突然の覚醒②
飛鳥は二十歳で死んでいる。
老朽化した建物が崩れ、子どもをかばって下敷きになったのだ。「下敷きになる」という状況と「子ども」という要素が記憶を呼び戻すトリガーになったのだろう。
「信じられないことだけど、信じるしかないわよね」
子どもには大きすぎるソファにどさりと腰を下ろして、はあっ、と息を吐く。
少し前までお菓子とお洒落が大好きな、可憐で礼儀正しい少女だった。公爵令嬢としてそれが当たり前だと、そうあるべきだと、幼いながらに自覚していた。だけど、どこか無理していた気がする。飛鳥の記憶が混ざり合った今の自分のほうが、なんだかしっくりくるのだ。
「あー! なんか、吹っ切れた!」
大きく声を上げ、大の字になってソファに仰向けに倒れこむ。ついでに手足をひっくりかえった亀みたいにバタバタと動かしてみた。
「令嬢がこんなことやったら卒倒もんよね。でもこのほうが楽だわ」
無意識のうちに閉じこもっていた檻から解放されて、本来のアイリーシャが覚醒したような気分だ。
「さてと」
むくりと体を起こして、姿勢を正した。
(これは、いい機会だわ)
ふっふっふっ、と令嬢に似つかわしくない低い声で笑いを漏らす。
飛鳥の前世はなかなか興味深かった。
一見、どこにでもいそうな普通の女の子だったのだが、人とは違うある秘密があった。
忍者の末裔。
そう、飛鳥は忍者一族の娘として生まれたのだ。
幼いころは忍者になるべく修行を受け、末裔の一人として恥ずかしくない力もつけていた。
だが残念なことに、飛鳥が十五歳のころ時代に淘汰されて一族は離散することとなる。あのご時世、忍者なんて求める者はおろか、恐竜のようにとっくに存在していないものとして扱われていたからだ。
十五歳まで受けてきた厳しい修行が報われないなんて許せない!
そう思った飛鳥はせめてその経験を役に立てようと、同じく末裔の一人だった颯太と一緒に、高校、大学と通いながら忍者村テーマパークでアルバイトをしていた。
そこで、老朽化した忍者屋敷が崩れ、帰らぬ人となったのだ。ぎりぎりの経営状態のため、運営会社が修繕することを怠っていたことが原因だったのだろう。
そういえば、あの時かばった子どもは無事だっただろうか。颯太も近くにいた気がする。
誰も犠牲になってないといい。
(もう知ることはできないけど)
飛鳥の記憶として忍者の知識も来世に引き継がれたことは、アイリーシャにとって前世からの夢を叶えることに好都合だった。
飛鳥は少し変わり者で、女の子が好むメイクやファッション、流行りの遊びなど一切興味がなかった。その代わりに夢中だったものがある。
『うわぁ、かっこよすぎる』
小学校から帰ると、おやつもそこそこにテレビにかじりついた。親に交渉して週末に人より修行をこなす代わりに、この一時間だけは自由にさせてもらっていた。大好きな時代劇の再放送。お忍びで旅をするご老公。その脇を固めるお付きの侍たち。陰で主人を守る忍び。彼らが人助けしながら、小気味よく悪を裁く姿に毎回夢中になったものだ。
いつか自分もあんな風に人のために陰ながら世直してみたい。そう憧れていた。
「あっさり死んじゃったけどね」
だからこれは、神様( いるかわからないけど )から貰ったチャンスだ。
ヘーリング家には資金も権力もある。王族の血縁だからという理由もあるが、へーリング家が力のある公爵家でいられる「ある事情」も相まって、人助けをして世直しをするには最高の環境だ。
そうとなれば、さっそく始めなければ。
「とりあえず、確認したいことがあるのよね」
そう呟いてソファから立ち上がると、少しヒールのある靴を脱いだ。裸足でふかふかの絨毯の上に立つ。体を軽く曲げて、両腕を勢いよく振った。
「よっ」
かけ声とともに、後ろへと飛び上がりくるりと宙返りした。そのまま二回、三回転と軽やかに回って着地をするが。
「きゃっ」
着地の衝撃に両足が耐えられず、バランスを崩して尻餅をついた。
「なるほど。やっぱり筋力はないのね」
忍術の知識や技術は戻ったけれど、それを実行できるほどの体力や筋力はこの五歳の体ではやはりなさそうだ。
「なら、まずは体作りメニューを作るわよ!」
アイリーシャは足取り軽く机へ向かうと、引き出しから花柄のノートを勢いよく取り出した。




