デビュタント①
「まあ、お嬢様。とてもお似合いです」
侍女の一人が目を輝かせながら、感嘆の声を上げた。
(うわあ、派手)
姿見に映る、赤いドレスに身を包んだ自分自身を眺める。蜂蜜色の髪とルビーのような赤味を帯びた瞳に合わせたドレス。アイリーシャの顔は目鼻立ちがはっきりとしているので、それに負けない存在感のある装飾品が必要となるのは理解しているのだが、自分の好みとは全く違うので、身につける度に少し引いてしまう。
(いつもなるべく控え目にってリクエストしてるのだけど)
着るドレス一つ取っても公爵家の評価に繋がってしまうので、注目を浴びやすいデビュタント用となると地味にするのは難しい。
アイリーシャには派手だと思えるが、おそらくこれでもかなり抑えて作ってくれたのだろう。赤も色味を抑えてあるし、フリルなども最小限だ。刺繍もラメの入った明るめの栗色一色で統一されていて華美に過ぎない。
可愛らしさを残すために、髪型はハーフアップにして、少し大きめの赤いリボンを添えている。
(別人みたいだわ)
いつもの自分と違いすぎてしっくり来ない。まじまじと鏡を覗いていると、ノックのあとに扉を開けてジークハルトが入ってきた。
「お嬢、準備できまし――」
ジークハルトが言葉を飲み込み、立ち止まった。軽く目を見開いて、鏡越しにアイリーシャを見つめている。
「なによ、ジーク。そんな驚かなくてもいいでしょう。私らしくないって自分でもわかってるんだから」
振り向いてきっと睨みつけると、ジークハルトが我に返ったような顔をした。わずかに視線を逸らしたあと、何事もなかったかのようにアイリーシャへと近づいてきた。
アイリーシャの姿を正面でゆっくりと眺めると、目を細めて微笑んで、前屈みになりアイリーシャの耳元で囁いた。
「とても綺麗ですよ」
「!」
(なに、そのイケメンムーブはっ)
かあっ、とアイリーシャの頬が熱を持った。
いつもなら、馬子にも衣装ですね、くらいのことを言ってからかってくるくせに。そんな優しい笑顔で言われたら、こちらが照れてしまう。
「ちょ、ちょ、なによそれ、急に」
ジークハルトから顔を逸らして慌てて言い返す。
「あれ、もしかしてお嬢、照れてます?」
今度はにやりと意地悪そうな笑顔を向けて、ジークハルトが覗き込んできた。
「……やっぱり、からかったのね」
「からかってませんよ。本当に綺麗だなって思ってますよ」
「どうだか……」
すました顔のジークハルトに疑わしげな視線を送っていると、ノックの音が響いた。
「リーシャ。入ってもいいかい」
「どうぞ、お父様」
返事をすると、扉が開いて、正装をしたロベルトとへレーナ、そして弟のクリスティアンが入ってきた。クリスティアンはアイリーシャの六歳下で我が家の跡取りでもある。三人はアイリーシャを見たとたん、それぞれ顔を輝かせて感嘆の声を上げた。
「おお、リーシャ。見違えたぞ」
「本当ね。もうすっかり大人のレディね」
「姉様、素敵です!」
政略結婚や爵位格差などで必ずしも家族間が穏やかではない貴族社会の中で、ヘーリング一家は仲がいいことでも知られている。特にアイリーシャには両親だけでなく弟すらも甘く、おかげでアイリーシャは幼少から随分好きにさせてもらってきた。
「ありがとうございます。お父様、お母様。クリスも」
「それじゃあ、行こうか。今夜はマリアもジークハルトも来れないから、私がリーシャを守ってやろう」
「あら、私もいるわよ」
得意げに厚い胸板を反らせるロベルトの隣で、へレーナがにっこりと笑顔を見せた。
「そ、そうだな。へレーナがいれば百人力だ」
あたふたとへレーナの機嫌を取るロベルトに内心苦笑いする。
(ほんと、お父様はお母様に頭が上がらないわね。お母様は相変わらず負けず嫌いだし)
表向きは当主であるロベルトがヘーリング家最強だと思われているが、実のところ戦闘や経営能力など全てにおいて最も力があるのはへレーナだ。若いころ一人で盗賊たちを亡き者にした逸話はヘーリング家界隈でのみ密かに語り継がれている。
「まあ、会場へ行けば殿下もいらっしゃるしな」
そのロベルトの言葉に、場の空気が一瞬で凍りつく。
「カイル殿下が頼りになるとは思いませんが」
あからさまに顔をしかめてクリスティアンが呟いた。
「こら、クリス。不敬だぞ」
「事実を言っただけです、父様。殿下が今まで姉様に婚約者らしい振る舞いをしてきたことなど、ほとんどないではないですか」
「それは……」
クリスティアンの言葉に反論する者はいなかった。
アイリーシャは心の中で深いため息をついた。
そう。このデビュタントに行くことが気の進まない最大の理由。
それは、アイリーシャの婚約者であり、レブリオ王国の王子でもある、カイル・オーゲンスタイン殿下だった。アイリーシャより一つ年上の第一王子だ。




