真紅の影姫②
「お嬢」
木陰から装束に身を包んだジークハルトが姿を現した。
「ご苦労様」
「余裕ですよ」
ジークハルトには騎士団がこちらに向かうタイミングで、外の見張りの始末をお願いしていたのだが、うまくいったようだ。今ごろ全員捕まっているだろう。
「お嬢は大丈夫でした?」
「余裕ですわよ」
ジークハルトの真似をして得意げに答えると、ジークハルトが目を細めた。
「針回収してきました?」
「ばっちりよ。足が着くといけないからね。それにしてもジルの作った竹筒は使いやすいわ」
「他にも色々考えてるらしいですよ。竹製の武器」
「うちの庭には死ぬほど竹が生えてるからね。有効活用したいわよね」
アイリーシャの転生したこの世界は、前世でいうところの中世ヨーロッパに近いところがあるのだが、なぜかヘーリング家の庭には和風な竹藪が群生しているのだった。
「帰りましょうか。明日も授業ありますし」
ジークハルトが欠伸をした。
「そうね……あ、課題の提出があったわ。まだ終わってないのよ」
「俺はもう終えてますけどね」
「……はいはい。ジークが優秀なのはわかってますよ」
「なにをおっしゃいますか。お嬢こそいつも成績学年二位じゃないですか」
「学年一位の人に言われると嫌味ね」
アイリーシャの従者であるジークハルトだが、伯爵の爵位も持っているので、ロベルトにも勧められて生徒として学園に通っている。
類い稀なる容姿と頭脳、猫かぶりの性格も相まって、入学してあっという間に人気者になってしまった。近づきになりたい令嬢や令息がたくさんいるらしいが、従者であることを理由にアイリーシャと常に一緒にいるので、なかなか難しいようだ。
『ジークはお友達、作らないの?』
何度かジークハルトに尋ねたことはある。小さいころからアイリーシャとヘーリング家の人間としか関わりがなかったし、同年代の友達が欲しくならないのかと疑問だったのだ。
『お嬢も友達いないじゃないですか』
『私は別にいいのよ。こんな性格だし、令嬢らしくもないし。私と友達になっても話も合わないだろうから』
(そりゃ、できたらいいなとは思うけど。世直しが好きな、訓練に明け暮れる女なんてバレたらどう見たって引かれるでしょ)
『俺も一緒ですよ。貴族らしくないですし』
お嬢がいれば、いいですよ。
最後はいつもそう笑顔で返され、この会話は終わるのだ。
(『貴族らしくない』か)
ジークハルトはそう言うが、アイリーシャは気づいていた。彼の所作はもちろん、持っている知識や常識も高位貴族に引けを取らないレベルだと。
口は乱暴ではあるけれど、生家できちんとした教育を受けていたことは明らかだった。
実をいうと、ヘーリング家へ来る前のジークハルトのことを、アイリーシャはあまり知らない。本人も語りたがらないし、ロベルトやセレーナが意図して教えてくれないことも幼いながらに感じていたので、アイリーシャからも深く尋ねることはしなかった。
従者見習いという名目で預かったが、おそらく他に言えない事情があるのだろう。
(まあ、ジークはジークだから出自なんてどうでもいいんだけど)
「そういやお嬢、誰かに見られてませんよね?」
森林の出口に向かって歩きながら、ジークハルトが尋ねてきた。
「……いや、うん」
アイリーシャの曖昧な受け答えに、ジークハルトが呆れた顔をしてアイリーシャを見た。
「また? お嬢、油断しすぎ」
「ごめん。子どもだったから、怯えて可哀想だと思って。放っておけなかったの」
「お嬢がいつもうるさく言ってるんですよ。『隠密行動が基本』って」
「そうよね。ごめんなさい」
ジークハルトの言うとおり、人前に姿を現しすぎている感は否めないので、素直に謝った。
すると、ジークハルトが苦笑いして、ぽんぽんとアイリーシャの頭を軽く叩いた。
「まあ、急に黒ずくめの人間がやってきて、おっさんたちを倒して、なにも言わずに去っていったら怖いですしね。今回はお嬢の判断はよかったと思いますよ」
でも、気をつけてくださいね。と念を押される。
「真紅の影姫」がアイリーシャだと知られれば、ヘーリング家の裏家業も露見してしまう可能性もある。そうなると、それを餌にヘーリング家を陥れようとする者も出てくるかもしれない。
幸い、赤色の瞳はこの国では珍しくもないし、その点でアイリーシャに辿り着くことはないとは思うが。
(もうちょっと気をつけないといけないわね)
反省して改めて気を引き締めるアイリーシャだったが、数日後にはジークハルトの苦言を骨身に沁みて思い知ることになるのだった。




