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ロイスナー侯爵邸

 今夜は星も月も見えず、闇が深い。


 アイリーシャは黒装束に身を包み、王都にあるロイスナー侯爵邸にいた。侯爵邸といっても本邸はマクミラン家とは別の辺境地にある。


 ロイスナー侯爵家はもともと辺境を守る役割を担っていた大貴族だ。ゲオルク・ロイスナーが宰相の座に就くことになったのも、彼の祖父がとても優秀だったことへの報奨によるものだった。現在、辺境のロイスナー領はゲオルク・ロイスナーの父親が治めている。ただ、この父親は治政には向いていなかったようで、実質的にはゲオルクが実権を握っていると言われている。


 ゲオルクが本邸を訪れることはあまりない。たいてい王都の別邸で過ごしており、ほとんどの公務を別邸の書斎で済ませていることは調査済みだった。

 つまりは、重要な情報は全て別邸にあるということだ。


 この数週間、アイリーシャたちは徹底的にゲオルクを監視した。彼の行動範囲、行動パターン、交友関係。


 そこで、最近とある薬師と頻繁に会っていることがわかった。その薬師の経営する薬屋はゲオルクが出資している店で、規模も大きく、貴族の顧客が多いため儲かっている。ただ客を選び平民には法外の価格で売りつけたり、質の悪い薬草を高品質だと偽ったり、貴族以外には評判がよくない。

 ゲオルクが薬師と繋がっていることは、アイリーシャの推測を裏付ける重要な情報となった。


 あとは証拠を押さえるだけだ。


 ゲオルクの書斎へ続くバルコニーから、中を覗く。書斎は明かりが灯され、ゲオルクが背を向けて、机に広げた書類へ目を落としていた。


 ここに通い詰めてわかったことだが、ゲオルクは毎晩必ず書斎で晩酌をする。それが済むと寝室へと入り、朝まで戻ってこない。

 時折、壁に隠してある小さな金庫を開けて中身を確認することがあった。そこに目をつける。中にはなにかゲオルクの思惑を暴けるものがあるかもしれない。


 金庫の鍵はゲオルクが肌身離さず持っていた。しかし、入浴のときだけは服と一緒に浴槽の側に置いている。


 ゲオルクは政に関しては抜かりなく優秀だが、彼自身については脇が甘かった。

 おそらく、宰相という王族に続く権力を手にして驕(おご)っているのだろう。警戒している素振りもない。


 確かに、今のレブリオ王国は主立った問題もなく平和だ。貴族間の関係も悪くない。

 だからといって、自分の欲に任せて好き勝手できるわけではない。


(絶対に暴いてやるんだから)


 ゲオルクが椅子から立ち上がり、ローテーブルへと移動した。そこに用意してあったグラスに、ワインをなみなみと注ぐ。どうやら晩酌の時間のようだ。


 ゲオルクを調べていて意外なことが一つあった。あんなに浮名を立てているのに、実際には女性と過ごしている姿をほとんど見かけなかった。夜会では毎回エスコートする女性は違うし、令嬢たちに囲まれて楽しげに妖艶な笑みを振りまいているのに。彼と熱い一夜を過ごしただの、情熱的な口づけを交わしただの、声高に自慢している令嬢たちの話はどこまでが真実なのか怪しいものだ。


 ぼんやりと一人でワインを嗜(たしな)むゲオルクを眺めていると、彼がソファから腰を上げた。いつの間にかボトルが空になっている。

 ゲオルクはグラスとボトルをそのままにして、書斎を照らしていたランプを手にすると、部屋を出ていった。


 暗闇の中、念のためしばらくじっと身を潜めて待つが、ゲオルクが戻ってくる気配はない。残されたグラスやボトルは、明日の早朝にメイドが清掃ついでに片付けることは知っているので、それまでは無人だ。


(よし)


 アイリーシャは書斎に続くバルコニーから、隣のバルコニーへと飛び移った。


 侯爵家に入り込ませていたメイドの一人に、書斎の隣の部屋にある窓の鍵を開けさせておいたのだ。

 音を立てないように気をつけながら窓を開く。難なく屋敷へと侵入できた。この部屋は図書室のようだ。本棚が壁一面に設置されていて、たくさんの書籍で埋め尽くされている。


 気配を消しながら廊下に出た。深夜近い時刻なので、見回り以外の使用人は休んでいるのか人気はない。警戒しつつ書斎の扉の前へと立つ。懐から鍵束を取り出した。そのうちの一つを選んで、鍵穴に差し込む。かちり、と小さな音がして扉が解錠された。


 ロイスナー侯爵邸の全ての鍵は、金庫の鍵以外は執事が管理している。昼間は執事が携帯しているが、夜間は執事室に保管されていた。そこで、メイドに忍びこんでもらい、型を取ってもらった。金庫の鍵に関しては、早業の得意な別のメイドに、ゲオルクが入浴中に素早くダミーと入れ替えてもらい、入浴が終わるまでに型を取って戻してもらった。


 鍵を複製することは前世のように技術が発展していない今世では難易度が高い。よほど優れた鍛冶職人が必要となる。例えばヘーリング家お抱えのジルのような。


(さすが、ジル。引っかかりもないし、完璧だわ)


 この分だと、金庫の鍵も問題ないだろう。


 そっと扉を開いて書斎に入る。燭台のろうそくに火を点けて、手に取ると隠し金庫のある壁へと向かった。

 壁にかかっていた絵画を外して床に置くと、小さな金庫が現れた。オーソドックスな隠し方だ。


 金庫用の鍵を差し込む。こちらも難なく解錠できた。

 中を確認すると、書類や宝石類が入った箱があった。書類にさっと目を通す。


(あった)


 答え合わせに必要な情報。

 マクミラン家の領地に関する情報と、ある薬草についての報告書。


 間違いない。ロイスナー宰相はなにかの薬を開発していた。そしてその元になる薬草が、マクミラン家の領地に生息している。彼が欲しかったのは、マクミラン家そのものではなく、領地だったのだ。


 手にした書類をまた元の位置に戻した。ふと、金庫の奥に袋があることに気づいた。中身を確認すると、液体の入った小瓶がいくつか収められていた。


(これ……)


 アイリーシャは懐から空のガラス瓶を出すと、小瓶から少量液体を拝借する。

 それから全てを元通りに戻し、入ってきたルートで脱出した。


 屋敷の外で待機していたジークハルトが、アイリーシャに気づいて近づいてきた。


「ありました?」

「ばっちり」


 アイリーシャが親指を上げてみせると、ジークハルトが吹いた。


「それ、貴族令嬢はしないですよ。サムズアップなんて、今の時代じゃ意味通じないでしょ」

「前世の名残が出たわ」

「気をつけてくださいよ。俺しかわからないんだから」

「そうよね。ジークだからつい気を許しちゃって」


 素直にそう言うと、ジークハルトが軽く笑顔を見せた。


「これで材料は揃いましたね」

「そうね」


 細かな確認は必要だけれど、これで調査はほとんど終わった。


「いつにしますか?」

「ちょうど来賓が集まる機会が二週間後にあるわ」

「ああ、なるほど」


 すぐにアイリーシャの意図を理解して、ジークハルトが頷いた。アイリーシャは、意思のこもった声で宣言した。


「卒業パーティーで宰相を断罪するわ」


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