救出劇④
髭面の男はアイリーシャを組み伏せた状態で、目を見開いたまま固まっている。
ゆっくりとジークハルトが振り返った。
「……いつまで触れている」
ジークハルトの低く放たれた声に、髭面の男はハッとした顔をしてアイリーシャから飛び退いた。
ジークハルトが剣を片手に、男に近づいていく。
「ま、待て! 俺はもう争う気はねえ! 俺らはただ頼まれただけ……ぐっ……」
男はジークハルトに首を掴まれ、壁に勢いよく押しつけられた。ぎりぎりと締めつけられて、苦しそうにもがいている。
「いき……できな……」
男は空気を求めるように必死に四肢をばたつかせていたが、やがてふっと力が抜けて静かになった。ジークハルトが手を放すと、ずるずると壁に沿って落ちていく。
部屋に静寂が戻ってきた。
「ジーク……」
アイリーシャが起き上がりながら声をかけると、ジークハルトは我に返ったように顔を上げて、アイリーシャへと駆け寄ってきた。
「お嬢っ」
ぐいっと体を引き寄せられ、抱き締められた。ジークハルトからいつもの香水の匂いがして安心する。
ジークハルトの両手に力がこもった。
「ジーク、苦しいわ」
ジークハルトの腕の中で訴えるが、さらにきつく抱き締められる。
ジークハルトの体が、わずかに震えていることに気がついた。
「ジーク……?」
「……よかった……」
弱々しい声音でジークハルトが囁くように呟いた。
「今度は助けられた……」
(え――?)
なにかがアイリーシャの頭に引っ掛かる。
(「今度」……?)
今まで危ない目に遭ったことは何回かある。そんなときは、ジークハルトやマリアに助けてもらってきた。けれど、ジークハルトがアイリーシャを助けられなかったことなど一度もない。
あるのは――。
ふと浮かんだ突拍子もない考えに、あり得ないと思いつつも、心が高揚するのを抑えられない。
その考えが合っていたとしたら、納得することがある。
ジークハルトが妙に忍術の習得率が高かったこと。前世に影響されたアイリーシャの言動をあっさりと受け入れていたこと。
彼が、アイリーシャと同じく、前世の記憶を持っていたなら。
両手でそっとジークハルトの胸を押した。アイリーシャを抱き締めていた腕の力が緩む。
「お嬢?」
怪訝な顔をしたジークハルトを見上げる。
心臓がどきどきする。
そうであってほしいと、祈りにも近い願いをこめて問いかけた。
「……颯太なの?」
ジークハルトが息を呑んだのがわかった。
しばらく見つめ合う。
ふっとジークハルトが微笑んだ。それが肯定の笑顔だと理解する。
「俺は――」
「お嬢様ぁ!」
ジークハルトが口を開いたと同時に、ヘーリングの騎士たちが部屋になだれ込んできた。
すでに床に倒れている男たちを見て、拍子抜けしたような顔をしている。
「アイリーシャお嬢様、ご無事ですか」
続いて入ってきたマリアが、アイリーシャを素早く見つけて駆け寄ってきた。アイリーシャの姿を確認すると、さっとマリアの着ていたコートを脱いで、アイリーシャに着せる。
「ええ、大丈夫。ジークが助けてくれたから」
マリアが安堵の表情を浮かべ、それからジークハルトをじろりと睨んだ。
「全く。待てと言ったのに、居場所がわかったら勝手に一人で飛び出して。相手が何十人といたらどうするつもりだったんですか」
「……はい。すみません」
「まあ、結果的にはお嬢様の危機回避に間に合ったようなので、今回はいい判断だったのかもしれませんが」
マリアはふうっとため息をついたあと、口角をそっと上げた。
「お嬢様を守ってくれてありがとうございます、ジークハルト」
「それが俺の仕事ですから」
「そうですね。そうだとしても、もう少し感情を抑えて行動してほしいものです」
マリアがちらりと賊たちを見やった。
「殺してませんよね?」
「してませんよ。それが決まりでしょ。まあ、殺してやろうかと本気で思いましたけど」
ムスッとした顔でジークハルトが答えた。
忍びは諜報活動が主であって、必要でない限り殺生はしない。それはジークハルトも理解している。
「まあ、いいでしょう」
さて、と小さく呟いて、マリアが騎士たちに後処理の指示を始めた。
「ジークハルトはお嬢様を」
「了解」
「え、ちょっ、ジーク?」
ジークハルトが軽々とアイリーシャを抱き上げた。すっぽりと横向きにジークハルトの両腕に収まる。
(こ、これって、前世で俗に言う「お姫様抱っこ」ってやつ⁇)
すぐ真上にジークハルトの整った顔がある。ふと、目が合って心臓が跳ね上がった。
そういえば、先ほどジークハルトがなにか言いかけていた。
「ねえ、ジーク。さっきの話だけど……」
「それは、長くなりそうなんで帰ってからで」
ジークハルトが軽くウインクする。ぼっとアイリーシャの頬が染まった。
(こんな気障ったらしいキャラクターだったかしら⁇)
見たことのないジークハルトにドキドキしながら、アイリーシャは屋敷までの帰路に着いたのだった。




