政略結婚なんてこんなものかと思っているので、無理にカイルと仲よくしようとは考えていない。王妃として最低限の仕事はこなすつもりだし、公務の合間に世直し活動を好きにやらせてくれればそれでいい。跡取りも、側姫でも愛人でも迎えて好きにしてくれればいいし。
だからそれほど悲観的に捉えてはいないのだが、ロベルトを除く家族と使用人たちは、なんとか婚約を解消できないものかと模索しているようだ。
(そういえば、ジークはあまり口出ししてこないわね)
いつも憎まれ口が絶えないジークハルトだが、カイルの話題が上がるときには口を挟んでこない。興味なさそうに知らんふりしていることが多いのだ。
無言のお茶会のあとなど、ジークハルトにカイルのことを愚痴ることもあったが、そういうときもジークハルトは同じことしか返してこなかった。
『放っておいたらいいですよ』
その言葉はなぜか確信めいていて、ジークが言うならそうなのかも、とアイリーシャに思わせるほどだった。それもあって、今までカイルのことは何を言われようと、何をされようと、文字通り「放っておいた」のだった。
「とりあえず、行きましょう」
カイルのせいで悪くなった空気を変えるように、へレーナが声を上げた。
「そうだな」
「お見送りいたします」
「姉様、お気をつけて」
へレーナの一言で、蜘蛛の子を散らすごとく、みなそそくさと一斉に動き出した。




