救出劇①
体中が痛い。なにかに押し潰されていて息が苦しい。すぐ近くで子どもたちの泣き声がする。
手足を動かそうとするが、全く叶わない。そこで数分前に自分の身に起きた出来事を自覚した。
(ああ、私、建物の下敷きになったんだ)
突然、大きな揺れが来て、天井が迫ってきた。
とっさに一緒にいた二人の子どもを庇うように抱えて、その直後に鋭い痛みと重さが背中にのしかかってきた。逃げて、と子どもたちに伝えたのを最後に、意識を失っていた。
(逃げろって言ったのに)
抱えた腕から這い出たまではいいものの、子どもたちは恐怖からか、その場で足がすくんでしまったらしい。
さっきの大きな揺れはたぶん、地震だ。建物が老朽化して地震に耐えられなかったのだろう。
(あの社長、ケチって修繕をサボってたんだ)
もしこれが地震なら、また起こる可能性がある。残りの天井も落ちてきたら子どもたちも危ない。
(どうしよう)
声を出したくても、掠れ声しか出ない。子どもたちには届かない。
「飛鳥っ」
誰かが飛び込んできたのがわかった。
(颯太……?)
そういえば、颯太も一緒にいた。天井が落ちる少し前に、用事で屋敷の外に出ていたことを思い出す。
(よかった。颯太は無事だったんだ)
飛鳥は心の中で安堵した。
「待ってろっ。今、助けてやるから!」
颯太の叫ぶ声が聞こえる。颯太の足音と一緒に、子どもたちの泣き声も遠くなっていく。
颯太が子どもたちを外に避難させてくれたらしい。
「飛鳥っ」
再び足音が戻ってきた。
飛鳥の体に幾重にも重なる瓦礫を、颯太が両手で掴んでは投げ飛ばす。
「くそっ、くそっ」
颯太の焦りが飛鳥にも伝わってくる。
「絶対、助けるからなっ」
言い聞かせるかのように、颯太が「助ける」と何度も口にする。それが、まるで優しい呪文のように飛鳥に響いてきて、とても安心する。なんだか眠くもなってきた。
「飛鳥っ、飛鳥っ」
颯太の声が遠くなっていく。
(颯太、もういいよ。ありがとう。危ないから逃げ……)
ぐらん、と地面が揺れる。
(ダメっ……)
「うわぁっ」
大きな音とともに、視界が瓦礫で埋もれていく。颯太の声も影も見えなくなった。
「そう……た……」
返事はない。飛鳥の声は届かない。両目から止めどなく涙が溢れる。
「ごめ……ん」
それが飛鳥が口にした最期の言葉になった。
★★★
はっと、目を開いた。
薄暗い空間が目の前に現れる。埃の匂いが鼻に広がって、息苦しい。全身に伝わる冷たく固い感触で、自分が床に寝転がっていることに気づいた。起き上がろうとしたが、手足が縄で縛られていて動けない。
そこで、学園の庭園からどこか知らない場所に連れて来られたのだと、アイリーシャは理解した。
転がったまま、まだ少しぼんやりした頭で考える。
(さっきのは……夢?)
いや、違う。即座にその疑問を否定する。
あれは、前世の記憶だ。望月飛鳥の最期の記憶。
建物の下敷きになって死んだことは覚えていたが、こんなにはっきりと思い出したのは初めてだ。
(颯太……)
心臓がぎゅっと強く掴まれたような感覚がする。
自分のせいで、颯太を巻き込んでしまっていた。おそらくあの二度目の揺れで、彼も無事では済まなかっただろう。
(本当にごめん……)
今さらどれだけ謝っても手遅れだし、相手に伝わることもない。でも、謝らずにいられなかった。
しばらくなにもする気になれずその場に動かずにいたが、それではいけないと思い直す。
自分は今、アイリーシャ・ヘーリングとして生きている。公爵令嬢として背負っているものが沢山あるのだ。だから、簡単に諦めるわけにはいかない。
(とりあえず、状況を把握しなきゃ)
体をもぞもぞと動かし、視線を巡らす。アイリーシャが閉じ込められている場所は、倉庫のようだ。木箱が無造作に積まれている。もう長い間使われていないようで、ところどころ埃にまみれていた。
どこからか湿った潮の匂いがする。ここは海に近いのではないだろうか。
全身を確認すると、身につけていた装飾品はドレス以外全て取られ、裸足だった。
アイリーシャをさらった目的はなんだろう。
庭園にいた女。
(レイラ・アードラー)
振り返った顔は間違いなくレイラだった。
彼女がアイリーシャに敵意を持っていたことはわかっていたし、あれだけカイルにべったりなのだ。正妃の座が欲しくなっても不思議ではない。
そのためにわざわざ給仕に化け、妙な液体まで使ってアイリーシャを襲ったのだ。計画的な犯行なのは確かだ。
問題は、これがレイラ単独のものなのか、他に糸を引く者がいるのか。




