卒業パーティー 開宴前
スカートに少し膨らみを持たせた濃紺のオーガンジードレス。ところどころに金糸の美しい刺繍が施されている。全体的に落ち着いた感じのドレスだが、可憐さと艶やかさがバランスよく表現されていて嫌味がない。それに合わせたイヤリングとネックレスも最高級のサファイアが使用され、ドレスに花を添えている。
「とても素敵です、お嬢様っ」
「ええ、本当に。月の女神のようですわ」
「月の妖精でもありますね」
「可愛らしくて優美でもあって、さすがは私たちのお嬢様ですっ」
パーティーの支度を手伝っている使用人たちが口々に感想を述べる。
「ありがとう」
アイリーシャが笑顔でそれに応えた。
鏡の前でアイリーシャの装いを最終確認しているマリアが口を開いた。
「お嬢様が似合うお召し物をよくわかっていますね。やはりジークハルトに任せて正解でした」
「そ、そうね」
改めて名前を出されるとなんだか照れてしまう。
勇気を振り絞って、ジークハルトにエスコートを頼んだとき。マリアの言うとおり、ジークハルトは快くどころか嬉々として受け入れてくれ、アイリーシャのドレスや装飾品も全て用意させてほしいと申し出たのだった。
贈られたのは、どれもアイリーシャ好みの、アイリーシャによく映えるものだった。
デビュタントのときのドレスも嫌いではなかったが、どこかいつもの自分じゃないようで落ち着かなかった。でも、このドレスはとてもしっくりきていてアイリーシャも気に入っている。
ただ、サイズさえも寸分違わず完璧だったことには、マリアも家族も意味深な苦笑いをしていたが。
ノックの音がした。
「どうぞ」
扉が開き、ジークハルトが姿を見せた。
その場にいる使用人たちがまあっ、と歓声を上げた。
(……これは反則級ね)
紺の上品な燕尾服に白いタイとベスト。すらっとした細身の衣装がジークハルトの手足の長さを見事に強調している。普段は下ろしている前髪は上げられ、大人っぽい色気が漂っている。
「……とても綺麗ですよ」
ジークハルトが入口で足を止めて、目を細めてアイリーシャを見つめた。茶化すような台詞ではなく、心からの言葉だとわかる。
「……ありがとう。ジークの見立てのおかげよ」
「当たり前じゃないですか。お嬢のこと一番よく知っている俺の目に狂いはないですよ」
ジークハルトがいつもの調子に戻って得意げに答えながら、側に来た。アイリーシャの脇から鏡を覗く。
こうして二人並ぶと、お互いの衣装の色と刺繍がシンメトリーになっているのがわかる。誰の目にも恋人同士に映りそうだ。
「これ、大丈夫かしら。私は婚約者がいる身だし。王家に咎められるかもしれないわ」
「心配ないですよ。なにも言わせません」
ジークハルトが笑顔で断言する。その自信と根拠はどこからくるのかわからなかったが、やっぱりジークハルトが言うと大丈夫だと思えてしまうのだった。
「確かにジークハルトの目に狂いはないかもしれませんが、少々やりすぎだと思います」
マリアがじろりとジークハルトに視線を投げた。とぼけたような顔をしてジークハルトがそれに応える。
「え? どこがですか?」
「……全身どこかの誰かさんの色に統一されてしまって。これだけ独占欲の強いドレスは見たことがありません」
そうマリアに指摘されて、アイリーシャはまじまじと自分の姿を確認した。
ドレスの濃紺はジークハルトの髪の色で、装飾品のサファイアはジークハルトの瞳の色と同じだ。その事実に今さらながらに気づいて、アイリーシャはひとり、はわわと動揺する。
「これくらいさせてくださいよ。あいつに一泡食わせたいじゃないですか。それに一応、あいつの色も入れてますよ」
ほら、とジークハルトがアイリーシャのドレスにある金糸の刺繍を指差した。
「……確かに金糸は王族の色でもありますけど、あなたの衣装にも同じものを施している時点でカイル殿下の色だと理解する人は少ないでしょう。それも狙ってのことだと思いますが」
「マリアは細かすぎなんですって」
ジークハルトがむすっとした表情をした。
マリアが真顔でジークハルトを見る。
「順序は守ってください」
「……わかってますよ」
ジークハルトがふてくされたまま答えた。
(順序?)
二人の会話の意味が掴めず、アイリーシャは首をかしげる。
一体なんのことだろう。
「もう、準備は整ったので。これで順序通りにできますよ」
ジークハルトが口角を上げてマリアを見返した。
「……それならいいです」
「ねえ、『順序』ってなに?」
「なんでもないです。お嬢が気にすることじゃないですよ」
ジークハルトに笑顔で誤魔化されてしまった。
改めて鏡の中のジークハルト色に包まれた自分を眺める。
ジークハルトはアイリーシャのことをどう思っているのだろう。
従者として、そして前世の幼馴染みとして、アイリーシャを大事に想ってくれていることはわかっている。
(でもそれだけ?)
アイリーシャと同じようにジークハルトもアイリーシャに恋心を抱いてくれている可能性はあるのだろうか?
結ばれる望みの薄い恋だとわかっているから、期待しないようにしているけれど。
そっとドレスに触れる。
『これほど独占欲の強いドレスは見たことがありません』
こんなことをされると、もしかしたらと思ってしまう。
「そろそろ行きますか。馬車の準備もできたみたいです。旦那様たちももう待っているそうですよ」
ジークハルトに声をかけられて我に返る。
いけないいけない。今夜は他に集中しなければならないことがある。
「そうね。行きましょう」
ジークハルトがすっと手を差し出してきた。少しどきどきしながら、自分の手を重ねる。
今夜の目的は、ロイスナー宰相の悪事を暴くことだ。よし、と気合いを入れ直して歩き出した。
しかし、その卒業パーティーは、アイリーシャの思いもよらぬ出来事で幕を開けるのだった。




