息づく気持ち②
それまでのアイリーシャには縁のなかった単語に、一瞬理解が遅れてしまった。
(恋……? 恋って、え、それ)
そこでようやく理解が追いついて、その瞬間にアイリーシャの顔は一気に朱に染まった。
「え、マリア、私が? ジークに?」
「はい」
「で、でも、今までそんな風に思ったことはないし、そんな感じになったことだって……」
「付き合いが長い分、気づくのも意識するのも遅くなってしまったのかもしれないですね」
「いや、ないわよ、だってジークだもの」
「では、お嬢様。想像してみてください。ジークハルトが他のご令嬢と婚約されてお嬢様の護衛を離れてしまったらどう思いますか?」
「それは……」
ジークハルトが他の令嬢と?
アイリーシャの傍から離れる?
ふと、学園の裏庭で、レイラがジークハルトへ親しげに話しかけてきた日のことが頭をよぎった。ジークハルトは未だにレイラと知り合いだということをアイリーシャに明かしていない。
そんな風にジークハルトがアイリーシャの知らないところで、誰かと出会って、恋に落ちてしまったら。
『お嬢』
そう呼んで、アイリーシャに無条件で向ける優しい笑顔が、他の人のものになってしまったら。
「……嫌」
絞り出すように声を出す。
マリアが覗きこむようにアイリーシャを見上げた。
「その気持ちが、恋です」
「……恋って、苦しいのね」
「決して苦しいだけではないです。恋は、色々な感情を運んできます。歓びや慈愛などもそうです。そして、その全てが人を愛するからこそ経験できる貴重なものです。それは……そんな気持ちになれることは、とても幸せなことだと思います」
だから、その気持ちを大切にしてください。
マリアがそう続けた。
今まで恋愛に興味がなかったから、気づくのが遅かったけれど。自覚してしまえば、こんなにはっきりと自分の中に息づいているのがわかる。
(私、いつの間にかジークのことが好きになっていたのね)
この先、この気持ちが報われることはないのかもしれない。
どんなに想っても、公爵令嬢で婚約者までいるアイリーシャと、伯爵令息のジークハルトが結ばれることはとても困難だろう。
それでも、マリアの言うとおり、この気持ちを大切にしたい。ジークハルトと一緒にいたい。
いつか許されなくなるその時まで。
「でも、だからといって、エスコートを頼むのはジークに申し訳ないわ。ジークも変な噂を立てられるかもしれないし」
「大丈夫ですよ。ジークハルトはそんなこと気にもしません」
「そうかしら……」
「はい。それどころか、きっと大喜びでお嬢様の申し入れを受けると思います」
「でも……」
「お嬢様。物は試しに一度誘ってみてはいかがでしょうか。万が一に断られたらその際に他の策を考えましょう」
まあ、お嬢様のお誘いを断るなんて万死に値しますけどね。と冗談とも本気ともつかない顔でマリアが続けた。
「……わかったわ。とりあえずジークに話してみる」
「それがいいかと思います」
マリアがにこりと笑った。
「マリアは恋をしたことはあるの?」
ふと疑問に思って、マリアに尋ねた。小さいころからマリアを知っているが、そのような話は聞いたことがない。
予想していなかった質問だったらしく、マリアはぱちくりと瞬きをしてアイリーシャを見たが、ふと意味ありげに微笑んで答えた。
「それは秘密です」




