颯太の記憶①
屋敷に戻った直後は大変だった。
父のロベルトはアイリーシャの切られた髪と胸の傷を見たとたん卒倒し、母のへレーナは剣を持ち出して賊たちを始末すると騒ぎ、弟のクリスティアンはへレーナを宥めつつも、「一気にやるより拷問したほうが苦しみが長引きますよ」と、冗談なのか判断がつかない笑顔で助言する始末だった。
そんな三人を、首謀者を断罪する証人となるし、まだ聞きたいこともあるからと、アイリーシャと使用人たちでなんとか説得して事が収まったのだ。
マリアに促されて風呂に浸かったあと、切られた髪を誤魔化せるように整えてもらい、ようやくゆっくりする時間ができた。
マリアが食前のハーブティーを準備している隣で、ふうっ、と大きく息を吐いてソファに深く沈む。
こんこん、と扉を叩く音が聞こえた。応答すると、失礼します、とジークハルトが入室してきた。
「マリア、もう下がっていいわ。あとは寝るだけだから」
「……かしこまりました。お休みなさいませ」
少し間が空いたあとそう答えると、マリアがジークハルトを鋭く一瞥してから部屋を出ていった。
「うわ……すげえ牽制された」
ジークハルトがぼそりと呟いた。
「ジーク、座って」
「はい」
向かいのソファにジークハルトが腰を下ろした。入浴したばかりなのか髪が湿っている。軽装のジークハルトを見て、アイリーシャを助けにあの倉庫へ飛び込んできたときは、パーティーの正装のままだったなとふと思い出した。
着の身着のままで飛んできてくれたのだと思うと、嬉しさが込み上げてくる。
「ジーク、ハーブティー飲む?」
勢いよく立ち上がる。
「いただきます。俺が淹れますよ」
「いいの。私だってお茶ぐらい淹れられるわよ」
「ありがとうございます」
前世の知識もあるし、諜報活動で平民を装うこともあるので、こういった作業は難なくできる。
疲れによく効くという薬草の入ったハーブティーをカップに注ぐと、ジークハルトの前へ置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
綺麗な所作でジークハルトがカップを口に運ぶ。
「美味いです」
一口飲んでそう告げた。
「ふふ。ありがとう」
アイリーシャもソファへ身を沈めると、ハーブティーを軽くすする。少しの沈黙のあと、何気なく口を開いた。
「……どうして黙ってたの?」
すると、ジークハルトは手にしていたカップをソーサーに戻し、顔を上げた。
「お嬢は……飛鳥が死ぬときの記憶が曖昧でしたよね」
「そうね。今日、思い出すまでは」
「あの時、俺……颯太がどうなったのかお嬢が知ったら、きっと気に病んで自分を責めるだろうと思ったので」
「……確かに」
今でも胸が痛い。飛鳥のせいで颯太も巻き込まれてしまった。あの瞬間は、決して忘れることはできないだろう。
「……本当にごめんなさい」
「ほら、そうなるから黙ってたんですよ」
ジークハルトが苦笑いして続けた。
「あれは、飛鳥のせいじゃありません。颯太が飛鳥を助けたくて、自分で選択した行動です」
「でも……」
「でもじゃない。颯太は全く後悔してないです。もし飛鳥が逆の立場だったとしたら、同じことしてますよ」
「……そうかも」
「でしょ?」
ジークハルトがハーブティーをまた一口飲んだ。
「飛鳥が助けた子どもたちだけでも無事でよかったですよ」
「そうね。颯太が外に連れていってくれたのよね。ありがとう」
「そんなの当たり前です。それにしてもあのハゲ社長、ケチでしたからね。経営難なのはわかりますけど、修繕もせずにほっといて。そのとばっちりを受けるのは従業員なのに」
「そうよね。特にあの忍者屋敷は一番ボロかったしね」
「そうそう。扉とか歪んでちゃんと閉まらなかったし」
「ふふ、そうだったわね」
ジークハルトと話していると、前世での記憶がより鮮明によみがえってくる。どうやらジークハルトは随分と詳細に覚えているようだ。
「颯太はいつ記憶が戻ったの?」
「……実は俺、生まれたときからなんですよね」
「ええ? どういうこと?」
ジークハルトの説明によると、赤ん坊のころから前世の記憶を持ち合わせていたそうで、ゆりかごの中でも乳母や使用人たちの言葉を理解し、成人並みの知識もあったらしい。
三歳ぐらいになると子どもらしくない言動に「神童」ではないかと騒がれてしまい、目立ちたくなかったジークハルトは、そのあとはうまく「普通」を装って過ごしていたそうだ。
「そうだったのね……私とは違うのね」
「お嬢は五歳くらいでしたっけ? 記憶が戻ったの」
「うん。突然にね」




