救出劇②
(もう少し情報が欲しいわね……。それに……)
あの液体。レイラはあの液体を香水などを入れるボトルで霧状にしてアイリーシャに吹きかけてきたが、あれは睡眠薬だ。しかも一瞬で体の自由を奪うような強力なものだ。忍びも薬を使うことがよくあるので、馴染みのある薬だが。
あんな強力な薬を、どうやって一介の令嬢が手に入れることができたのだろう。
それにしても、学園内だからと油断していた自分に腹が立つ。いつもならもっと警戒心が先に出るのに。あの場所に呼び出してきたカイルがおらず、タイミングよく女性一人がいること自体、考えてみれば不自然だ。でも給仕の姿をしていたし、気分が悪くなって貴族の目を避けたところに動けなくなってしまったのかと思ってしまった。
(ジークたち、怒ってるわね、きっと)
大丈夫だからと護衛を外した日に限って、こんなことが起きてしまった。
とはいえ、それほど危機的状況だとも思えなかった。
今回のこの犯行。計画した割には、少しずさんな気もする。
(まず身体検査するでしょ、普通)
よっと転がったまま後ろへと体を反らす。後ろ手に縛られている両手の指先で、ドレスの裾をまくし上げた。太ももにベルトにつけて忍ばせていた小型ナイフを抜き取る。それを器用に使って手首の縄を切った。訓練で慣れているので、ものの数分で手首が解放された。
次に両足首の縄を切って、体が自由になる。
令嬢だから甘く見られたのか、武器を所持していないか調べもしないし、縄も適当に結ばれていた。見張りも立ててないようだし、おそらく実行犯は素人だ。
それに加え、主犯者の可能性が高いレイラはアイリーシャに顔を見られている。というより、隠す素振りもなかった。
もしかしたらもう二度とアイリーシャに会うことはないと高をくくっていたのかもしれない。
(海も近いし、私を国外へ売るつもりだったのかしら)
こんなずさんな犯行なら、ヘーリング家の追尾は容易だろう。ジークハルトたちが必ずアイリーシャを見つけてくれる。
それまでじっと大人しくしていればいい。
ふいに、外から人の気配を感じて、耳を澄ませた。複数の足音が近づいてくる。
(七……八……十人か。ちょっと多いわね)
瞬時に縄を掴み、足首に軽く結び直す。ナイフを握ったまま両手を後ろに組み、背中を木箱に預けた。
がちゃりと鍵が解錠されたような音がして、木の扉が軋みながら開いた。
薄汚れた平民服をまとった男たちがずらずらと中に入ってきた。図体の大きい者もいれば、細くて頬がこけている者もいたが、みな一様に荒んだ雰囲気をまとっている。
(農民や商人出の賊ね)
体つきからきちんと鍛えた様子はない。やはり傭兵や騎士ではなく、素人の集団のようだ。
「お、目が覚めたか」
最初に入ってきた、一際体格の大きい髭面の男が話しかけてきた。なにも答えずにじっと男を睨む。すると、脇からもやしみたいな男がいやらしい笑みを浮かべてアイリーシャをじろじろと眺めた。
「ねーちゃん、えらい美人だなぁ。胸もデカいしなぁ」
その言葉で男たちの視線が一斉にアイリーシャの胸元に集まった。
「着てるもんも高く売れそうだしよぅ。謝礼もたんまりもらえるし、今回はいい仕事だったなぁ、おい」
もやし男が周りを見やると、男たちがそれに同意する声を上げた。早くしようぜ、俺が先だ、などとそれぞれが好き勝手に騒ぎ出す。
「まあまあ、焦るんじゃねぇ。ちゃんと順番に楽しませてやるからよ」
髭面の男が手を上げると、男たちが静かになった。どうやらこの男がリーダーのようだ。男はアイリーシャの前まで進み出ると、しゃがみこんでアイリーシャと目線を合わせた。
「姉ちゃん。俺たちは別に姉ちゃんになんの恨みもないがな。依頼主があんたをボロボロにして、よそに売り飛ばせってよ」
「……依頼主は誰なの?」
「さあなぁ。話したのは俺だけど、フードで顔を隠してたし、もちろん名前も聞いてねぇしな。見た感じ、貴族の男だったけどよ」
(貴族の男? 女ではなく?)
「よっぽどあんたが憎いみたいだな。抵抗できねぇように、こんなもんまでくれたぜ」
そう続けて、男がごそごそと胸ポケットから小さな瓶を取り出した。中に液体が入っている。
「……それは?」
「薬だとよ。酔いが回ったみたいになるらしいぞ」
「気持ちよくもなるんかぁ?」
もやし男がまた口を挟んできた。
「さあな。媚薬の類かは使ってみねぇとわからんが。ああ、そうだ」
男が瓶を再び胸ポケットに戻してから、腰に差していたナイフを抜いた。何をされるんだと、身を固くしたアイリーシャに気づき、男がにやっと笑った。
「別に殺しはしねぇよ。売り飛ばす予定だからな。証拠としてちょっとあんたの髪を切るだけだ」
そう言って、髭面の男はアイリーシャの蜂蜜色の髪を一房手にすると、ナイフを立てた。男の手の中に十五センチほどの髪の束が握られた。それをハンカチのような布に包むと上着のポケットにねじ込んだ。




