息づく気持ち①
カイルからアイリーシャ宛の手紙が届いたのは、卒業パーティーの一週間前だった。
「……あら」
開封して中身を確認したアイリーシャから出た言葉はそれだけだった。
内容は、卒業パーティーでのエスコートは当日王族としての任務で多忙によりできないという、ついにカイルが婚約者としての最低限の責務を放棄したものだったが、その手紙を読んでもなんの感想も湧かなかった。
(「王族としての任務」って。言い訳としては苦しいわね)
王族だろうとなんだろうと、忙しい時間を縫って婚約者のエスコートぐらいできるはずだ。
このことを国王陛下と王妃は承知しているのだろうか。
(いえ、たぶんカイルの独断ね)
王族の行動としては浅はかすぎる。
「お嬢様、返事はいかがいたしましょうか?」
マリアに確認されて、アイリーシャは少し逡巡したあと答えた。
「放っておきましょう。許可を求めるものではなく、決定事項のようだから」
アイリーシャは手にした手紙をぽんと机に投げ置くと、皿に盛ってあるクッキーを摘まんで一口かじった。
せっかくのティータイムにカイルのことを考えるのはもったいない。
「……内容をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
マリアが一拍置いて尋ねてきた。
「卒業パーティーのエスコートの件よ。お忙しくてできないんですって」
「それはまた……」
マリアが珍しく眉をひそめてあからさまに不快な表情を見せた。
「別にいいのよ。私もカイル様と一緒にいると息が詰まるし」
一人のほうがマシだわ、と冗談めたく言って、残りのクッキーを口の中へと押し込む。すると、マリアが思いもよらぬ提案をしてきた。
「それならば、ジークハルトにエスコートしていただいたらどうでしょう?」
「え……」
マリアの口にした名前に、反射的にどきりと鼓動が跳ねた。
「ジークに?」
「はい。卒業パーティーは王族、卒業生のご家族、卒業生のパートナー以外にも伯爵家以上の貴族も招待されております。ジークハルトも伯爵の爵位を持っていますし、参加してもなにもおかしくありません」
「そうだけれど……」
もちろん、ジークハルトがエスコートしてくれたら心強い。もともとジークハルトには護衛目的でパーティーには参加してもらおうかと思っていた。だけど、エスコートとなると周りから変に勘ぐられる可能性もある。しかも不仲とはいえ婚約者のいる令嬢なのだし。アイリーシャは何を言われようと気にはしないけれど、ジークハルトを悪く言われるのは嫌だ。
それにもう一つ、問題がある。
「……なにかご懸念でもおありでいらっしゃいますか?」
マリアには敵わない。小さいころから傍にいるせいか、アイリーシャの表情一つで色々なことを見抜かれてしまう。
「……あのね、マリア」
「はい、なんでしょう」
「私、最近変なのよ」
「変、とは?」
「うまく言えないんだけれど……ジークの近くにいたり、声を聞いたり、誰かが彼のこと話題にしたりするだけで、落ち着かなくなるのよ」
「……そうですか……」
「そうなの」
自分でもよくわからない。拉致されてジークハルトに助けられたあの日から、ジークハルトの側にいると妙な気分になるようになってしまった。鼓動が速くなって、体が熱を持つ。そして、ジークハルトに触れたくなってしまう。
あの時の、ジークハルトに抱きしめられた温もりをもう一度感じたくなるのだ。
その衝動をジークハルトに悟られぬよう必死で隠しているが、エスコートなんてされてずっと寄り添っていたら、正気を保てる自信がない。
こんな変な自分をジークハルトに知られたくない。
そうマリアに説明をすると、マリアはふふっ、と優しく笑ってアイリーシャの前でひざまずいた。そっと手を握られる。
「お嬢様。それは自然なことで、変なことではありません」
「そうなの? でも……こんなこと初めてで、私、病気かなにかじゃないかしら」
「そうですね。病気、といえばそうなのかもしれませんが、問題ない病気です」
「問題ない?」
マリアの言葉の意味がわからず首をかしげると、マリアが頷いた。
「はい。きっとお嬢様は初めてのことで戸惑っていらっしゃるかもしれませんが……それは恋の病です」
「恋の病……?」




